第一六一話 平穏なる日常
「ああ……また徒歩かよぉ……」
「仕方ないですね、人形騎士はまだ修理中ですし」
私の言葉にパトリシア・ギルメール侯爵令嬢は苦笑いに近い笑みを浮かべてそう答える。
先日の闘技会における破損で、乗騎であるヴィギルスは大きな損傷を受けたため、残念ながら修理中のまま工房から戻ってきていない。
特に最後の黒色大樹との戦いにおいて、一瞬気を失った際に動力ごとヴィギルスが停止していたのだが、あれは動力になる力の核に結構な損傷があったそうだ。
結果的に動力部分を載せ替えるという手間が出ており、私の一号機はいまだに工房で絶賛修理中という形になっている。
「タラスは楽しそうで良かったなあ……」
「ライオトリシアの平和は俺が守る! って息巻いてましたね」
現状ライオトリシア衛兵隊で稼働できるのはタラスのみで、ほぼ毎日彼は人形騎士で巡回を行なっており、驚いたことに今のところ機体を壊してきていない。
対する私とパトリシアはひたすらに徒歩での巡回に従事しており、人形騎士が入れない建物内の調査などに駆り出されている状況だったりする。
まあ闘技会のおかげで『王者がきた!』なんて、強面の連中からサインをねだられるケースが増えたので、荒事には巻き込まれなくなったのは良いことかもしれない。
「そういや連中は帝都に追い返されたって?」
「ええ……レミントン侯爵家宛にはカリェーハ女伯爵とグラディス殿下の名前を連ねて、父が婚約解消を申し入れました」
おばちゃんとグラディス殿下はあの後すぐにギルメール侯爵家へと通信魔道具を使った会談を申し入れ、状況や彼女の意思を含めた婚約解消を相談した。
なんでも彼女の父親であるクリスティアン・ギルメール侯爵は、帝都から勝手に出たことを咎めたものの。婚約解消はすんなりと受け入れ、即日レミントン侯爵家へと打診してくれたそうだ。
焦ったのは当のレミントン侯爵で、グラディス殿下直々に『お前んところの息子はどうなっているんだ』というお言葉があったそうで……派閥が違うとはいえ、流石に帝室の人間から直接そんな言葉をかけられた日には大騒ぎになろうものだ。
ということもあって、案外すんなりと婚約解消は進んでおり……数日のうちに両家の間で書面がかわされ、パトリシアは晴れて自由の身となったそうだ。
「帝国貴族同士の婚約解消というのは珍しいことだけど、今回は殿下も頑張ったみたいだし帝都に行くことがあればお礼しないとな」
「風のように去っていきましたしね」
「相変わらず忙しい人だよ、全く……」
婚約解消をまとめた後グラディス殿下はお付きの二人に急かされながら帝都への帰路へとついていった……仕事を放り出してきてるとかで、腹心の部下であるヴィンツェンツ・ヘルダーが悲鳴を上げてると、ギルメール侯爵から伝えられて渋々と言ったところだったが。
まあ戦時中も結構バタバタ走り回っていた人物なので、忙しいことは理解するし、むしろ全ての仕事を押し付けられた副官の状況に同情を禁じ得ない。
そういえば殿下には妹君がいて、彼女も補佐でよく仕事を手伝っているという話があったんだけど、今何しているんだろ。
何度か顔を合わせているが、肉食獣に狙われているような感覚があって全然気が休まないし、むしろ気がつくと背後に立ってたりするのだけは困った記憶がある。
「……なんだよ任務中だぞ」
「いいじゃありませんか、平和なんだし」
「平和ならいいか……」
パトリシアはしれっと私の手を握るが、ほのかな暖かさと共に彼女の気持ちが伝わってくるような気がして、任務中という気分でもなくなった私はそっと手を握り返す。
この程度の肉体的な接触でも契約している身としては強くお互いを認識できるため、強い多幸感というか心がホワホワしてくる気がしてむず痒い。
ちなみに戦時中に握手した程度ではそんなことは感じなかったので、これは本当に相性の良い相手との契約だとそうなるのか、それとも同性になると特殊なのかすごく気になる。
私がじっとパトリシアの顔を見つめていたことに気がついたのか、彼女はにっこりと笑うが……またその笑顔も私の心に強い感情を引き起こすのだ。
「……なんだろうこの感覚……」
「どうしました? さっきからずっとわたくしを見ていますが……」
「なんでもないよ」
悪戯を咎められた子供のような気分になって私は少し不機嫌そうに視線を逸らすが、そんな行動も彼女からすると何かを掻き立てられるのだろう。
『えい』という可愛い掛け声と共にパトリシアは私の腕にしがみつくような格好となるが……柔らかい感触にひどく心臓が高鳴る。
私の心は前世にかなり引っ張られており、男性的な感覚が強く残っているのだが……身体が女性というチグハグな状態に時折ひどく焦燥感のようなものを覚えるのは事実だ。
それとは別に女性的な部分に驚くほど引っ張られることもあったりして、自分というものが驚くほど揺れ動くのを今でも感じてならない。
「……全く、記憶ってやつは……」
「周りの目が気になるからこの辺にしておきましょうか」
パトリシアの言葉にふと我に帰ると、私は周囲へと視線を配るが……それまで一応美女二人組である私たちへと男性が向ける視線がどことなく下心のようなものを孕んだものだった、という事実に気がつく。
全く男ってやつはよぉ! と思いながら私は不躾な視線を向けてきた連中を睨み返すが、こちらが視線に気が付いたということを知った連中はひどくバツが悪そうな表情を浮かべてあちこちへと散っていった。
気がつけば話をしながら歩いていた私たちは、前にもきたギルドの前へと到着する……別に用事はないんだけどね。
「……ま、困ったときにはこういう場所か」
「スティーグさん達がいればいいんですけど……」
「あれ?! 嬢ちゃん達今日は人形騎士乗ってねえのか?」
「……噂をすればなんとやら……か」
私たちがギルドの前で立ち止まったのを見つけたのか、建物の前でつまらなさそうに何かを焼いていた無精髭の男……つまりは前にも一緒に仕事をした冒険者スティーグが驚いた顔を浮かべながら立ち上がった。
スティーグは三〇代中盤の男性で、前に『禁じられた祭壇』の仕事を依頼してきたベテラン冒険者の一人だ。
戦闘能力は折り紙つきだが、人形騎士の扱いはそうでもなかったようで当時は土木作業用に駆り出していた王国製人形騎士ヘルロアを擱座させてしまい、その助力を求めてきたのが出会いだったか。
ベテランらしくギルドにいる冒険者達にも結構顔が利くとかで……実は衛兵隊の仕事の中で、ギルド側に話を通す際には彼を通じていたくらいには便利な人物でもある。
「この間の闘技会で壊しちまってさ……」
「あー……なんだっけ貴族のお坊ちゃんが化け物になって空を飛んだとかいうやつ?」
「話に尾鰭がつきすぎてるな」
「まあ、嬢ちゃん達が無事で良かったよ、ワハハ」
スティーグが豪快な笑い声を上げると、ギルドの周辺で屯していた冒険者達が不思議そうな顔で私たちを見るが、すぐに興味を無くしたのか彼らは自分たちの会話へと視線を戻していく。
ギルドにいる冒険者は基本的に自分たちの仕事以外にはあまり興味を示したがらない……まあその日暮らしの危険な商売でもあるし、健康で動けるうちにどれだけ金を稼げるかを考えないといけないわけでね。
私たちが顔を見合わせて苦笑いを浮かべているのを見てスティーグはニヤリと笑った後、親指を立てて話しかけてきた。
「ちょうどいいところに来た、俺たちから仕事をお願いしたいと考えていたんだ……中入れよ」
_(:3 」∠)_ 久々の冒険者からの依頼
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