第一六〇話 悪魔との契約
「……くそ、俺がこんなところで……」
帝都へと向かう囚人護送用の装甲馬車の硬い椅子に居心地の悪さを感じつつ、グリン・リー・クラーク元帝国軍大佐は親指の爪を噛みながらつぶやいた。
同じように帝都へと護送されるバーナビー・レミントン侯爵令息の腕には大きな鉄の腕輪が付けられているが、それは魔力を封じる魔道具の一つで『秘術の鎖』と呼ばれている。
バーナビーほどの魔術師であっても、その魔道具の効果を打ち破ることが難しいのか、この装甲馬車へと押し込められた彼はずっと下を向いたまま何かをぶつぶつとつぶやいて放心状態だ。
『レミントン侯爵は慌てていたな……まさか許可なく試作人形騎士を持ち出したという話は寝耳に水だったらしい』
『そんなバカなっ! 私はちゃんと申請を……』
『……次からはちゃんと上には話を通すべきだな』
冷ややかな瞳でバーナビーを見つめていた第三皇子グラディス・バルハード・ゼルヴァインの端正な顔が脳裏に浮かぶ……彼は自分の持つ権力を使って、申請を合法的に握りつぶしたに違いない。
あの時闘技場で姿を見せる前に十分外堀を埋めてからあの場に姿を現した、元々裏工作などにも長けヴォルカニア王国からは蛇蝎のように嫌われている人物だ。
相手が侯爵家とはいえ皇太子派閥に属する彼らの弱みなどを常日頃探って回っていたのかもしれない、今回あのアナスタシア・リーベルライトのためだけにそのカードを切ってみせた。
どれだけ執着しているのかわからない……レオニドヴィチ殿下があれだけ強い語気で連れ戻しを考えたのは間違いではなかったのだ。
「……だが俺は……こんなところで……」
『終われませんよねぇ……わかりますよぉ』
「だ、誰だ!?」
クラークはどこから声をかけられたのかわからずに慌てて周りを見回す……装甲馬車を運転している御者は外で、広い車内にはクラークとバーナビーの二人しかいないのだ。
それまでぶつぶつ何かをつぶやいていたはずのバーナビーが突然顔をあげるが……その顔にはひどく作られたような歪んだ笑みと、赤かったはずの瞳はまるで山羊を思わせる黄金色に輝いている。
あまりに異様な姿にクラークは思わず小さな悲鳴をあげて車体の壁面へともたれるように後退りする……広い車内のおかげか、ほんの少しだが距離が取れたことにほんの少し安心感を覚えた。
バーナビーの瞳はまるで相手を見つめるかのようにぐりぐりと回転し、その口元には人間とは思えないほどの歪みが浮かんでいた。
『ああ、これは失礼ぃ……タナトルムと申しますぅ、この体の持ち主と契約をしている悪魔ですよぉ』
「あ、悪魔っ!?」
『そんなに怯えないでくださいぃ……私はいいお話をお持ちしましたぁ』
「い、いい話だと?!」
怯えるクラークの顔をじっと見て、タナトルムはくすくすと笑う……神話などにあまり興味を持っていない彼からしても悪魔という存在は恐怖の対象である。
幼い頃より悪魔についての話を聞かされた帝国人は大抵がその存在に対して漠然とした恐怖を抱いているのだが、外見がバーナビーのままであったことも寄与しているのか、それほど強い恐怖感を感じない。
少しだけ落ち着いた気分になったクラークは、恐る恐るタナトルムの顔を見つめる……あまりに邪悪で、あまりに歪んだその笑みはどことなく愛嬌があるようにも思える。
金色の瞳は異様ではあるが、それが高次元生命体であることを示していると考えれば、そこまでの恐怖を感じずに済む。
「……いい話とはなんだ」
『クヒヒッ! いいですねぇ……この体の持ち主もぉ、お話を聞いてくれる人でしたぁ』
「話を聞くだけではな……!」
『ここから出たくありませんかぁ?』
タナトルムは一層ぐにゃりと顔を歪めると、じっとクラークの目を見つめる。
その黄金の瞳はまるでクラークの心の中にある何かを見つめるかのようにぐりぐりと回転するが、どこか居心地の悪さを感じ、クラークは思わず目を逸らしてしまう。
あの瞳はよくない、自分の心の中を覗き込んでいるような感覚があり不快で不安な気持ちを感じ、クラークはひどく動揺している自分に驚いた。
戦争中に驚くほどの出世を果たした彼は、故郷では最前線で活躍した人物として名声を得ているものの、その本質的な部分はひどく臆病で小心者である。
彼は元々最前線に出れるような能力を持ち合わせていない、その自覚があるからこそ、当初は補給部隊で後方任務に従事していたのだ。
「……出れるのか?」
『それはもちろんん……私の力を使えばぁ、簡単ですよぉ』
しかし……帝国軍の戦線が崩壊した際に敵軍の攻撃を受けて部隊が壊滅的な被害を受けた際に、一目散に子飼いの部下を引き連れて逃げ出したのが彼だ。
しかも上官であった当時の部隊長と反撃しようとした一部の部隊員を誤った方向へと誘導し、敵軍の只中へと囮として放り込んでのけた。
彼は部隊を率いて悠々と補給物資を確保したまま撤退することに成功してしまうが、騙されたと知った部隊長は怒りの咆哮を上げながら、敵軍へと突撃し討死してしまう。
そのあと帰還したクラークは撤退を進言したが、部隊長が自ら囮になって自分達を逃した……と美談のように語り、彼の残した部隊をまんまと手に入れてしまったのだ。
「どうやって出るのだ?」
『それはぁ……普通に出ますよぉ、私と契約してくれればねぇ』
「普通にって……普通に出れないからこんなことになっているのだろうが」
『私をなんだと思っていますかぁ?』
ぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべたタナトルムだが、その言葉には嘘がないように思える……人間とは違う生命体の悪魔であれば、確かに閉じ込めておくなど意味がないことなのだろう。
だが……とクラークは少し悩む、流石に帝国人としての教育を受けている彼は悪魔との契約が何を産むのかをきちんと理解している。
そして目の前にバーナビー・レミントンですら契約をした結果どうなったのか……地位も名誉も失い、そして廃嫡すら目前に迫っているかもしれない。
対してクラークはすでに帝国軍人ではなく、帝都に戻ったところでそれまでの生活が保証されているわけではないのだ。
だがなんとかして帝都に戻って、第二皇子殿下の力を借りなければ完全な破滅が待っている……帝都に到着した時にこの護送用の装甲馬車に乗っているのはあまりに外聞が悪い。
「……本当に出れるのだな? 対価はなんだ」
『仕事を手伝って欲しいですねぇ……ええ、楽しい仕事ですよぉ』
「仕事だと?」
『はいぃい……力を手に入れましょお……クラーク大佐ぁ』
ギラリとした光が黄金の瞳に煌めいた気がする……それは邪悪かつどことなく陰湿で、そして侮蔑と嘲笑が含まれていたような気がする。
しかしすでに思考能力がひどく落ちていたクラークにはその光には気がつかない。
タナトルムがバーナビーの中へと潜み野心と魔力を啜りとっていたことで、アナスタシア達が見た頃の悪魔とはまるで様子が違っていることを彼は知らない。
クラークは少し不安そうな表情を浮かべてタナトルムを見つめるが、歪んだ笑みを浮かべた悪魔はぐるりと黄金の瞳を回転させると一層歪んだ笑みを浮かべた。
『契約成立ですねぇ……では私と共にあの邪魔な街を一つ滅ぼしてしまいましょうかぁ……』
_(:3 」∠)_ クラーク大佐も終わりです
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











