第一五五話 衛兵隊駐屯地にて
「こりゃあかなり時間がかかるぞ」
「……まあそうだよね」
衛兵隊駐屯地にある整備場に運び込まれた私の人形騎士ヴィギルスを前に、各部の確認を進めていたジーモンが落胆まじりの大きなため息をつく。
決勝戦で最後に黒色大樹の放った攻撃で、機体のあちこちに穴が空いていたのは理解していたし、駆動系にかなりのダメージを受けて動けなくなった。
その後一号騎は完全に起動できなくなり、手の空いた剣闘士に手伝ってもらって駐屯地まで運んだという結構笑えない事実があった。
その時からちょっと気にはしていたけど……実際に設計者であるジーモンの口から、時間がかかると言われると多少なりとも動揺してしまう。
「最後の攻撃は避けられなかったしな……後ろに目がついてりゃな」
「俺も見ていたが、まああれは仕方ないさ」
「え? どこいたんだよ」
「工房貴族専用席があるんだよ、決勝だけは見とこうと思ってな」
「……声くらいかけろや」
「あんな状況で声なんかかけられるか、金は賭けたけどな」
ジーモンはニヤッと笑って賭け札を懐から取り出して見せるが、決勝戦はあまりに混沌とした状態になってしまい返金とかはまだ行われていないはずだ。
まあ、あの状況だと賭けそのものが御破算になってしまう可能性が高いが……まあ、公式にアナウンスが出るまでどうしようもないだろうしな。
とはいえ賭けたものが戻ってこない可能性があるという事実に、観客たちがどう思うのかちょっと不安ではある……おばちゃんならなんとかしてくれそうな気もするけど。
ちなみに闘技会のルールで何らかの形で事故などが起き、開催できなくなった場合には掛け金は返金されることになっているが、帝国法には返金できないケースなども記載されている。
過去数回突発的な敵国軍の攻撃で返金できなくなったケースがあるそうだが、それは相当イレギュラーなので、今回同じような規定が適用されるかどうかは微妙なところだ。
「それ返金されるのか?」
「されないと困るな、お前さんに結構賭けたんだ」
「……アンタ、もしかしてトリシアに悪いこと教えてねえか?」
「……知らねえな」
ジーモンはまるで自分には関係ないとばかりに私の視線から、顔を背けるが今の反応でこいつがパトリシアにギャンブルを教えた張本人だな。
パトリシアは『今のわたくしは衛兵隊の一員ですから』と整備兵達にも分け隔てなく声をかけて談笑したりするので、整備兵から可愛がられている。
侯爵令嬢であることから、お近づきになろうなんて不埒な連中は自浄作用で遠ざけられるものの悪い遊びに関しては止めようがないからな。
肩をすくめて再び修理のために大型のクレーンで鎖を使って吊り下げられている愛機を見つめるが、外装のあちこちから生命の水が漏れ出た後などもはっきり残っているのが痛々しい。
「しばらく開店休業か、また生身で巡回やるのかよ……」
「まあ人形騎士を使うような仕事はタラスがいるだろ」
「自重せず壊してこなきゃいいけどな」
闘技会で暴れたりなかったとか話してたタラスは意気揚々と街に繰り出している……彼の乗る二号騎は、裏社会の連中にも覚えられているらしい。
彼らはタラスの巡回が始まると慌てて姿を隠し、そして嵐が去るのを待つかの如く息を顰めているのだとか……おかげである地域では犯罪の発生率が恐ろしく減少したとか地元新聞に書いてあったな。
衛兵隊発足当初はタラスも舐められていて、裏社会の連中が脅しをかけようと絡んだらしいのだが……さすが北方の英雄というべきか、有無を言わさぬ鉄拳制裁であっという間に制圧すると容赦無く牢屋へと放り込んでいったそうだ。
制圧した連中からアジトを割り出して、マルツィオと一緒に組織ごと壊滅させたり……人形騎士で建物ごと粉砕したりなどかなり派手に動き回っていたと聞いた。
「ああ見えて、アイツ操作そのものは繊細なんだ……状況が状況だから無理な使い方はしねえだろうよ」
「そんなのわかるのか?」
「当たり前だ、俺が設計者だぞ」
タラスが活躍した北方戦線は補給路の奪い合いなどで、最前線に満足な補給が届かなかったなんて逸話が多く存在している。
そんな悪条件の中で戦う人形使いは、生き残る術に関しては折り紙つきの連中ばかりだ。
そんな場所で英雄として名を上げたタラスも、工房貴族から見れば細かい部分はよく壊すが本当に重要な場所は絶対に壊してこないという安心感もあるだろう。
首ひん曲げて帰ってきた時はさすがに呆れていたが、後でマルツィオから聞いたけど回避をすると背後にあった建物に攻撃が当たるからと言う理由で避けなかったことによる損傷らしい。
周りをちゃんと見て取捨選択できるという点では、私よりもはるかに騎士らしい気はするな……。
「ま、修理は任せるよ」
「安心しろ、俺はもっとメチャクチャになったスクラップも起こしたことがある」
「腕を疑ってんじゃないさ」
ジーモンの腕は信頼に値するものだと私の長年の勘が言っているので、ヴィギルスは預けっぱなしの方が良いだろう。
戦争中に何人もの整備兵、工房貴族などと関わり合いを持ったが本当に癖のある連中が多く、時には意見の相違で殴り合ってきた頃を考えると平和だなと思った。
腕は良いが女好きすぎてすぐにちょっかいをかけてくるやつ、逆に腕が悪いのにプライドだけは一丁前なやつ、やたら反抗的で面倒なやつなど、思い出すだけで面倒臭さを感じてならない。
とはいえ私が戦ってた時期に関していえば、帝国軍は優勢に戦局を進めていたので資材も豊富だったし、何不自由なく人形騎士を運用できていた。
それと比べるとどうしても数に劣る分、壊したりすると乗れない時期が出てくるのは仕方ないな。
「それと……変な装備つけるなよ?」
「何も言ってねえじゃねえか」
「ああ、でもあの衝撃杭はよかった、ありがとう」
「……美人に面と向かってお礼を言われると照れるな」
ジーモンがカラカラと笑いながら、修理のためにヴィギルスへと戻るのを見てから私は整備場から歩き出す。
この後一回実家であるリーベルライト男爵家に戻らないといけないのだが、実は後でグラディス殿下が来ると話していたので、お義父様は生きている心地がしないだろうな。
なんせ一介の男爵家に帝室の人間が泊まるようなことはレアケースと言っても良い、むしろ泊まるなよと思ったけど、殿下もお忍びだからって無理を通そうとしていると話していた。
迷惑すぎる話だが、かといって断るのはもっと不敬なので断りきれないだろうな……まあ、殿下は結構各地に散らばっている派閥の貴族家を逗留先に選んでたりするので、今回は順番が回ってきたと思うべきだろう。
「だりい……」
「……早めに戻っていただかないと困ります」
「うおおおお?!」
駐屯地から歩き出したところで独り言を呟いたつもりが、突然背後から声をかけられて私は飛び上がりそうなくらいに驚く。
慌てて背後を見ると、そこには殿下の背後にいた黒衣の女性……確かヘルガっていう帝室の影の一人だったか? 闇夜に溶け込むような漆黒の衣服は体型に沿って作られており、驚くほどスタイルが良いことがわかる。
そして目元以外は露出を避けているが、瞳は鈍い金色で闇の中でも月夜に照らされて驚くほど目立つ女性の一人だ。
気配を全く感じなかったぞ?! 私がびっくりしたままの格好で固まっていると、ヘルガさんは表情を読み取れない瞳のまま私をじっと見上げると、感情を感じさせない抑揚のない声で話しかけてきた。
「アナスタシア様、グラディス殿下がお待ちですので……早めにご帰宅をお願いします、つきましては馬車を用意いたしました」
_(:3 」∠)_ 殿下が待ってるの
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