第一五四話 白炎の鎧姫
「シャルロッタ・ストリンドベリ御前に」
「……久しいな、ストリンドベリ侯爵夫人となってからは会ってなかったか」
帝国の中心にして帝都アエテルナ・レグヌムに聳え立つ皇帝の居城『モンス・レギア』、その中でも最も厳重に守られた一室の中に、美しい銀髪の女性と寝台に寝たまま彼女を見つめる老人の姿があった。
銀髪の女性は輝くほどに美しく長い髪と、まるでエメラルドのような緑色の瞳を持ち、改造した美しい軍服に身を包んでおり、高貴な生まれであることを示している。
寝台に寝たまま女性へと優しく微笑んでいる老人の名はドリスタン・フォレ・ゼルヴァイン、このゼルヴァイン帝国を統べる皇帝であり、大陸を完全に手中に収めた権力者その人だ。
ドリスタンは苦しげな顔で身を起こすが、それを見たシャルロッタが慌てて彼の体を支えようとしながら彼へと話しかけた。
「陛下、お体に障ります故無理をなさらないでください」
「最近は少し体調が良いのだ……それよりも人払いを」
「……はい、陛下の命令である、少しの間二人だけにしてほしい」
シャルロッタが身振りを交えながら部屋の隅にいた護衛騎士へと合図を送ると、彼らは少し戸惑ったような表情を浮かべながらも、すぐにこの部屋から退出していく。
二人だけになったと判断したドリスタンは、大きなため息をついてから心配そうな表情で彼を見つめるシャルロッタへと視線を向ける。
ストリンドベリ侯爵夫人となる前のシャルロッタの家名はベルトゥロ伯爵であり、長女として生まれた彼女は騎士学園を卒業した後、家には戻らずそのまま最前線勤務へと移ると、才能を遺憾なく発揮しあっという間に出世コースへと上っている。
元々ベルトゥロ伯爵家は過去に帝室の一員であった人物が、臣籍降下して作られた由緒正しき貴族家の一つであり、その血筋は元を辿ると帝室に繋がっており、特別な待遇を受けていた。
とはいえ最前線勤務で人形使いとして活躍した彼女は、『赤虎姫』アナスタシア・リーベルライトや、『万軍突破』ニコラ・アモルーゾといった女性軍人の中でも、華やかな見た目からトップクラスの人気を誇っている。
現在の階級は帝国軍少将ではあるが、戦後にストリンドベリ侯爵の妻となってからは軍の主要な仕事からは外され、主に式典などに顔を出すだけの『軍の顔』としての仕事を任されていた。
「相変わらず美しいな、貴殿の夫は大事にしてくれているか?」
「はい、夫も陛下のご快癒を祈念しております」
「そうか、セバスティアーノが……」
セバスティアーノ・ストリンドベリ侯爵は皇太子派閥に属する貴族であるが、皇太子レオニドヴィチの推し進める『天の鍵計画』に対して難色を示す皇帝の意を受け、真っ向から反対を申し入れた気骨のある武人としても知られている。
その影響からセバスティアーノもまた軍内部では閑職へと追いやられ、夫人ともども式典以外ではほぼ実権を奪われた状態となってしまっていた。
とはいえシャルロッタは『白炎の鎧姫』とまで称された戦争の英雄であり、その人望と実力は未だ帝国軍内部にも大きな影響力を有している。
「……すまんな、私の意見を貴殿らに伝えてもらったことで、今苦しい立場にあると聞いている」
「いえ……陛下のお心をどうして無碍にできましょうか」
「シャルロッタ、ひとつ頼まれてくれぬか?」
「なんでございましょうか」
皇帝陛下は枕元に入れておいた丸めた羊皮紙を取り出すと、シャルロッタへと手渡す。
封蝋が施されており、そこにはゼルヴァイン帝室の紋章……この国では皇帝とその一族にしか使用を許されない特殊なものが施されていた。
それを見たシャルロッタは少し表情を固くしながら、両手で恭しくそれを受け取ると黙って自らの懐へと押し込む。
皇帝の遠戚として生まれたシャルロッタは、封蝋の角度でその内容を渡される側の人物にしか開封を許さない最高レベルの機密文書であると認識したからだ。
彼女が正確にその意図を理解したことに安堵したのか、ドリスタンは微笑みながら咳き込みながら寝台へと体を横たえる。
「グラディスに渡してくれ」
「グラディス殿下ですか? その……今帝都を離れておりますが」
「あいつの行き先などわかっている、ライオトリシアにリーベルライトの娘がいるからな」
その言葉でシャルロッタは理解する、リーベルライトの愛娘……つまりアナスタシア・リーベルライトがそこにいるのだ。
自分と同じ帝国軍人にして人形使いとしては帝国最強とまで謳われた王国戦線の英雄ではあるが、戦争当時は顔を合わせたことがなかった。
粗野な言動やとても貴族令嬢とは思えないほどの苛烈な闘いぶりで、ヴォルカニア王国からは恐怖と尊敬を集めた帝国人形使いの代表格だが、出世はできず確か階級は少尉止まりだったはずだ。
近衛部隊に配属になってから一度だけ直接顔を合わせたが、赤い髪にルビーのような赤い瞳をした美しい女性で、見上げるほどの高身長で驚いた記憶がある。
そしてびっくりするほど……雰囲気があった、同じ死線を潜ったものとして感じるが、年下ながらあれだけの迫力を持つ女性は結構珍しいと感じたものだ。
「近衛部隊を追放されて、帝都を出たらしい」
「……彼女は軍の英雄です、それを追放とは……」
「仕方あるまい、余の言葉を受け止める軍官僚は少ないからな」
最近の自分への扱いなどもそうだが、帝国軍は内部崩壊を始めているのではないか、と心配になるような人事が乱発されていた。
皇女エリーザベトのお守りをしている『破城鬼』など、戦争期には想像もつかないほどに背を縮めて彼女の背後についてまわっていてかつての英雄も情けない、と嘲笑されているのを聞いたことがある。
比較的仲の良かったニコラ・アモルーゾは准将へと昇進した後東部の軍管区に左遷されてしまっており、手紙でしかその近況はわからないが、少なくとも中央への不信感を募らせているらしい。
同じようにシャルロッタ本人も、本来は最前線でこそ輝く実績を持て余しており、式典のたびに億劫な気分を味わっているような有様だ。
「……なぜグラディス殿下なのですか?」
「彼奴が余を暗殺しようなどと思わないからな」
「……それは……その、わたくしが聞いてもよろしいことでしょうか?」
「事実だ、余は自らの息子に殺されようとしている、笑えるな」
「ど、何方が陛下を弑虐しようとして……」
「それはグラディスに手紙を渡した後、共に確認するがよい」
淡々とした言葉を紡ぐドリスタンは、天井を見上げて痛みに耐えるような表情を浮かべながら声を絞り出す……シャルロッタが慌ててサイドテーブルにあった水差しから美しいグラスへと水を差し替え、彼へと手渡すと、皇帝はその水を口に含んでゆっくりと飲み干しそして大きなため息をついた。
まさか自分の息子が自分を殺そうとしているなどと思うだろうか? ドリスタンは父であった先代皇帝の崩御に伴い即位しており、権力の移行にのみ心を砕いていた。
毒を盛られたと気がついたのは、一度息子たちが見舞いに来た際……一人だけがひどく緊張した様子を見せていたことに起因する。
逆にいつもと変わらぬ調子で悪態をついていたグラディスだけは、そのようなことをしないと分かったからだ……もし見当違いであれば、自分に見る目がないだけだと考えていた。
「良いか、グラディスに必ず渡すのだ……間違っても他の二人には渡してはならない、良いな……」
_(:3 」∠)_ 内戦フラグ立ちまくり
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