第一五三話 帝位争い
「今父上の容体が良くないのは知っているな?」
「はい、かなり前から伏せっていると」
グラディス殿下がすこし声を低くしてそう告げてきたことで、この話は相当に踏み込んだものになる、と私は直感した。
帝室にまつわる話というのは基本的にはタブーに近いもので、『大陸の覇者たる偉大なる皇帝陛下』のお話をみだりに口にするというのはあまり品が良くないとされる。
とはいえ口さがない人たちは裏側でいろいろ話してたりもするので、公然の秘密として陛下が病床にあり、それほど長くないうちに現在の皇太子であるレオニドヴィチ・ディル・ゼルヴァイン殿下が即位するのではないか、というのを帝国臣民の誰もが信じ切っていた。
「お前が知っているくらいだ、どの貴族ももう父上はダメだと噂しているが、ではなぜ病になったのかを考えるものが少なすぎる」
「……もしかして殿下は皇帝陛下が何者かに毒を盛られた、とお考えですか?」
「……お前本当に貴族令嬢らしからぬ思考をしているな」
少しあきれたようなグラディス殿下の声と表情に内心やっちまった、という気がしなくもない。
とはいえ前世の記憶にあるようなミステリー小説とか、探偵ものなんかではこういった急な病などは大抵陰謀が渦巻いていて、その犠牲者として社長とか政治家が狙われるパターンが多いじゃないか。
この世界において娯楽小説の類というのがあまり発達していないのは、長らく戦争を続けていたことによって思想教育の邪魔になりそうなものは排除されてきた歴史があるからだ。
戦争後期になってくると次第に娯楽文化に目が向くようになってきているが、まだまだ発展途上といってもよい状況でしかなく、前世のようなさまざまな書籍はなかなかお目にかかることは難しい。
「いやあ……ありがちかなと、もしかしてありがちではないですか?」
「全く……まあそういうところもお前の非凡さか」
「……マジですか」
私の言葉に黙ってうなずくグラディス殿下だが、皇帝陛下に毒を盛ったとか普通の神経ではできないだろう……なんせ相手は大陸の覇者として君臨するゼルヴァイン帝国の皇帝だぞ。
この場合陛下に毒を盛って得をするのは……皇太子殿下は黙ってても帝位継承されるとは思うし、そうなってくると第二皇子であるテーオドリヒ・ヴァーミル・ゼルヴァインか、目の前にいるグラディス殿下くらいしか思い当たらないな。
私が視線を彼へと向けると、ものすごく嫌そうな顔をして違うと言いたげに手を振るが……そうなってくると第二皇子殿下あたりがって寸法か。
現在帝室では皇子ごとに派閥があって皇太子殿下が最大派閥、そして第二皇子殿下とグラディス殿下が別々の派閥を率いている。
とはいえ皇太子派閥も一枚岩ではなく、引き抜き工作にあったりしてほかの派閥に鞍替えを考える連中も出てきているそうだ。
「俺じゃない、俺なら父上と決闘して認めさせる」
「ってことはテーオドリヒ殿下が?」
「俺はそう思ってるがね……証拠はほとんどない、もしかしたらレオ兄の可能性だってある」
第二皇子のテーオドリヒ殿下は優秀な官僚といったイメージのある人で、戦争時には最前線での戦いではそれほど活躍していないが、兵站構築や併呑した元敵国内部の調略などに力を発揮している。
半面苛烈な成果主義などの弊害なのか、人気がそれほどなくて派閥の拡大もそこまでうまくいっていないという話を聞いた。
低俗なゴシップ紙には皇太子殿下が約半数の貴族の支持を得ており、残り半分をテーオドリヒ殿下とグラディス殿下で分け合っているという勢力図なのだそうだ。
なので普通に考えれば皇太子殿下が毒なんか盛るわけないと思うのだが、そのあたりは本当にわからないからな。
「皇太子殿下が毒を盛る理由がなさそうですが……」
「父上が天の鍵計画に難色を示していたからな……」
「あー、あの魔力を広範囲に垂れ流すってやつでしたっけ」
「もっと適切な言い方をしろ、一応帝国の防衛設備だ」
天の鍵計画は都市ごとに尖塔を建設し、その塔を中心とした範囲に強力な魔力のフィールドを作りその中で行動する人形騎士の魔力切れを完全になくすというものである。
魔力の減少がなくなった人形騎士はそのフィールド内を移動する限り、休息を必要としなくなり最高速で戦場へと展開が可能だ。
さらに私とパトリシアがヴァルカリオン相手にやったように、空間移動で軍団ごと敵戦力の背後に飛ばすことだってできるようになるだろう。
軍が戦場へと展開するには長い時間をかけて移動が必要になるが、人形騎士は魔力切れで行動不能になるため一定時間で休息を必要とする。
その時間を限りなくゼロにできるというのはかなりのメリットがあるのだが……歩兵部隊とかはどうするんだという気もしなくもない。
「陛下が難色を示しているのを黙らせるために……って出来すぎじゃないですか?」
「仮定の話だ、ただこうなってくるとどちらが黒幕でも驚かんよ」
「テーオドリヒ殿下の動機が弱い気がしますけどね」
「……天の鍵計画に難色を示している貴族はレオ兄派閥にも多い、そのまま皇帝へと即位することに違和感を感じるものを取り込む動きかもな」
無理筋な気もするが、テーオドリヒ殿下がもし犯人だとするとレオニドヴィチ殿下をアシストしているだけにしか見えない。
ただ、現在進行形で国の財政を傾けながら計画を進める皇太子への不信感を感じている貴族も多いとは聞いている。
そんな皇太子が国の舵取りをすることに、強い忌避感を覚える貴族を取り込もうという動きなのかもしれないな。
最終的に皇帝として認められるためには帝都における貴族会議での投票で、大多数の貴族を取り込んでおく必要があり……そこで造反者でも出て仕舞えば、雲行きが怪しくなる。
意にそぐわない貴族を皇太子はどうするだろうか……貴族間の噂では結構血の気の多い人物らしいので、下手をすると内戦に突入してでも屈服させようとするかもしれない。
「下手すると内戦ですか……」
「ああ……レオ兄は武力の信奉者だ、気に食わない家は力で押さえつけようとするだろうな」
「最悪じゃないですか……」
「だからだ……俺はこのまま行くと帝国は内戦状態に突入すると思っている」
グラディス殿下が全く感情を込めない言葉で『内戦』と言い切ったことに私だけでなく、彼の側に控えているヘルガさんも動揺を隠せない。
もし内戦ともなれば、敵対派閥同士の貴族が領地を巡って争うだろう……その隙に乗じて敗戦した王国が再び挙兵でもしたら大変なことになるし……連邦はどう動くのだろうか。
ライオトリシアは辺境ではあるが、この肥沃な土地を狙って過去には近隣都市との小競り合いなんかも起きているからな……防衛する辺境守備師団の戦力では相当に不利な戦いを強いられるだろう。
そして……最も良くないのは私が愛するリーベルライト男爵家の人たちに危険が迫るということだ。
「アーシャ……いや、リーベルライト公爵家の隠された令嬢アナスタシアよ」
「……はい」
「帝国の貴族家、そして最大の勢力を持つ貴族リーベルライト公爵家と俺を繋ぐ者として、もし帝国に危険が迫る時は再び英雄として俺の指揮下に入ってくれ」
グラディス殿下はソファーから立ち上がると、帝国軍式の敬礼を持って私へと頭を下げた。
そう頼むということは、彼はもし内戦となった場合自らの派閥を率いて帝位を狙い皇帝陛下を弑する者と戦う気があるということなのだろう。
戦争から五年以上が経過し、正直あの戦いの日々に戻るのは億劫で仕方ないと思っていたのだが……自らの愛する者たちへ危険が迫るような状況で、自分だけ何もしないということはもはやできないとわかっている。
私は黙ってソファーから立ちあがると、彼と同じく帝国軍式の敬礼を持って返すが、それを見たグラディス殿下は嬉しそうに微笑む。
「ありがとうアーシャ、帝国最強の人形使いとして俺を支えてくれ、頼むぞ!」
_(:3 」∠)_ ちょろいように見えますが、それだけ信頼を持っているというお話
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