第一五〇話 銀髪のクソ皇子
「さて……落ち着いたところで、もう一度話をしようか」
「……よかったですね、アーシャさん怪我の治療を優先してもらえて」
突然姿を現したグラディス殿下とその一行、そして先ほどまで死闘を繰り広げていた私たちは辺境守備師団の駐屯地へと移動し、そこで話をすることになった。
ついでに黒色大樹の最後っ屁で身体中に穴が空いていたのを、聖務魔術師に治療してもらった。
バーナビーも同席しているけど彼の周りには辺境守備師団の兵士が立ち、彼の体には特殊な鎖……魔道具の一つで罪人を縛るための魔力封じの鎖だが、それが巻き付けられている。
「さて……治療の間にギルメール嬢から何が起きていたのかは改めて聞いた、その上で俺が婚約解消を承認してやってもよい」
「……だからそれは……ッ!!」
「レミントン侯爵令息は婚約解消を望まないと?」
「望みません……パトリシアは我が伴侶になるのです!」
鎖に繋がれたバーナビーは殿下に向かってそう叫ぶが、彼の背後に立っていたジャック・ジャンティ男爵がその肩を手で押さえつけて彼を地面に叩きつけた。
クラーク大佐は大人しく跪いているが、この辺りは軍関係者として長年兵士をやっていたという差かもしれない、上官相手に失礼があったら首が飛ぶこともあるしな。
このジャンティ男爵は戦争中にグラディス殿下に賛同した元山賊の頭という非常に特殊な出自の持ち主で、良識ある貴族の方々からは非常に白眼視される存在だ。
部下の一部に当時の山賊団のメンバーを使っているなど、配下の部隊もまあ癖のある人物で構成されているが、戦闘力は驚くほど高い部隊として知られている。
まあジャンティ男爵の姿をここまで近くで見たのは初めてではあるが……だってこの人大体式典とか出てこないんだもん。
「では婚約者殿に聞くか……君はどうしたい?」
「私は……もうこれ以上彼に振り回されたくありません」
「パトリシア、貴様っ!!!」
「落ち着け……お前はそれだけのことをやったという自覚を持つのだな」
「婚約者を取り返しに行って何が悪いっ!!!」
ソファーに行儀悪く座りながらグラディス殿下は笑みを絶やさずにそう告げるが、彼の持つ榛色の瞳はまるで笑っておらず、むしろじっとバーナビーを冷静に見ている気がする。
こういうところめちゃくちゃ怖いんだよな殿下……戦争中に王国軍が彼につけた『銀髪のクソ皇子』というあだ名があった。
捕虜からそう声をかけられた殿下は、抜く手も見せずにその悪態をついた王国兵の首を笑顔のまま叩き落としてのけて……それ以来彼の笑顔はそのままの意味ではないということを思い知らされた。
なので今笑顔を浮かべている彼に向かって、叫ぶバーナビーという構図は正直ハラハラしっぱなしで胃が痛くて仕方がない。
「それに……そこの衛兵隊のクズは私の婚約者と契約を交わしていました! これは明らかに我が侯爵家に向かって喧嘩を売っているッ!!!」
「……アーシャ、彼のいうことは正しいか?」
「……はい、ライオトリシアに向かう途中で山賊に捕まったのですが、彼女と民を守るために仕方なく」
「何が民を守るためだ……ッ! どうせお前が強要したのだろうッ!」
「違います! アーシャさんは私たちを守るために犠牲になろうとして……!」
「……気になる、アーシャ詳しく話せ」
私はライオトリシアに向かう馬車でパトリシアやそれ以外の乗客と共に山賊に捕まったことと、その砦にあった王国製人形騎士ロックヘアを使って、山賊たちが持っていた連邦製人形騎士ラプターとの戦闘について話した。
その中で整備されていないロックヘアを使って最新型のラプター相手に戦うには少々きついものがあり、パトリシアが見かねて契約をしたのだと。
内容を聞いているうちにグラディス殿下は本当に楽しそうに、そして興味深そうな表情を浮かべて私の話を聞いていたが、ラプターのくだりでは少々思うところがあったのか、眉を顰めた。
「連邦の最新型が山賊にか……」
「どうせ嘘に決まっている!」
「……その他は?」
「ラプターの人形使いは傭兵騎士のようでしたので山賊だったかは……」
「直接確認はできるわけないか」
「しかし闘技会にその男が観客に紛れていました、取り逃しましたが……」
私の言葉にグラディス殿下とジャンティ男爵は思わず顔を見合わせる。
戦中よりアルヴァレスト連邦がどうにも味方のように思えない、というのは帝国軍の最前線で戦い続けていた人間はずっと感じていて、それは戦後も大して変わらない。
この反応を見る限り殿下は絶対に連邦に対して疑惑の目を持っているのだろうし、もしかしたらその尻尾を掴むためにジャンティ男爵が動いている可能性もあるな。
グラディス殿下はふうっ……と深いため息をついた後、私をじっと見つめた。
「わかった、お前は絶対に嘘をつくような人間ではない、信じよう」
「何を……殿下! その女が嘘をついています!」
「……俺がここに来るまでに何もしなかったとでもいうのか?」
「い、いえ……っ! ですが!!!」
「おい、入ってこい」
殿下の言葉に応じたのか私たちがいる部屋の扉が開くと、一人の男性が姿を見せる。
その人物は私とパトリシアが乗っていた馬車の護衛を務めていた傭兵のミハエル……まあその時の格好とは違って、武装なども全くしていないのだが。
私とパトリシアを見つけると少しホッとした表情を浮かべたのち、彼は進み出てグラディス殿下の前にひざまずくと、深く首を垂れた。
突然見知らぬ人間が入ってきたことで、バーナビーやクラーク大佐は目をぱちくりしながらミハエルを見ているが、そんな二人に構うことなくグラディス殿下は彼へと話しかけた。
「まずは名前を名乗れ」
「は、はい……私はミハエル・ブルマイスターと申します」
「ブルマイスター……確か爵位を返上した男爵家にそんな家名があったな」
「はい、殿下……私はブルマイスター家の六男として生まれ、食うために戦争中には軍で斥候を務めておりました」
「足の運びが素人のそれではないからな、そんな感じがする」
「殿下、こいつが何を……!」
「このミハエルはな、アーシャたちと共に馬車に乗っていた人物だ、いわゆる証人と言っても良い」
バーナビーの言葉を遮るように、グラディス殿下は首を垂れたままのミハエルに視線を向けたままそう答える。
ミハエルが元々貴族出身というのは初めて聞いたが、男爵家の六男ともなるとほぼ平民と変わらない暮らしをしている人も多いし、没落したという内容から貴族っぽさを感じないのはそのあたりの影響だろう。
しかしミハエルと私たちのつながりは、リーベルライト男爵家や報告を受けていた辺境守備師団とかその辺りの人間しかわからないはずなので、いつの間に殿下はそういう話を聞いていたのだろうか。
そしてここに来る前にミハエルを見つけ、ここに連れてくるように依頼をかけていたのか……と内心驚く。
「証人ですと……?!」
「ああ、彼も山賊との戦いに参加していた、ということだ」
「はい、自分が生き残れたのはそちらにいるアナスタシア様と、パトリシア様のおかげです」
ミハエルが丁寧な言葉を使うとなんかむず痒いな……傭兵として護衛を務めていた時の言葉遣いとまるで違うし、なんなら元貴族というならそれっぽいことを言ってくれればいいのにとさえ思う。
バーナビーとクラーク大佐がワナワナと唇を震わせて黙り込む中、ミハエルは一度私とパトリシアの顔を見てから再び視線を殿下へと戻し、そして決定的な一言を伝えた。
「あの時、整備不良のロックヘアを使ってラプターに勝つには、お二人の契約が必要だったと思います……そのおかげで多くの人が救われたことを、私はここに証明いたします」
_(:3 」∠)_ ミハエル登場
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