(幕間) 帝国歴一二七九年 異世界より 〇三
『でまあ私言ったんだ、「ふざけんなよクソ野郎」ってさ』
「……何つーかよく喋るな……」
少女はカラカラと無邪気に笑いながら他愛もない話をひたすらに聞かせてくるが、あまりに荒唐無稽な話が多く全てが理解できない物ばかりでニルスは少し頭が痛くなった。
彼女の名前を聞いたのだが、どうにも聞き取れない不思議な言葉でニルスは数回聞き返したものの、はっきりと覚えることができない。
逆にニルスが名乗ると少女はちゃんと理解してくれたのが不思議に感じる……もしかしたら、今この場所にいること自体がイレギュラーで、何か制約がかかっているのかもしれないなと自分を納得させる。
『だってニルスくんはここ初めてでしょ?』
「ああ……俺がいた場所はもっと殺伐としてて」
『そうなんだ……でもここもあんまり変わらないよ』
歩きながらいろいろ質問をしてみたが、今いる場所は東の果てにある小さな島国で驚くほどに文化が発達した場所なのだと理解できた。
夜でも光り輝く街……今はかなり遅い時間であるはずが、それでも絶えることのない人通り、そして活気にあふれた喧騒。
装甲馬車のような乗り物が音を立てて走っていくのをみて、こんな場所があるのだと内心驚く。
はっきりとした形では見ることができていないものの、この場所が驚くほど豊かで考えられないほどに平和なのだと思い知らされる光景だ。
帝国がこれほど豊かな場所があると知ったらすぐに戦力を差し向けることくらいはするだろう、帝国貴族たちの貪欲さは自分がその末席に連なる者としてよくわかっている。
「ずっと戦争やってるからな……飢えて死ぬやつも多いし」
『どこも変わらないねえ……この国は平和だけど、もっと遠くだと同じように争ってるよ』
「そうか、それは残念だな」
『でもーぉ……私は今の平和を愛しているからね、だから今回ニルスくんにお願いしたいのさ』
「そういやお願いってなんだよ?」
少女はにっこりと微笑むとそのまま歩いていく……逸れるとどうなるかわからないため、ニルスは慌てて後をついて行く。
彼女からすると幽霊、つまりゴーストの類に見えているのだろうが、今自分自身が二本の足で歩いていることには変わらないし、地面の感触も少々硬くて奇妙なものだと感じられる。
自分が死んだなどとは思いたくない……少なくともまだ自分が守り育てると決めた相棒を残して死ぬなどというのはあまり気持ちの良いものではないからだ。
『私の仕事はねえ、化け物を倒すことなの』
「魔物がいるのか?」
『そう! 周りにいる人は知らないけど……ずっとここも魔物の被害を受けているんだ』
「平和そうなのにな……」
つまり少女は冒険者とかそういうもので、魔物を倒して報酬を得ているのかとニルスは考えた。
そうと思えば自分が今ここにいるのもわかる気がする……魔物は強大で残虐な存在である、そんな怪物を相手に少女一人で戦うには心細いのだろう。
兵士になりたての若い頃、とある村を襲う魔物退治に赴くことになり、村に数週間逗留しながら警備を担当したことがある。
その中で同じくらいの年代の女性兵士がひどく怯えていたので、魔法を使った手品を見せて落ち着かせたことで懐かれ、任務中一緒に行動していた。
その時に『魔物と戦うと思うと恐ろしかったが、ニルスのおかげで落ち着いた』と笑顔で話していたのを今でも覚えている。
『今回はニルスで良かったよ、なんせ異世界の英雄はこの世界では考えられないほどの力を持った人もいるって話だし』
「ちょ、ちょい待て俺は単なる一兵士だぞ? 英雄なんかじゃねえ」
『でもこの手の召喚術で呼び出されるのは死んだ英雄だけだって聞いたけどね……ならニルスは英雄でいいじゃん』
「良くねえよ、それにさ……英雄ってのはもっとこう、威厳があっていいだろ」
『うーん……まあそうなんだけどさ、ニルスくんの感じは嫌いじゃないよ、私』
魔術師として落ちこぼれ、そして兵士としても出世が難しい自分が英雄などと……という気分で少女を見るが、黒髪の彼女はまるでそう言ったことには理解ができないのか、不思議そうな顔できょとんとしている。
ニルスの中で英雄になる人物といえば、やはり戦争の天才であるグラディス中将のような、高貴かつ身分の高い天才的な人物が当てはまるだろう。
帝国軍には何人も英雄と呼ばれる人物が存在し、『破城鬼』や『白炎の鎧姫』のような規格外のことを指している。
それと同列にされるのは心苦しいというか気恥ずかしさも相まって、むず痒いものなのだ。
「うーん、でもまあお前さんくらいの年代の娘が困ってるというなら助けないわけにはいかないよな」
『話わかるじゃん……学校の先生よりいいやつだよ、ニルスくんは』
「学校ねえ……魔術とか教えるのか?」
『そんなの教えないよ! 歴史とか文学とかそういうのさ』
帝国でも歴史を教えるのだが、文学などを学び舎で教えるのは珍しい。
その種類によっては、帝国の威光を示す大戦争の否定につながるようなものがあると、そう言った書籍は発禁処分にされてしまう。
闇市において高価で取引されるケースもあるそうだが、一〇〇〇年続く戦争の中でその存在を消し去られた文学や作者なども多くいるのだ。
星屑の塔では巨大な図書館があり、蔵書の中には一部発禁処分を受けた書籍なども残されていたが、手に取れるようなものは少なかった。
「文学ねえ……ほとんど読まねえな」
『恋愛ものとかさ、結構楽しいよ』
「俺のいた場所だと、過去の偉人とかどうやって戦いに勝ったとかそういうのばっかりだな」
『つまんなくね、そういうのさ』
「面白みはねえな」
砕けた調子で話す少女のことを、ニルスは次第に気に入り始めていた。
どことなくアナスタシアを思い出すのだ……少女の言葉はぶっきらぼうだが、その内に隠しきれない高度な教育を受けた人物の匂いを感じさせる。
その割には華やかなドレスは着用しておらず、比較的シンプルな色合いの服を着用しているのも気になる……化粧っ気が少ないのも、今は側にいない相棒に似たところがあるだろうか?
そんなことを考えていると、少女が眉を顰めてニルスの顔を覗き込む。
『私じゃない女のこと考えてたでしょ?』
「え? ええ……? いや、そんなことは」
『女の勘は鋭いものなのだよ、ニルスくん……』
「勘弁してくれよ……」
『それはそうと、やることをそろそろ説明しないとね』
少女は急に話を止めるように手のひらをニルスに向けてから、急に表情を引き締める。
あまり周りに気を払っていなかったが、気がつけばそこは建物の間、少し据えた臭いが立ち込める路地裏と呼んでも良い場所だった。
そして少女がそっと指を指し示すその先に、蠢く生物のようなものがいることにニルスは気がついた……厚い毛皮で覆われたその背中は力強い筋肉に覆われ、筋骨隆々といっても良い。
そして……こちらに気がついたのか、ゆっくりと振り向いたその顔はまるで狼のような姿をしており、口元には先ほどまで貪っていた何かの破片がこびりついている。
先ほどまでいた場所には動物などいない……ニルスの目には黒い何かにしか見えないが、それが人間の一部なのだ、と気がつくまでにはそれほど時間はかからない。
少女がパチンと指を鳴らすとともに、どこからともなくその手にはいくつかの輪が組み合わされた杖のようなものが握られる。
『……今日の獲物は人狼、つまりウェアウルフさ……援護期待してるよニルスくんッ!!!』
_(:3 」∠)_ ということで夢か幻かわからない場所での戦闘開始
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