(幕間) 帝国歴一二七九年 異世界より 〇二
「……ぐう……っ?」
ニルスが目を開けると、そこは今まで見た風景とは全く異なる、まるで見たことのない場所であった。
街中にある大通り、その喧騒は活気があるようにも思え、行き交う人同士が話し合い……そして通り過ぎていくのが見える。
だがその場所にいる人間らしきもの、それは黒い影のように姿形が判別しにくくひどく掠れたような外見をした人っぽい何かでしかないからだ。
過去魔術師たちが残した記録によると、今自分たちが住んでいる場所以外に別の場所が存在し、そこでは自分たちと似たような姿をした人たちがまるで違う生活を営んでいるのだという。
そこでは魔術の類は存在していないが、それでも人々は空を飛ぶ大きな鳥や、ひとりでに走る馬車を使って生活をしている、という記述があった。
その時に見えた人々はすべて……黒い影のようにみえ、その姿ははっきりと見えないのだという。
「まさかな……」
ニルスはゆっくりと立ち上がると、あたりを見回す……天まで伸びるかのような大きな建物は、月の光に反射してキラキラと煌めいている。
動物の鳴き声にも似たような音が周りで聞こえ、そして誰も彼もがニルスには気がつかないかのように通り過ぎていく。
建物は帝国で見たものよりも遥かに美しい……だが、そこに魔力は感じられない、判別できない書き殴ったような何かが書かれているが、それは彼にはまるで理解のできないデザインだった。
ニルスはそのままゆっくりと歩き出すが、耳障りな音がずっと耳につく……雑音のようなその音は、彼にだけしか聞こえないのか、周りの黒い影は気にする様子すらない。
『チャオ、シニョール・ファンタズマ、ティ・ヴェド・グアルダルティ・イントルノ……エ・スチェッソ・クアルコーザ?』
「……え?」
『フォルセ・ノン・チ・カピアーモ? ミ・センティ?』
いきなり話しかけられた気がして、ニルスが声の方向へと視線を向けると、そこには一人の少女が立っていた。
少女は長い黒髪、そして黒い目を持っており肌の色はニルスたち帝国人とは違って、少し濃い色をしている気がする……大陸では見たことがない人種だなと思った。
だが、彼女の言葉はまるで理解できない……大陸中にある国家で使われる共通語というのは、帝国建国前より使われていた共通語と呼ばれる言葉をさし示している。
これとは別で各国家において独自の言語を使用するケースが存在し、ゼルヴァイン帝国では帝国標準語という言語が存在し、ヴォルカニア王国にも王国言語という言葉があったりもする。
しかし基本的にはこの言語体系には似たところがあり、ある一定の訓練を経れば内容が大体理解できるという共通項が存在し、習得にはそれほど時間がかからないとされている。
しかし今目の前の少女が話した言語はそういった言葉とはまるでかけ離れた……理解不能な言葉の羅列だ。
「何いっているのかわからない……」
『アー? ……んー、そういうことか理解した』
「な、喋れるのかよ?!」
『私からすると君の言葉の方がおかしいんだけどね』
黒髪の少女は肩をすくめるような仕草を見せたあと、にっこりと微笑む。
言葉が通じる、と理解できたニルスはホッと息を吐く……まるでどこにいるかわからない場所で言葉が通じるというのは不安感を払拭する出来事だ。
少しだけ落ち着いた彼はその少女をじっと見つめる……黒髪はまるで夜空のように深く、そして月の光に照らされて輝いている。
顔立ちは……見たことのない人種だが、非常に整っていると言えるだろう、少し気の強そうな目つきがどことなくアナスタシアを思い出させるのは何故だろうか?
身長は一七〇センチメートル程度だろうか? 女性としては長身の部類に入りスタイルは良く、驚いたことに紺色の衣服は驚くほど仕立てがよい。
「……帝国にはいねえ人種だな、どこの生まれだ?」
『生まれはまあこの近くさ、ところでどうしてこんな場所に?』
「わからない、仕事をしていたら突然……助けを求められ……」
『……ってことは君が……』
考え込むように少女は顎に指を当てて何かを考え込むような仕草を見せるが、ニルスはその間にも周りに視線を向ける……本当に見たことがない場所だからだ。
そして目の前にいる少女も不思議な感覚がする……周りの影のように見える人たちと違い、ニルスの目にもはっきりとした姿として認識できている。
そして……これだけは間違えようがない、少女の体からはニルスたち魔術師が扱うものと同じ、魔力が立ち上っているのだ。
しかもその大きさは少女の見た目から考えるよりも遥かに大きく、まるで一流の魔術師のそれに近しいものだった。
「……何者なんだ……」
『んー、それよりもさ……なんかこう、薄いのは幽霊なのかな?』
「幽霊?! 俺はまだ死んでないぞ?!」
『あー、よくいるんだよねー……死んでるのに気がつかない幽霊って』
「いやいや、俺は死んだなんて記憶がないぞ?!」
任務の後片付けで仕事をしていてふと眠くなって目を閉じた……そこで自分に助けを求める声が聞こえたというのが最後の記憶だ。
ひどく疲れていたとはいえ死ぬようなものじゃない、自分の体のことは自分がよくわかっているのだから……ニルスの言葉に少女は首を軽く傾げて困ったような表情を浮かべる。
どうやら自分が今ここにいる少女以外の人たちを影のような何か、に認識しているのと同じく少女からするとニルスがゴーストのように見えているのかもしれない。
周りを見渡すが、ニルスからすると少女以外はまるで判別のつかない影にしか見えず、彼はため息をついた。
『んー……まあ、私が見つけたのは運が良かったね』
「どういうことだ?」
『幽霊さんが喋っている言葉が理解できたからだよ、そうじゃなければさっさと祓っているし』
「祓う? 祓うってなんだ?」
『そういうやり方はしないのかな……ええと、悪意ある魂を追い払うことさ』
「ゴーストとかか? そういうのは滅ぼすしか方法がなさそうだが」
『野蛮だねえ……幽霊さんの世界じゃそういう力押しなんだね』
少女はカラカラと笑うと、楽しそうな声をあげる……その声に反応したのか、周りにいた影が彼女を見たような気がしたが、どうやら何もないと判断したのかすぐにその場を離れていく。
今の反応を見ている限り、少女は周りの影と同じ……影が人間だとしたら、認識ができないのか今いるこの場所はニルスが住んでいた世界とは違う場所にあるからだろうか。
興味深い現象と言えるかもしれない、過去の記録にあるように今自分がいる場所が今までいた帝国とは違う世界であるということなのだろう。
過去何度かそういった違う世界のことを記録に残していた魔術師は幾人か存在するが、その研究そのものが荒唐無稽なものでしかなく、あまり理解されない類のものだ。
『もしかしてここは俺がいた場所とは違う場所なのか?』
「そうだねえ……ここは※※※※※※※っていう国だよ」
『わからん……俺が住んでいた帝国と違うのだけしかわからない』
彼女の放つ言葉はよくわからず、ニルスは困ったように肩をすくめると首を横に振った。
どうやら少女にも彼がわからない、と伝えたジェスチャーが理解できたのだろう……何も言わずに何度か頷くと、ついてこいというようなジェスチャーを見せ歩き出す。
ここは少女についていくしかないだろう、とニルスが彼女の後をついて歩き出すと、少女は一度振り返って微笑んだ。
『ま、でもここで出会ったのは私の仕事を手伝ってもらえる人だってことだね、ついてきて』
_(:3 」∠)_ 異世界転生だー!
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