(幕間) 帝国歴一二七九年 ブリムスティルの獣 〇五
「竜もどきを一時的でいい、引き付けろっ!!」
『お、おう……って大丈夫かおっさ……うわっ!!』
火竜液の小瓶を片手に竜もどきの左側面へと回り込もうとするニルスを見て、アナスタシアが声をあげるが、一瞬気が逸れたことを察知したのか竜もどきが鋭く首を伸ばして彼女へと攻撃を仕掛ける。
盾を使ってかろうじてその攻撃を防いだアナスタシアは、竜もどきへと再び切り掛かるがその攻撃を素早く回避した魔物は吠え声をあげて彼女が駆る人形騎士フェラリウスへと踊りかかった。
巨大な質量を持った両者が攻撃を繰り出す地響きを感じながら、ニルスは魔法『アクセラレーション』を駆使して木々の幹を蹴り飛ばして空中を舞うように進んでいく。
「シャギャアアアアア!!」
『うおおっ!』
「持ち堪えろよ……!」
アナスタシアは竜もどきが繰り出す攻撃をなんとか捌いている……おそらく本来の愛機である兵士級人形騎士ケレリスではここまでの魔物と戦うことは難しいだろう。
フェラリウスの重厚な装甲と機動性が彼女の腕をさらに伸ばしている、とニルスは加速を続けながら思うが……ふと、グラディス中将もアナスタシアの成長を見越してこの機体を支給したのではないか、という気がした。
帝国軍に広く普及しているケレリスは、その先代であるアルコガルドの良さを引き継ぎつつも、量産性に優れた装甲や機体構造を採用し、一から設計し直した優秀な人形騎士である。
とはいえ兵士級としての制約は非常に大きく、力の核が出せる力には限界があり機体各部の構造も簡素化した部分が多い。
その影響なのかケレリスは集団戦では能力をより高く発揮できるが、一対一での戦闘能力はかなり低いというのが一般的な評価になっていた。
『だあああっ! なんか生臭えんだよッ!』
「ウギャオオオオッ!!」
アナスタシアが距離を離そうと葉形盾を思い切り竜もどきへと叩きつける……バゴンッ!! という激しい音を立てて叩きつけられた攻撃をまともに受けた竜もどきが状態を揺らして大きく後退する。
ニルスはその隙を狙い枝を蹴ってアクセラレーションを使用すると、一気に竜もどきの側面へと飛ぶ……盾による攻撃で竜もどきの尖った鼻から赤黒い血液が流れ、かなりのダメージを受けていることがわかった。
手に持った小瓶を空中で振りかぶると、首の付け根に当たる部分へと投げつける……そしてそのまま加速すると、地面を蹴って勢いを殺すように何度か転がってから立ち上がる。
そして彼は両手を前へと突き出すと、魔術の詠唱を始める……彼の知っている魔法ではあの位置に付着した火竜液には届かないからだ。
「炎を司る精霊の王よ、その力を持って我の敵を焼き尽くせ……炎の槍ッ!」
「ギャオアアアアッ!!」
何もない中空に突然炎の渦が生み出される……その大きさは人間の頭ほどの大きさだが、その中心より白色に近い炎が竜もどきの首元へと一直線に伸びる。
大会戦が始まる瞬間、号砲として両軍の戦略魔術師により放たれるものに比べるとその火線は細いが、それでも鋭く伸びた炎は付着した火竜液に衝突すると瞬時に大爆発を引き起こす。
上体が炎に包まれた竜もどきは慌ててその炎を消し止めようと両腕を使って首元を拭おうとするが、粘度の高い火竜液がさらに激しく燃え上がったことで悲鳴のような声をあげて悶え苦しむ。
そしてその炎による熱が、竜もどきの粘液に包まれた上半身を瞬時に白く染め、そして固形化した粘液が支えきれなくなったのか、ひび割れ次々と地面へと舞い散る。
「アナスタシアッ!!!!」
『おうよ! いい仕事しているぜ、おっさんッ!!!』
「ギャアアアアアッ!!」
ニルスの声に反応するようにアナスタシアが一気に前に出る……炎を消し止めようと暴れる竜もどきの右肩へと長剣の一撃を叩きつけた。
ザンッ!!! という鈍い音と共に腕の根本から断ち切られた前足が宙を舞い、そして赤黒い血液が一瞬遅れて噴き出すとともに、竜もどきは激痛で悲鳴をあげる。
だがアナスタシアの攻撃は無慈悲にその長い首へと振るわれる……横なぎの斬撃を振り抜くと、ぴたりと動きを止めた竜もどきの首が自重に耐えきれなくなったのか、鮮やかな傷跡を残してあらぬ方向へと折れ、ズンッ! という音を上げて地面へと落ちた。
そして少しだけ体を震わせた竜もどきはそのまま地面へとゆっくりと崩れ落ちていく……その様子を見ながらニルスは大きく息を吐いた。
「やったか……!?」
『……まだだッ!』
おもむろにアナスタシアが前に出ると、ちぎれた竜もどきの頭に長剣を突き刺す……串刺しとなった頭を尻目に首だけが大きく跳ね回り、あちこちに血液を撒き散らした。
だが、地面に縫い付けられた状態の竜もどきの首は次第にその生命力を失ったのか、ゆっくりと動きを鈍くそして緩やかにしていくと、数分もしないうちに完全に動きを止める。
そうか……祖先が蛇故に首だけでも反射神経を動かして触れたものへと襲い掛かる習性があったなとニルスが図鑑の末尾に記載されていた重要な情報を思い出していると、血まみれになったフェラリウスのハッチを開けてアナスタシアが顔を覗かせた。
じっと竜もどきの動きを見てから、一息つくとニルスへと視線を向けてにっこりと微笑む。
「やったなおっさん、渓谷にいる魔物ってこいつだろう?」
「多分な……どうやら王国側の出口で好き放題やってたみたいだな」
「……随分喰われてるな」
アナスタシアの言葉で周りを見ると、そこには破損した王国人形騎士だけでなく、白骨がいくつも散らばり、ヴォルカニア王国兵が幾度となくこの竜もどきに挑んでは被害を出していたのかを物語るような光景が広がっていた。
竜もどきがどのくらいここに住み着いていたのだろうか? 白骨にはまだ肉片らしき跡がついていることから、ここ数年の間のものだとは理解できるが、魔物はどこから来たのだろうか。
フェラリウスを駐機態勢にすると、アナスタシアはハッチから飛び降り……周りを見回して少し悲しそうな表情を浮かべる。
王国兵は敵ではあるが、戦場で戦って死ぬのと違い魔物との戦闘で食い殺されるのは凄まじい恐怖と苦痛を味わっているだろう。
「酷いな……彼らは王国兵とはいえ、こんな死に方は望んでないだろうに」
「せめて埋めてやるか……個別には難しいが、野晒しよりかはマシだろう」
「ああ、人形騎士で穴を掘るよ」
悲しそうな表情のままアナスタシアは再びフェラリウスへと駆け上り、そしてハッチを閉めるとゆっくりと人形騎士を立ち上がらせる。
規則正しい鼓動を立てながら彼女は手に持った葉形盾を両手で持つと、少し離れた場所まで歩いて行ってからそこの地面を掘り始める。
戦場でも似たような形で死体を埋葬することがある……特に大きな会戦では、いくつも折り重なった遺体をより分けるという作業が難しく、そんな時間などないからだ。
ふと視線を感じた気がしてニルスは傍を見るが、そこには腹部から下を失った若いヴォルカニア王国兵の死体が転がっている。
最後に見たのは竜もどきが自分の体を噛み砕くところだっただろうか? ひどく見開かれた瞳には、強い恐怖と絶望の色がまだ残っていた。
彼はそっとその兵士の瞼を閉じてやると、聖教の礼法に従った祈りを捧げる。
「確か王国も聖教だったよな……こんなおっさんの祈りで申し訳ないが、少なくとも仇は取ったぜ、安心して眠ってくれ」
_(:3 」∠)_ 魔物退治終了
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