(幕間) 帝国歴一二七九年 ブリムスティルの獣 〇四
——その魔物はまるでドラゴンのように大きく、凶暴な性格を示すかのように鋭く大きな牙を剥き出しに吠えていた。
「あいつは……まさか竜種か?!」
吠え声の元へと到着したアナスタシアとニルスが見たのは、王国製人形騎士ロックヘアを真っ二つに引き裂き、残骸を咥えて青い生命の水を撒き散らす巨大な黒い魔物の姿だった。
地面に散らばる部品や、人形騎士の腕などから判別するに今なお引き裂かれているロックヘア以外の機体もこの魔物に破壊されたことがわかる。
周りにはヴォルカニア王国軍の兵士だった肉塊があちこちにぶち撒けられており、赤黒い何かから血液がこぼれ落ちる凄惨な光景に思わず息を呑む。
魔物の姿は神話に出てくる竜種……長い首や強靭な四肢、そしてゆらりと動く長い尾によりドラゴンそのものにしか見えない。
『ドラゴン……? にしては羽がないぞ?』
「……よく気がついたな、あれは……」
ニルスは星屑の塔の蔵書にあった、魔物の生態や種類を記載した図鑑の中にあった竜種とそれにまつわる研究について思い出していた。
竜種はこの世界における最強の魔物であり、最小のワイバーンから最大級の大きさを持つエンシェント・ドラゴンなど種類が多く存在する。
ドラゴンは知能が非常に高く、あまり知られてはいないが魔術師の祖となる人物は、一頭のエンシェント・ドラゴンより魔術の基礎となる理論を学んだとされている。
現代における魔術はその時代から洗練され、様々な種類が存在しているものの共通しているのは基礎的な理論は人間が開発したのではなく、竜種との共存から生まれ出たという事実だ。
大陸は長い間人間同士の戦いが行われ、自分たちの居場所はないだろうと判断したのか、ドラゴン達は生息域を極めて限定的に絞っていて、人前に出てくることはそう無い。
「あれは『竜もどき』……知能が低い人喰いの化け物だ」
『竜もどき?』
「ドラゴンに似ているけど、祖先がまるで違うんだ」
竜もどきは魔物の一種で、姿形はドラゴンにそっくりな外見をしており、体高は長い首を合わせても八メートル程度のため、人形騎士から比べるとそこまで大きいというイメージではない。
四肢は太く竜種がトカゲのような少し太めの腹部を持つのと違って、細身かつ長く伸びた胴体がそのまま尻尾の先まで伸びている印象だ。
違いといえば、大空を舞うための巨大な羽を持たず、竜種のような鱗を持たず両生類にも似たぬらりとした外皮を持っていることだろう。
この魔物は祖先が祖竜ではなく、原初の大蛇であり、系譜を辿っていくと超巨大な蛇の一種であると言える。
原初の大蛇は神話に出てくる大陸を飲み込むほどの巨大な魔物であったが、神の怒りに触れてその肉体を砕かれ、偉大な力を失った種族と伝えられていた。
だがその野心を失わない一部の蛇達が、偉大なる大空の支配者である竜種の姿を真似、神に似た姿をもつ人間を憎み捕食するために四肢を得た、というおとぎ話が残されている。
『蛇が祖先にしちゃ随分見た目が違いすぎるな』
「足を得るときに、鱗を悪魔に捧げたって神話があったろ」
「ギョルル?」
『おい、こっち見たぞ……まじキモイんだけど』
「やべえな、こいつは人間とみりゃ餌としか思ってねえ」
竜もどきは口元から細く二股に分かれた舌を伸ばした後、ゆっくりと巨体を動かして距離を測り始めた。
攻撃前の動きは完全に蛇そのもので、少し細長い体をくねらせるように歩く様も祖先がドラゴンではないことを示している。
ただ移動そのものは四肢を使った四足歩行のため、地面を踏み締める動作は巨大なトカゲのようにも見え、ニルスは図鑑にあった『初めてこの魔物を見たときにはドラゴンと錯覚する』という記述が正しいことを今更ながら理解した。
図鑑には足を得ているため、蛇の持つ瞬発力には欠けるが、その分巨大な牙は人形騎士の装甲を簡単に食い破り、中にいる人形使いを生きたまま喰らうと書かれていたはずだ。
相手が距離を詰めてくるのを見てアナスタシアがフェラリウスを身構えさせる……本来人形騎士の役目はこういった巨大生物との戦いではあるが、現代の機体はどちらかというと対人戦、つまり人形騎士同士の戦いに特化した作りとなっている。
「アナスタシア、俺が援護するがお前魔物との戦闘経験は?」
『人形騎士を使っては殆どないな、自前で剣持って戦ったのは学園で何度か』
「なら基本はそれと一緒だ、首の動きに注意しろ」
『了解』
その言葉と同時にフェラリウスが飛び出す……それを見た竜もどきも敵は人形騎士だと理解したのだろう、まずは目の前の脅威を排除するべく、耳障りな吠え声をあげて一気にバタバタと足を動かして正面から飛びかかってきた。
竜もどきはドラゴンのような『竜の息吹』を持っておらず、基本的にはその強靭な筋力を生かした肉弾戦に特化している。
アナスタシアは鋭く伸びてきた竜もどきの牙を葉形盾を使って受けながすが、表面を滑った牙が火花を散らしたのか、ギャイインッ! という凄まじい音があたりに響く。
すぐさま彼女は長剣を振るって竜もどきの外皮に叩きつけるが、その表面に付着した粘液が攻撃を滑らせるのか、ずるっと滑るように刃が流れる。
『なんだこりゃ……ッ! 刃が滑るぞ!』
「一旦離れろ!」
「ギャオオオオオッ!!」
『こなくそっ!!!!!』
おもむろに後ろ足で立ち上がった竜もどきが前脚を振り上げたのを見て、ニルスはアナスタシアへと叫ぶ……魔物の前足には鋭い鍵爪が伸びており、その一撃を受ければ装甲の分厚いフェラリウスを言えども無事では済まない。
軽い音を立てて後方へと跳躍したフェラリウスに対して、竜もどきの爪が空を切る……まるで空気を引き裂くような重い音を立てて通過した一撃は脅威に他ならない。
着地したフェラリウスを追いかけるように前に出た竜もどきは、その鋭い牙で人形騎士を食い破ろうと大きく口を開ける。
だが、アナスタシアもそれを読んでいるのか葉形盾を使ってその一撃を受け止め、そのまま叩きつけるようにして魔物を大きく後退させた。
「ぎょアアアアアアッ!!!」
『うるせええっ!!』
裂帛の気合いと共に前に出たフェラリウスの横凪の斬撃が竜もどきの前脚に食い込む……パッと鮮やかな赤い血液が舞い散るが、足を断ち切るまでは至らない。
ニルスはその動きを見て、魔物がこれまで人形騎士との戦闘を繰り返し、かなりの数を学習しているのだと理解した。
一撃を喰らう瞬間にほんの少しだが上体を逸らすような動きを見せたのだ……言いえてみればこの竜もどきは人喰いのベテランなのだ。
斬撃の効果がないとすぐに判断したのかアナスタシアはそれ以上押し込むことはせずに、剣を引いてすぐに距離を離す。
一瞬の判断ではあったがその判断は正しかったのだろう、それまでいた場所に長い尾の一撃が横から叩きつけられ、地面が大きな音を立てて抉り取られる。
『あぶね……ッ! 首と尾の動きが違うってか』
「気をつけろ! こいつ人を食い慣れてる、人形騎士がなんであるか理解しているぞ」
竜もどきはまるで観察するかのような瞳で、目の前に立つ帝国製人形騎士フェラリウスの動きをじっと見つめる。
縦に開く瞳孔を細かく動かしながら、再び細長い舌を伸ばし相手との距離感や、周りの空間を把握しようと威嚇を始める竜もどき。
それを見ているニルスは先ほどアナスタシアが叩きつけた一撃、その傷跡がじわじわと塞がっていることに気がついた。
粘液が治療薬のような効果を生んでいるのか……確かにこの魔物は異常なほどタフで、小さな傷は時間と共に塞がってしまうという記録があった。
ただしその反面、強い火を受けると粘液は硬化して脆くなり、刃物なども簡単に通すという弱点も持っている……彼は懐にしまい込んでいた『火竜液』を手に取ると走り出す。
「待ってろアナスタシア……こいつは火に弱いはずだ、俺が突破口を作ってやるっ!!」
_(:3 」∠)_ 巨大な魔物に突撃する魔術師……!
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