21-05 噛み合わぬ双方の思惑、決定的な亀裂
フォルミオン第四皇子視点
陛下のもとを辞して、皇太子殿下の宮へ向かう。
皇太子オレステス殿下……同じ陛下を父に持つ異母兄には、数えるほどしか会った事が無い。
オレステス殿下の実弟である、ニカンドロス第三皇子も同じだ。
兄上達の母は父上の正妃であるのに対し、私の母は愛妾である。
母親の違う兄上達とはあまり交流が無い。
ちなみにエウポリオン第二皇子については、会ったことも無い。
既に帝室籍を離れ市井に降りており、国立帝国大学にて研究職に就いていると聞くが、大学在学中にも会う事は無かった。
皇太子宮の入口前で、控えていた侍従に殿下への面会要請と用件を伝える。
しばらく待って侍従がドアを開け、私とミルヌイを中に招き入れる。
応接室に通され、しばらく待っていると皇太子殿下が数人の補佐と共に入ってきた。
「久しいな、アエティオス。
お前がここを訪ねてくるとは、珍しいこともあるものだ」
「お久しぶりです、オレステス殿下」
立ち上がり、頭を下げる私。
「今日は何用だ」
殿下の言葉に、私は首を振る。
「カエサリス、グロスターの両宮廷伯が不在のため、全貴族総会から通達された"挙国会議"についての調整役を、陛下に命じられました。
殿下とも調整をと思いまして」
私の言葉に、今度はオレステス殿下が目を見開いた。
「調整役……そうか。お前もやっと臣籍に降りることになったか。
愛妾の子が、いつまでも帝室に留まっているのはどうかと思っていたところだ」
……思い出した。
初めて兄上達に会った時も、こうして私に居丈高に接してきた。
その視線に、兄上は帝室からの拒絶というより「正妃腹と愛妾腹の間の”当然の序列”」を前提に話していると感じ、私は二度と近づきたいと思わなくなったのだ。
ともあれ、私は何も言わず頭を下げ続ける。
内実を知った今となっては。
帝室の傲慢な姿勢を、もう自分のものと受け入れることなどできない。
きっかけはともかく、臣下に降りることは私が選んだのだ。
そう、自分に言い聞かせる。
「それで、あの"挙国会議"についての陛下の意向はなんだ」
「できるだけ開催を引き延ばせと命ぜられましたが……実際、難しいかと」
私がそう言うと、オレステス皇太子殿下はしばらく黙り込んだ。
「開催を引き延ばして、あの陛下はどうするつもりだ」
私は、その質問に首を振る。
「……何も」
「何?」
「カエサリス、グロスターの両側近が不在の今、陛下には相談できる相手がいません。
意向の理由としては恐らく、彼らが帰ってくるのを待つつもりのようですが……私は、その望みは無いと推察します。
ですから、引き延ばしたところで徒に時間を浪費するだけでしょう」
私の言葉を聞いてふうと息を吐いた殿下は、頭を振った。
「……だが私には、この会議を起こすほどの"国難案件"に心当たりが無い。
フォルミオンは何か知っているか。
知らなければ、対策を検討しようもない」
皇太子殿下は主に外交面を、そしてニカンドロス第三皇子はその補佐を担当している。
お二人とも……陛下が行っていたことには関わっていなかったのだろうか。
「ここで口にできる話ではありません」
兄上に暗に人払いをお願いする。
「そうか。おい、お前たちはしばらく部屋を出ろ。
あとニカンドロスを呼んで来い」
殿下の補佐達、そしてミルヌイは部屋を出ていく。
「お忙しい殿下の時間を、それほど割くわけには」
「"挙国会議"を前に、国難案件以上に緊急なことなどないだろう」
皇太子殿下の配下たちがぞろぞろと出ていく中、室内には私と殿下だけが残った。
二人きりになったところで、殿下は身を乗り出して訊いてきた。
「挙国会議はともかくとして、だ。
お前が”照覧の儀”の進行役をしていたのは、どういう理由だ。
陛下との間に何かあったのか」
「私はクーロイ領主を罷免された後、陛下に謹慎させられました。
ただ、昨夜からカエサリスとグロスターの行方がわからなくなり、今朝になって私を呼び出して謹慎を解かれ。
その場で私を”照覧の儀”の進行役と、その後”挙国会議”の調整役に任じたのです」
問われた内容を答えると、皇太子殿下は笑った。
「いくら側近が行方不明だからと言って、お前をその代わりにするとはな。
思いつきで物事を進める父上らしい。
だいたいあの愛妾を選んで招き入れたのも、父上の思いつきだったしな」
私は、首を傾げた。
「ですが……調整役に任じたあと、陛下は私をまたセカンドネームで呼んできたのです。
私には、意味が分かりませんでした」
「おおかた成り行きで臣下の仕事を振って、しまったと思ってお前を懐柔しようとしたのだろう。
往々にして短絡的に命令を発して、後で後悔するなど……本当、父上らしい。
陛下の側にいると、山のように仕事が増えるからな。
お前も用心しておくことだ」
そう言って、皇太子殿下は私の今の状況を楽しむかのようにクックッと笑う。
ここで、扉をノックする音がする。
「ニカンドロスか? 入ってこい」
皇太子殿下の言葉が聞こえたのか、扉を開けてニカンドロス殿下が入ってきた。
「おや、フォルミオンもいたのか」
「お久しぶりです、兄上」
ニカンドロス殿下は私のあいさつには軽く手を振って、オレステス殿下の横に座る。
「"挙国会議"の話だって聞いたけど」
「フォルミオンの奴が、陛下から調整役に任じられたそうだ」
オレステス殿下の言葉に、ニカンドロス殿下の目に笑みが浮かぶ。
「そうか。今朝のこともあるし、フォルミオンもやっと臣籍になるか。
それで……"挙国会議"で何を話すのか知らないのだけど、一体何だい?」
「俺も知らん。だからフォルミオンの知っていることを聞き出そうと思ってな」
そして、二人は私の方を見る。
「恐らく貴族側が求めるのは……陛下の退位ではないかと」
話すと、二人は驚きに目を見開いた。
私の推測ですが、と前置きして、今まで掴んだことを話す。
陛下が帝国法の枠外で私兵集団を囲っていたこと。
そして、その私兵が二十数年前のスパニダス星系壊滅に関与していた可能性が高いこと。
その残党がクーロイ星系の外縁に現れ、その討伐をした影響で、十七年前のクーロイの事故が起きたこと。
さらにその事故の裏側で、クロップス宙賊団と陛下のつながりを知ったコロニー管理者の暗殺のために人を動かしていたこと。
さらにその事故後、デブリ処理の裏で実行部隊を回収し、残っていた生存者達を見捨てた事。
これらを説明したが、二人はふん、と鼻で笑う。
――彼らにとっては『自分たちに関係ない、どうでもいい話』でしかないのだと、その反応が物語っていた。
「父上の手引きとすれば、スパニダス星系の件はやり過ぎだ。
.だが俺の管轄の兵団は、スパニダスにもクーロイにも関わっておらん。
暗殺とか云々は、我々は感知していない」
「父上が仕組んでいたとして、俺も兄上も関与していない。
それらで罪を問われるのは父上だけだろう」
皇太子殿下に続き、ニカンドロス殿下は言う。
……代々の皇帝は帝国軍を隠れ蓑に、秘密裏に私兵を囲っていたのか。
「ならば、俺達にとっていい機会だ。
ずっと皇帝の座に居座っていた父上を退かせて、やっと私が継ぐことが出来る。
ニカンドロス、その時はお前を皇弟として大公に任じてやるぞ」
オレステス殿下はにんまりと笑い、ニカンドロス殿下も笑みを隠せないでいる。
だが、実際にミツォタキス侯爵やトッド侯爵と話した感触からすれば、
彼らが求めているのは、そんな穏便な「首のすげ替え」ではない。
むしろ、『帝国法をないがしろにする皇帝と帝室に異議を唱え、国の在り方自体を見直す』という方向だった。
兄上達が楽観的に笑う姿と、貴族達が真剣に国の未来を憂う姿――。
それらは、決定的に噛み合っていなかった。
……謹慎中に抜け出したことが明らかになるから、彼等と接触した事は話せないが。
「全貴族会議側がわざわざ”挙国会議”の開催を決めた以上、それでは済まないと思いますが」
敢えて言った私に、皇太子殿下もニカンドロス殿下も笑う。
「全貴族総会を率いるのはミツォタキス侯爵だろ。我々の母たる皇妃の実父だ。
ミツォタキス侯とて、俺が皇帝になれば外戚としてより権勢を振るえる。
陛下が居座るより、そうなった方が帝国内が安定するではないか」
私の言葉に、オレステス殿下は反論する。
あくまで、”今までの帝室と貴族との関係性”の枠組みでしか、彼らは考えていないようだ。
兄上達が私を見る目は……臣下に落ちる異母弟を蔑むものだ。
彼らは臣下に下ると見なされる私だけでなく――帝国に住まう臣民達や、おそらく譜代含めた貴族達すらも。
そう、自分たち帝室以外の全てを、内心では蔑んでいるのだろう。
そういった考えは、父上や兄上達だけのものではあるまい。
――ずっと昔、もしかしたら帝国設立当初から、帝室の根底にあったのだろう。
代々教育係にも受け継がれ、そうした思想を教え込まれていたのではないか。
帝室教育での教育係達も、私にそうした思想を持つように仕向けていたように思う。
ミツォタキス侯爵にせよトッド侯爵にせよ。
貴族たちは既に、そうした帝室の姿勢を見抜いている。
だが……それを私が伝えたところで、兄上達は私の言葉など聞き入れはしない。
帝室と貴族達の間の亀裂はもう、決定的なものだ。
でなければ、貴族達は万難を排して”挙国会議”など起こさなかった。
もう――落としどころについて議論する段階は、とうに過ぎてしまったのだ。
その事実が、”調整役”としての私の役目を、無きに等しいものにしている。
開催することも、その内容も――調整役として私が口を出せるところは、どこにもないのだ。
「それで、全貴族総会側とは”開催日”についてどう交渉しますか」
ただ唯一調整できるのは……いつやるか、だけ。
それすらも、ほとんど調整する余地など無いことはわかっているが。
「お前の言うように、徒らに引き延ばすことに意味はないだろう。
陛下がまた要らないことをする前に、向こうの通告通り二日後に開催する方向で進めてくれ。
……父上の意見か、俺達の意見か。
どちらで調整するべきか、わかっているだろうな」
皇太子殿下が、そう私に申し渡す。
陛下の言う引き延ばしとやらは、どの道、望み薄だ。
私はそれ以上何も言わず、二人に頭を下げた。
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