21-03 消えた宮廷伯たち、波乱の予感
カエサリス宮廷伯に仕える、とある従者視点
年が明けた。
新年の行事として、皇帝宮の前庭に臣民たちを招き入れ、新年の挨拶をする“照覧の儀”を、本日の午後に行う予定だ。
これは、皇帝陛下、皇太子殿下、第三皇子殿下およびそれぞれの妃殿下が一同に姿をお見せになり、帝室の安泰を臣民に示される、毎年恒例の行事である。
本来はここに第四皇子殿下も参加されるのだが、殿下は謹慎中のため、この行事への参加は陛下の判断で見送られている。
しかし、この行事の準備を任されていた私の主人――陛下の側近であるカエサリス宮廷伯が昨夜より不在である。
もう一人の陛下の側近、グロスター宮廷伯も昨夜から姿を見せない。
そのため、主人の命で儀式の準備をしていた私が急遽、陛下の謁見室に召し出された。
「カエサリスはどこへ行った」
私は本来、陛下に拝謁できる身分ではない。
――爵位、宮廷爵位、高位の軍位などをいずれも持っていないためだ。
そんな私が陛下の御前に呼び出され、直接声をかけられるという異例の事態。
私は頭を下げて陛下を視線に入れないようにしながら、質問にお答えする。
「宮廷伯は……昨夜、急用ができたとの事で外出されました。
直前にグロスター宮廷伯と通信を交わしていたようなので、お二人で示し合わせて外出されたものと思いますが……どこへ外出したのかは、私は把握しておりません」
陛下のいるはずの方向から、チッ、とあからさまな舌打ちが聞こえた。
……まさか。陛下が舌打ちなんてなさるはずがない。
「年始行事の準備を宮廷伯から任されていると聞いたが。
他に、宮廷伯から任されている事はないか。
たとえば……私と宮廷伯とで行っている事業に関係する仕事などは無いか」
陛下は、何を仰せになっているのだろうか。
宮廷伯にお仕えしていると言っても、私は宮廷爵位を頂いていない平民の身。
陛下や帝室に関わる権限もない私が、そのような事案に関わるなどできない。
これは、永年続く帝国宮廷のしきたりであるというのに。
「……私めは、年始行事を始め、帝室内の定例行事の一部の準備をお手伝いしている程度でございます。
本来拝謁の栄を賜る身分ではございませんが、閣下の不在につき、年始行事の実施に関してお声がけ頂いたものと思っております」
私がそう奏上すると、はあ、と陛下は溜息を吐かれたようだ。
一体何なのだろう……私の中での、陛下の印象が大分変ってきている。
宮廷内の雰囲気が乱れているとして、廊下で無駄口をしないようにとか噂をみだりに流すなとか、細かい訓示が陛下の御名で発されることがしばしばあるのだが。
そんな御方が、目の前で舌打ちや溜息をされておられる。
「そうだった、な。とりあえず、年始の“照覧の儀”は行わねばならん。
カエサリスが不在である以上、お主に執り仕切って貰わねばならんのだ」
それは、私の身分では無理というものだ。
「重ねて申し上げますが、私は本来、陛下のお目通りを受ける身分ではございません。
私が執り行ってしまっては、宮廷内の秩序を乱してしまいます。
どなたか身分のある方に、閣下の代役を担って頂かなければ」
そうお答えすると、陛下はううむと唸ったまま、暫く沈黙された。
陛下が直接任命権をもつ宮廷爵位の最高位、宮廷伯をお持ちなのは全部で五名おられる。
その内陛下に直接仕えておられるのは、私の主カエサリス閣下と、グロスター宮廷伯閣下だけ。
残りは、皇太子殿下の側近にお二方、そして第三皇子殿下の側近にお一方。
つまり彼らには陛下が直接命を下すのは問題がある。
“照覧の儀”は陛下の管轄する行事なので、他の宮廷伯にお任せするのは差し障りがあるのだ。
もしそれを曲げてお任せするのであれば……陛下が皇帝の管轄する職務を譲る、つまり退位の意向であることを意味することになる。
「……フォルミオンに取り仕切らせよう。
この場にフォルミオンを呼んでまいれ」
陛下が、異例の指示を出された。
やはり退位の御意向ではないようだ。
フォルミオン第四皇子を呼ぶということは、カエサリス閣下に代わってあの方に行事を執り行って頂くということ。
それは、帝室に在するフォルミオン第四皇子に臣下の職務をお与えになるということ……すなわち、帝室籍を外し、臣籍降下させるという御意向を示すものに他ならない。
陛下付きの侍従が部屋を出て行く。
私は退出を認められていないため、頭を下げた姿勢のまま待たなければならない。
どれだけ時間が経っただろうか……侍従が戻ってきて報告する。
「フォルミオン殿下がいらっしゃいます」
後ろで、謁見室の扉が開く音がする。
足音は二人。
恐らく殿下と、側近で残られたというミルヌイ様だろう。
「如何な所用でございましょう、陛下」
殿下は私の横で、立ったまま頭を下げずに陛下に問われている。
その後ろで、ミルヌイ様が頭を下げているのが見えます。
「カエサリス、グロスターの両宮廷伯が昨夜から所在不明だ。
なので、カエサリスに任せていた新年の“照覧の儀”が、このままでは行えない。
幸い、そこに彼の下で準備をしていた者がいる。
お前の謹慎を解くゆえ、この者から助言を受けつつ“照覧の儀”を取り仕切れ」
殿下の後ろに控えるミルヌイ様が、息をのまれた気配がした。
「それは、私を帝室籍から外すということでしょうか」
殿下が直接陛下に真意を問う。
「それは、今この場で決める事ではない。
ただ両宮廷伯の不在の間、私の意志を宮廷内に伝える者がおらん。
彼等の代わりにその役についてもらうだけだ」
殿下に対する陛下の答えは、その場しのぎのものの様に聞こえる。
だが、今ではないとしてもいずれ殿下を帝室籍から外すことを示唆するようにも聞こえる。
皇太子殿下も第三皇子殿下もご健在で、皇太子殿下にはお子様も生まれている以上、フォルミオン殿下が帝室に残る可能性はまず無かったので既定路線ではある。
だが意図したものかどうかは別にしても、示されたのは初めてだ。
「……わかりました。
しかしグロスターだけならともかく、カエサリスが不在なのは珍しいですな。
彼らは一体どこへ?」
「昨夜、グロスターと二人でどこかへ出て行った。
急用のためと連絡があったが、行先までは把握していない」
陛下の答えに、殿下は何かを考えこむ様子を見せる。
「臣民に帝室の健在を示すべき年始行事ができないとなれば、問題でしょう。
進行役、拝命いたします。彼を連れて行っても?」
「構わん。頼んだぞ」
そう言って陛下は立ち上がり、陛下付きの侍従達を連れて謁見室を出て行った。
「君は、名を何という」
陛下達が謁見室からいなくなり、気配が消えてから殿下が声を掛けてきた。
「ラーゼルと申します」
「そうか。ラーゼル君。
取り急ぎ、“照覧の儀”は、今日執り行う行事だ。
どうせカエサリスの事だ――君が全ての進行表を作っていて、儀式では奴はそれを読みながら進めるだけだったろう」
殿下もカエサリス宮廷伯閣下の性格を、よくご存じのようです。
私は頷いた。
しかし、この第四皇子殿下に名前を呼んで頂けた。
以前はもう少し尊大な御印象であられたが、謹慎を経て御変化があったのだろうか。
ともあれ、宮廷で働く私にとっては、帝室の方に名を呼んで頂けただけでも名誉なことだ。
なにせ……カエサリス閣下にすら、名を呼ばれたことが無いのだ。
「取り急ぎ、その内容を頭に入れておきたい。
ラーゼル君は進行表や参考資料を揃えてくれ。会議室で打ち合わせをしよう。
ミルヌイ、どこの会議室が空いている」
「十五分後、第十七会議室はどうですか、ラーゼル殿」
殿下の問いに、彼の配下であるミルヌイ様が答える。
「……大丈夫です」
「よし、では十五分後に」
パッと打ち合わせの予定を決めて、殿下とミルヌイ様は謁見室を出ていかれた。
あまり時間が無いことに気づき、私も慌てて謁見室を出て行った。
打ち合わせで進行表をお渡しし、段取について認識合わせをして。
午後からの “照覧の儀”を、殿下は滞りなく執り行われていた。
私は殿下の指示のもと、帝室の方々の見えないところで関連部署を走り回ることになったが、無事に行事を終えることができた。
終了後、再度フォルミオン殿下が謁見室に招喚された。
なのに……なぜ私まで呼ばれるのか。
そう思って謁見室に入ると、そこに居たのは殿下とミルヌイ様だけ。
陛下はおろか、陛下付きの侍従達もいない。
「陛下は既に退出された。ここにいるのは我々だけだから、畏まらなくてよい。
君の御蔭で、無事“照覧の儀”を終えることができた。
ありがとう」
「いえ、私如きにそのような言葉を頂けるなど、勿体なく」
名前を呼んで頂けるだけではなく、感謝までされるとは。
滅多にないことだ。
私は、頭を下げながら、温かい気持ちになる。
しかしここで、謁見室の扉がノックされる。
殿下が入室許可を出すと、文官が一人入ってくる。
あの方は確か、皇太子殿下付きの官僚の一人だったと思う。
「先ほど、全貴族総会から連絡文が届きました。
つきましては陛下へ内容をお伝え頂きたいのですが」
「……見せてくれ」
入ってきた官僚は、殿下に連絡文をお渡しする。
その文書を見た殿下は、顔をしかめた。
「現在、取次を行うカエサリス宮廷伯が不在だ。
陛下には私からお伝えしよう」
殿下の言葉に、官僚は頭を下げて謁見室を出て行った。
そしてミルヌイ様をその場に残し、殿下が謁見室の奥へ行く。
しばらくすると、殿下が戻ってきた。
「ラーゼル君。
本日の行事は終了したが、他にカエサリス宮廷伯から任されている仕事はあるか」
「……無い訳ではありませんが、急ぎのものは、特に」
宮廷伯から申し付けられているものはいくつかあるが、差し迫ったものは他にはない。
「正式には陛下の指示次第だが、先に君に伝えておく。
二日後、全貴族総会が帝都にやってくる。
帝室と全貴族総会一同が顔を合わせるのだ」
全貴族総会一同、と殿下は仰いました。
ということは商都郊外に宇宙船を停泊させている貴族達が、その従者達を引き連れて帝都にやってくる……かなりの人数になりそうです。
それが、明後日!?
「カエサリスに代わって、恐らく私が準備の指揮を執らねばならんだろう。
君をはじめ、カエサリスの配下の皆の協力を仰ぎたい……グロスターの配下はこういった行事関係には対応できないからな。
君は戻って、宮廷伯の他の配下の皆に伝えてもらいたい」
私は、殿下に頭を下げて、謁見室を後にした。
……これは、大事になりそうだ。
廊下を走ることは禁じられているため、私はできる限り速足で執務エリアに戻っていった。
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