20-20 地下広場の決闘(2)――意識の世界、帰ろう皆の所へ
マルヴィラ視点
商都の地下に広がる……大雨の際に雨水を逃がす、地下水路。
ここに流れ込むほどの大雨はここ数年ないらしく。
水路の最深部にある巨大な貯水槽の中も、ほとんど水は無かった。
私は、ここで二日間――静かに目を閉じ床に座していた。
そうやって、自らの感覚を研ぎ澄ませていく。
やがて、遠くから静かな足音が、その向こうから激しい足音がやってくるのが聞こえた。
――メグちゃんを抱えたニシュと、それを追う、あの男ね。
私は立ち上がった。
メグちゃんとニシュは、通路からこの広間に入り、真っ直ぐ駆け抜けていく。
少し遅れて、あの男が広間に入ってくる。
メグちゃん達が通り過ぎた後、私は男の前に割り込む。
男は私に気づいた気配はあったけど、スピードを落とさず突っ込んでくる。
私は――目の前に下ろされようとしている彼の足を、横から払った。
それだけで男はバランスを崩し、吹っ飛んで背中から倒れる。
真っ暗闇でも、私は男と対峙できる。
男も何かを被っていて、暗闇でも対処できるみたい。
でも、奥の通路からこっそり見ているメグちゃんが、心配するだろうから。
彼女から良く見えるようにしておこうか。
リモコンを取り出し、スイッチを押す。
その途端、広間が明るい照明で照らされる。
男が立ち上がり、ヘルメットを脱いでこちらを見る。
「お前は……どこかで見覚えがあるような、気がするが?」
「……ユーダイモニア、エインズフェロー邸の地下シェルターの前でしたね」
ケイトを目の前で攫われた、苦い記憶。
でも今は……それに対する焦りや怒りは、感じていない。
ただ目の前の男を、感じ取る。
「……そこをどけ。丸腰の女を殴り殺す趣味は無い」
あの時は、圧倒的な暴力の気配に、私も恐怖を感じた。
今は……心は凪いだまま。
「メグちゃんを死なせる訳にはいかないわ。
この先に行かせはしない」
この男を、止める。
私は今、そのことだけに意識を向けていた。
男の気配が、考えが……読み取れる。
脅しのために、私の右をかすめるジャブを打とうとしている。
当たらないなら、躱す必要すら、ない。
「次は当てるぞ。死にたくなかったら、どけ」
そう言う男の次の手は、今度は私に当ててくるだけのジャブ。
しかし私の場所に拳が届く頃には、私の意識はもう、そこにはない。
引き戻されたらすぐ、元の場所に戻る。
案の定、当たった感触もない拳を見ては、戸惑っている。
何が起こったか確かめるために、もう一度拳を打ってくる気なのが見える。
今度は拳の右側に自分の”存在する意識”を向ける。
これで男は、私が身を躱して死角に隠れただけ、と判断する。
次は蹴りか。それも、脚に仕込んだ動力を使ってスピードを上げてくる。
今度は、脚の向こう側に意識を置く。
今度はその脚を戻して、踵で蹴る積りね。
もう一度、脚の向こう側……元の場所に意識を置き直す。
「一体、どんなトリックを使ってやがる」
男のアドバンテージは、戦闘アンドロイド並みの力とスピードを発揮する義腕義脚を使いこなす技量と、そのスピードについてこれる目。
特に目は、並の人を遥かに上回る動体視力を持っているみたい。
でも、その良すぎる目が仇になっている。
目だけで私を追うから、姿が見えなくなっているのよ。
「そんな玩具を振り回しているだけの貴方には……一生、分からないでしょうね」
常人を遥かに上回る能力を持つ道具を手に入れて、浮かれているだけ。
道具に振り回されて、肝心なものが何も見えていない。
そんな様子では……私が到達できた”意識の世界”は、理解できないでしょうね。
「なんだと!?」
そう言いながら、足元の小石を足指で掴んだのがわかる。
その指で弾いて飛ばしてくるつもりね。
どういう意識を私に向けているかが、攻撃する前にわかってしまう。
私はその石が当たる寸前で、石の通った向こう側に意識を置く。
「舐めたことを言って悪かったな。本気でやらせてもらう。
生身の奴に本気を出すのは、初めてだ。
……名を、聞いておこう」
……男の意識が、少し変わった。
全力でぶつかろうとするその意思に敬意を表して、私は自分の名を告げる。
「……俺はリオン・マクベスだ。冥途の土産に覚えておけ」
前言撤回……私を下に置こうとするその意識は、変わってなかった。
石を飛ばす。逃げそうな場所にジャブを打つ。
保険をかけて、反対側から回し蹴り。
――チェスでもしてるつもりかしら。
飛んでくる石の向こう側に意識を置く。
ジャブは当たらないから、無視でいい。
一瞬遅れてくる回し蹴りには、またその向こう側に意識を置く。
回し蹴りをするその脚を後ろから押して、もっと勢いよく回してあげる。
男――リオンは案の定、バランスを崩して倒れ込む。
脚を押した感触に、少し違和感を覚えた。
金属でできている筈のその脚から、妙な柔らかさを感じた。
いや、脚そのものじゃない。
脚の付け根が、柔らかくなってるんだ。
そこに意識を向けると……リオンの本来の身体と、義脚との接合部分がある。
硬いはずのその義脚だけど、接合部分だけは柔軟性を持たせているのか。
本来の身体の方を守る、クッション材の役目がある。
逆に言うと……伸縮しやすい。
伸びきった所を横から力を加えれば、簡単に折れる。
今度は、飛び掛かって膝蹴り。
私にあしらわれて、怒りに身を任せている。
飛び掛かってくる力のベクトルを、下から跳ね上げて上に逸らすと、それだけでひっくり返る。
脚を伸ばして踵落としをしてくるのが見えたので、一歩後ろに下がる。
その勢いでリオンが起き上がり、ストレートパンチを打ってくる。
私はその拳の下に意識を置き、更に拳をその進むもっと先へ押しやる。
すると義腕の付け根、身体との接合部が伸びきるので、手刀で衝撃を与える。
バキッ!
伸びきった接合部は耐えきれずに折れる。
私はその折れた腕をつかんで、後ろに放り投げる。
この男は、こんな”過ぎた玩具”に頼り切っている。
癇癪をおこした”子供”をなだめるには、まず危ない玩具は取り上げないとね。
「貴方が振り回している、身に過ぎた玩具を……取り上げただけよ」
そう告げると、リオンは目を見開いた。
……ああ、そうだったの。
こんな玩具を手にしてしまったから。
人と向き合う前に、力でねじ伏せる事を覚えてしまったのね。
だから……貴方は、”恐怖”を忘れてしまった。
だから……人として、相手を感じ取ることを、忘れてしまったのね。
だったら――こんな害だらけの玩具は、要らないわね。
今度はリオンは、蹴るフリをして脚を伸ばして、そこから身体を引き寄せて私を掴みに来るか。
そうして私に腕を伸ばしてくる所で、彼の背後に意識を置く。
肩を軽く押して、腕の勢いを上げて思いっきり伸ばしてもらう。
それで今度は、伸びきった腕を縮められないように手首を掴んで、腕の接合部を支点にその腕を巻き込みながら、背負い投げをする。
投げ飛ばされるリオンの勢いをその支点に集中するようにすれば。
「ぐはっ!」
背中からリオンが落ちると同時に、接合部が折れる。
その折れた腕をまた後ろに放り投げたところで、リオンが跳ね起きた。
彼は目を見開きながら、よく見ると身体が震えている。
恐怖心が芽生えた彼は……脚が無事なうちに私を飛び越えて、メグちゃんを狙うつもりか。
そうは、させないわ。
私に突っ込んでくるフリをして飛び越えたリオンの、着地点に意識を置く。
そして彼が着地する直前、リオンの両足を跳ね上げる。
空中で踏ん張れない彼はそのまま回転し、顔と胸から床に打ち付けられる。
来ている防護服で胸骨の骨折は避けられたと思うけど、胸を強打したせいで呼吸ができていないみたい。
じゃあ、今のうちに。
回し蹴りで損傷した右脚付け根に足を置いて、右義脚を折る。
左義脚は付け根の損傷が無いから、折るのは大変そう。だから回して取り付けそのものを外す。
これでも立ち向かってくるようなら、覚悟が必要。
そう思ったけど……。
「……殺せ」
仰向けになったリオンは、私にそう言った。
玩具を取り上げられて、心が折れた様子。
内心、ほっとした。
「言ったでしょう。私は、あの子を守るために来たの。
貴方の息の根を止めるためじゃないわ」
そう告げると、彼はむすっとした。
こうしてみると、つくづく……拗ねた子供みたいね。
「何故……俺は、負けたんだ」
負けて悔しかったのか、リオンは零した。
「貴方はただ、身に過ぎた玩具を手にして、有頂天になってただけ。
相手の事を推し量る感覚。
危機感とか、恐怖とか……そういう、身を護るための感情。
そういった物を、使いこなせていなかった」
リオンは、誰よりも強い力を手にした、餓鬼大将だった。
まるで――母さんの修行に入る前の、私のよう。
だから、それだけでは勝てない相手が現れた時に、対処が出来なくなるの。
そうした戦いの時に重要なのは――相手を深く知ること。
知れば、次にどう動くかが読みやすくなる。
相手の事を推し量る感覚。
危機感とか、恐怖とか……そういう、身を護るための感情。
それらは、相手の事を知る、基礎中の基礎。
母さんの修行ではそれをもっと研ぎ澄ました。
そうした相手を感じる鋭い感覚と、理性とを使っても。
”意識の世界”の、入口に立てただけ。
だから私は、リオンと対峙する2日前にあの広間に入って。
更に感覚を研ぎ澄まし、”意識の世界”により深く入った。
その世界に立ってリオンを知れば……。
圧倒的な彼の暴力すら、餓鬼大将の癇癪に見えてしまった。
「俺をこんな風にして……どうするつもりだ」
そんなことを言うリオンだけど。
貴方をこれ以上どうこうするのは、もう……私の役目じゃない。
ほら、遠くから――近衛の皆さんがやってくるわ。
ふと気づくと、ニシュとメグちゃんが、戻ってきてた。
「なんだ。手足の無い無様な俺を、笑いに来たか」
手足の無いリオンは、そんなことを言うけど。
メグちゃんは、そんな人じゃないわ。
「そんな状態から、生きる努力を必死にしてたんでしょう。
そんな人を、私は笑わないわ」
メグちゃんは、ちゃんと相手の中身を感じ取れる人。
「私とリオンさん、どこか似てる気がしてたの。
きっと、そう言うところだったのね」
生まれた時からものすごい逆境の中にあって。
必死で生きて来た、その生きざま。
二人には、通じ合う部分があったのね。
「出会い方が違えば、もっと良い関係になれたかもしれない」
そんなメグちゃんの言葉を否定して。
やってきた近衛の人達に大人しく従って、リオンは去っていった。
「マルヴィラお姉さん……無事で、良かった」
近衛隊がリオンを連れ出して行って、静かになった後。
メグちゃんが、私に抱き着いてきた。
「心配、させちゃったわね」
私も、メグちゃんを抱き返す。
メグちゃんが、涙ぐんだ顔を上げる。
「私……逃げてばかり。
リオンさんをお姉さんに任せちゃって……」
私は、メグちゃんに首を振る。
「ううん。
メグちゃんがどうすればあの人を捕まえられるか考えて、皆で作戦を練って。
それがあったから、こうして、無事に捕まえることができたわ。
直接、暴力を振るうだけが戦いじゃないの。
これはただの、役割分担よ」
涙ぐむメグちゃんの背中をさすりながら、話す。
「メグちゃんは、立派に戦ってるわ。
でもまだ、終わってないけれどね」
メグちゃんは頷いた。
この作戦が上手くいって、リオンが捕まっても。
そして、ケイトが戻ってきても。
それだけでは、まだ――メグちゃん達の安寧は、訪れない。
でも、一区切りはついた。
「さあさあ、小父さん達のところに帰りましょう。
作戦が上手くいっていれば、ケイトもじきに帰ってくるんでしょう?」
メグちゃんは頷いた。
「しばらく会ってなかったから……久しぶりに、顔を見たい。
小父さん達……お酒、飲み過ぎてなきゃいいけど」
あの人達のことだから。
メグちゃんを心配し過ぎてソワソワしてるとは思うけど。
お酒に逃げてるって事は、無いと思うわ――多分、ね。
一台、近衛の車が待ってくれている。
私達を乗せて、トッド侯爵や共和国の人達の所に連れて行ってくれるために。
私達は車に乗り込んで、地下通路を進んでいった。
一区切りついたことで、メグちゃんは疲れて……車のなかで、すやすや眠っていた。
お疲れ様。
よく、頑張ったわね、メグちゃん。
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