20-19 地下広場の決闘(1)――揺らぐ強者の矜持、完膚なきまでの敗北
リオン(=マクベス大佐)視点
俺を物理的に倒せないとみて、躯体のバッテリー切れを狙って逃げていたんだろう。
だが、俺のこの身体――人工の手足は俺自身が動かしている。
バッテリーはあくまでパワーの補助でしかない。
切れたところで、人間以上の動きは出来るのだ。
逆に、あのアンドロイドの方がバッテリー頼りのはずだ。
嬢ちゃんを抱えて俺の走りと同等のスピードを出せるのは驚いたが、仮に見た目以上にバッテリーを積んでいたとしても、いつかは切れる。
つまり、いつかは追いつくという事だ。
嬢ちゃんを抱えたアンドロイドが進んでいく通路の先が、暗くなっている。
あれは、明かりが点いていないのか。
俺は懐から、暗視用の音波探知ヘルメットを取り出して被る。
光量増幅型だと、明るい光を照らされたら目がやられるからな。
嬢ちゃんを追って、明かりの無い空間に飛び込む。
音波探知でも壁が見えないので、ここは結構広い空間のようだ。
アンドロイドが真っ直ぐ奥へ逃げている姿は捉えられている。
追っていくと、何かの物体が間に割り込んできた。
大柄の人間のようだが、生身の人間なら跳ね飛ばすのは容易い。
飛び込んできた奴が悪いのだ。
俺は構わず突っ込む。
ダァァァン!
ぶつかった瞬間、なぜか凄い音がした。
気がつけば――背中に何か感触を覚えた。
これは……床、なのか?
ちょっと待て。何故俺が、天井を見る羽目になっている。
俺は……この俺が、ただの人間ごときに倒されたとでもいうのか!?
一体何者が、俺をこんな目に遭わせやがった!
バン、と音がして、この空間に明かりが灯る。
俺はヘルメットを取り、起き上がって周りを見渡す。
見ると少し離れたところに、一人の若い女が立っていた。
背は普通より高い、すらっとした立ち姿のその女は、平服で、武器らしいものは何も持っていない。
その奥に、この広間の出口らしき通路が見える。
「お前は……どこかで見覚えがあるような、気がするが?」
「……ユーダイモニア、エインズフェロー邸の地下シェルターの前でしたね」
――思い出した。
「3区の会事務局長の女の、護衛の一人か」
あの時は……この女は防護服を着ていた。
それにもう少しガタイが良かった気がする。
なのに今は平服で、しかも丸腰だ。
「……そこをどけ。丸腰の女を殴り殺す趣味は無い」
だが、女は動かない。
「メグちゃんを死なせる訳にはいかないわ。
この先に行かせはしない」
女は気負いもなく、静かに告げた。
……さっきのは、多分、俺が何かにつまずいただけだろう。
女に時間をかけて、あの嬢ちゃんを逃がすわけにはいかない。
高速でジャブを突き出す。
当たりはしないが、風圧で吹き飛ぶはずだ。
だが、女は目線をこちらに向けたまま、吹き飛ぶどころか揺らぎもしなかった。
その目線には、恐怖の色もない。
「次は当てるぞ。死にたくなかったら、どけ」
そう脅すも、目線は変わらない。
時間をかけたくはない。
次は当てる積りで、またジャブを打つ。
当ててすぐ手を引っ込めるつもりが、拳を振りぬいてしまった。
直ぐ拳を戻す……拳には何も感触が無かった。
だが、女は変わらず、そこに――拳を振り抜いた軌道の上に立っていた。
……何が、起きたのだ?
確かめる為に、今度は振りぬくつもりでまた左でジャブを打つ。
だが女に拳が当たると思った瞬間、女の姿がかき消えた。
……いや、違う。左側に躱していた。
伸ばした俺の腕で、見えにくくなっていただけだ。
まさか……今の俺の攻撃が見えていたのか?
そう言えば女を攫った時も……この女は俺の攻撃を両腕で防ごうとしていた。
認めたくは無いが――この俺の攻撃が、見えているとみていいだろう。
躯体のバッテリーもONにする。
更にスピードを上げて、何度もパンチを繰り出す。
しかし、やはり当たる直前で、この女はスッと身体を躱す。
今度は、ローキック。
脚に積んだバッテリーの出力は腕のものより高い。今度こそやれる!
だが直前で、女の身体が搔き消えた。
……と思ったら、女の身体は俺の出した脚をすり抜けて、膝裏側にある。
出した脚を無理やり止め、逆回しに女の身体を踵で狙う。
だが、またしても当たる直前で女の姿が消える!
女のいた場所を俺の脚が通り過ぎた後、同じ場所に女が立っていた。
どういうことだ!?
常人より遥かに高い俺の動体視力でも、女の動きがまるで追えない。
「一体、どんなトリックを使ってやがる」
女の気配は、確かにそこにある。
映像トリックや錯覚の類ではない。
決して、そこにいない幻を追っているなんてことはない筈だ。
「そんな玩具を振り回しているだけの貴方には……一生、分からないでしょうね」
「なんだと!?」
確かめる為に、足元に転がっていた石を女の方へ蹴り飛ばす。
常人では避けられない速度で飛ぶ石は……女をすり抜けて後ろへ飛んでいく。
いや……そうじゃない。
当たる直前、一瞬だけ女の姿が消えた。
恐らくあの一瞬だけ身体を動かして、石を躱したのだ。
何か部屋に仕掛けがあるようにも思えない。
俺の直感は、あくまで女自身の能力によるものだと告げていた。
こいつは……強敵だ。
「舐めたことを言って悪かったな。本気でやらせてもらう。
生身の奴に本気を出すのは、初めてだ。
……名を、聞いておこう」
昔、この身体を手に入れた時……戦闘アンドロイドと訓練していた時の事を思い出しながら。
初めて生身の人間相手に……構えを取った。
「……マルヴィラ・カートソン」
女は泰然とそこに立ったまま、名を告げた。
「俺はリオン・マクベスだ。冥途の土産に覚えておけ」
名を告げながら、足元に転がっていた小さな石を、女の腰辺りを狙って足の指で弾いて飛ばす。
そして、女が逃げるだろう方向――俺が左腕を前にしているから、左に逃げると予想して――今の女の立ち位置の左にジャブを打つ。
女は石を避けず……当たる直前で姿が消える。
左拳にも感触は無い。だが反対に逃げても無駄だ!
右に逃げた場合の保険として、既に右から回し蹴りを繰り出している。
しかし次の瞬間、俺は右へ倒れていた。
回し蹴りをした右脚が、勢いが強すぎて振り回された……いや、脚を裏側から蹴られて、勢いを加速されたのか。
人工の右脚と俺の身体との、接合部分が痛む。
義腕も義脚も特別製だが、生身の俺の身体との接合部はどうしても弱い。
こうして振り回す攻撃が外れると、その力が継ぎ目にかかってしまう。
だが女に隙を見せてはいけない!
すぐさま立ち上がる。
だが、女は同じ場所で構えを取ったままだ。
舐めやがって。
「そんなやり方で、俺が倒せるのか?」
「私はただ、あの子を守るためにここに居るわ」
時間稼ぎのつもりか!?
「ああ、そうかい!」
いくら良い目を持っていても、間合いが近づけば対処できる時間は減る。
接近して膝蹴りを繰り出す。
女に当たると思った瞬間。
ひっくり返されたのか、俺は膝蹴りの姿勢のまま、背中を床に打ち付けられていた。
何故だ!
目の前にいる女に、膝蹴りしようとした脚を伸ばして、そのまま踵を落とす。
だがこれは躱される。
脚を振り下ろした勢いで起き上がり、立ち上がってパンチを繰り出す。
だが、またしても当たる寸前で女が消える。
振り抜いた拳が、更にその方向に引っ張られる感触があったかと思うと。
バキッ!
鈍い音と共に、パンチを出したはずの俺の腕に痛みが走る。
「ぐぅっ!」
な、なにが起きた!?
左腕を見ると……義腕が、無い。
俺の本来の身体との接合部近くから折れている。
女は、折れた俺の義腕を持っていて。
それを、後ろに投げ捨てた。
ガシャンと音を立てて、離れた場所に転がっていく。
「何を……しやがった」
何が起きているかわからず、思わず口から零れた。
「貴方が振り回している、身に過ぎた玩具を……取り上げただけよ」
マルヴィラという、その女は……淡々とそう告げた。
その言葉に――背筋が、ぞわっとした。
昔、戦闘アンドロイドと訓練をした時でさえ。
こんな感覚は、味わったことが無い。
何なんだ、この、感覚は。
俺は、この女に対して……何を感じているんだ。
――きっと、気のせいだ。そうに違いない。
気を取り直して、マルヴィラに向かっていく。
蹴りと見せかけて前に踏み出し、床を踏んだ足から身体を引き寄せる。
引き寄せながら、女を捕まえようと右手を伸ばし、同時に反対の脚で膝蹴りを繰り出す。
だが、またしても……伸ばした右手の先から、マルヴィラの姿が掻き消える。
それどころか、伸ばした方向に腕が、何故か後ろから押される。
つんのめるようにバランスを崩した俺の腕の下に、マルヴィラの姿があった。
いつの間に!?
驚く間もなく、女は伸ばした俺の手首を掴んで、伸ばした方向に更に引っ張って。
反対の腕を俺の腕と身体の接合部に当てて。
そして勢いよく俺の腕を身体に巻き込み、俺の脚を跳ね上げて。
俺は、女に投げ飛ばされた。
「ぐはっ!」
背中を強かに床に打ち付けられる。
そして今度は、右腕が痛む。
右の義腕が接合部だけを残して、根元から折れている。
またしても……。
確かに接合部はどうしても弱いが……まさかその脆弱さを見抜いて。
伸びきった所に横から力を加えて、へし折ったのか!?
脚を振り上げ、戻す勢いで跳ね起きる。
マルヴィラは俺の右義腕を、また後ろに放り投げた所だった。
背中で感じる、ぞくぞくした感触が治まらない。
くそっ、こうなったら……!
俺は女に突進した。
そして、目の前でジャンプする。
さっさと、こうすりゃ良かった。
女を放っておいて、嬢ちゃんを追いかけて始末してやる。
だが着地の寸前で、足が払われる。
身体が一回転し、受け身の取れない俺は顔面と胸を床に打ち付けられる。
防護服のおかげで胸骨こそ折れていなさそうだが、それでも胸を強く打って呼吸が出来ず苦しい。
その間に、右脚の付け根が踏まれ。
ベキッ!
先ほど、全力の回し蹴りを躱された時に付け根が損傷していたのか、あっさりと右義足が付け根から折られる。
そして今度は左脚の付け根を踏まれながら、義足の足首からグイっと強く捻られる。
折られるのではなく、今度は義足がくるくると回され、根元から外された。
外し方まで、見抜かれたのか……。
段々と、呼吸ができるくらいに戻ってきたが。
四肢の義腕義足が全て取り払われてしまい、もう戦う事はできない。
ぐるっと寝返りをうって上向きになった。
「……殺せ」
女――マルヴィラに告げるが、彼女は首を横に振った。
「言ったでしょう。私は、あの子を守るために来たの。
貴方の息の根を止めるためじゃないわ」
彼女は、そう言った。
そこには、必死さも憎しみもなく。
ただ泰然とした姿が、そこにあった。
「何故……俺は、負けたんだ」
俺は、ぽつりと零した。
「貴方はただ、身に過ぎた玩具を手にして有頂天になっていただけ。
相手の力量を推し量る感覚。
危機感や、恐怖……そういう”身を護るための感情”を、使いこなせていなかった」
……そうか。
先ほど俺が、この女――マルヴィラの言葉に、背筋がぞくりとした、あの感覚。
あれが――恐怖、か。
女の実力に、俺が恐怖を抱いたのか。
「俺をこんな風にして……どうするつもりだ」
マルヴィラは、俺の質問には答えず。
顔を別の方向――俺がやって来た通路側を見やる。
「貴方に用がある方々が、もう少しで、こちらに着く頃でしょう」
通路の奥から、何か……車が走ってくるような音がする。
「……リオンさん」
声を掛けられ、その方向に顔を向けると。
アンドロイドに抱えられた、嬢ちゃんが居た。
「なんだ。手足の無い無様な俺を、笑いに来たか」
俺の言葉に、嬢ちゃんは首を振った。
「この手足は、事故で?」
嬢ちゃんの表情には、哀れみや同情はなく。
ただ疑問に思っただけのようだった。
「いや。生まれつき無かったらしい」
俺の答えに、嬢ちゃんは顔を伏せた。
「そんな状態から、生きる努力を必死にしたんでしょう。
そんな人を、私は笑わないわ」
この嬢ちゃんも……捨てられたコロニーで生まれて、必死で生きて来たんだったな。
「私とリオンさん、どこか似てる気がしてたの。
きっと、そう言うところだったのね」
言われてみれば、この嬢ちゃんにはどこか……親近感のようなものを、覚えていた。
だから――裏切られたと思って、腹が立った。
「出会い方が違えば、もっと良い関係になれたかもしれない」
嬢ちゃんのその言葉に……俺は一瞬、言葉が詰まった。
だが。
「それはどうかな。俺は生まれてすぐ、親に捨てられたらしいからな。
手足の無い孤児の子供には、生きづらい世の中だった。
……違う出会い方なんて、無かっただろうな」
過去のどんな選択を振り返っても……後悔は、無い。
どう思い返しても、今と違う生き方など、選ばなかっただろう。
嬢ちゃんのいう”違う出会い方”など、思い描けなかった。
そこに、通路から何台も車がやってくる。
俺達から少し離れた所で車は停まり、何人もの男が降りてくる。
その中には、見覚えのある顔もある。
「ビゲン大佐じゃねえか」
クーロイに進駐した第七突撃部隊に帯同していた時。
第四皇子の警護についていた近衛隊を率いていた男だった。
「マクベス大佐か。クーロイで……いや、エインズフェロー邸以来だな」
「……あの時、近衛の連中の顔は余り見てなかった。
お前もその中にいたのか。
今度は、俺がやられてしまったな」
ビゲン大佐は、ふっと笑った。
「運が良かったのだろう。
ひとつ間違えたら、こうは成らなかったかもしれない」
……負けた。
だがもう、悔しさも残っていない。
もう、俺には何もない。
「あいつらは、どうなった」
「全員捕らえた。船も接収させてもらった。
お前もこれから、このまま近衛本部へ連行する」
そうか。
あいつらも……負けたのか。
「……敗者は、勝者に従うまでだ。抵抗はしない」
俺は、近衛の連中に抱えられ、車の座席に拘束された。
そしてそのまま、俺を乗せた車は……地下通路の中へ戻っていった。
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