チャプター9 挟撃
街道を、街道を疾走する。衝動に突き動かされ、視界を怒りで真っ赤に染めながら、がむしゃらに走る。敵を、あたしを地獄に突き落とした元凶を一人でも多く殺してやるために。
道中異常に大きなオオカミや魔族どもの死体が転がっており、さっき殺してやった魔族に聞いた「勇者たち」の動向から、まだここいらに勇者どもが来ることはないので、これをやったのは十中八九前に会ったあの銀騎士の仕業だろう。
銀騎士。初めて会った時のことはすぐに思い出せる。会ったといってもほんの数秒間見つめ合っただけだ。だのにあいつの姿はとても強く印象に残った。全身銀のロボットみたいな外見で、それなのに冷たい感じはしなくて、暖かくてなんとなく優しい雰囲気が漂っていた。
もしあの時逃げずに話を聞いていたら、どうなっていたのだろうか?一緒になって戦ってくれただろうか?仲間になってくれたのだろうか?なったとして、何をされるだろうか…?
そこまで考えて、頭を振ってその考えを追い出した。
そんなの決まってる。甘い言葉でたぶらかして、またあたしをだまして敵地に爆弾つけて放り出すのだ。何も知らないまま信じた結果どうなったか、忘れるつもりは毛頭ない。
さらに先に行ったところで、今度は見事に破壊された木造の建築物があった。
きっと銀騎士をを阻むために建てられたであろうそれはど真ん中からぶち抜かれていて、それを行ったであろう信じられないほどでかいクマの死体がぐったりと横たわっていた。クマの死体と破壊された建築物に気を取られて気が付かなかったけど、改めてみると周りにはたくさんの魔族の死体があった。
あたしはいったん止まって、むごたらしく殺された馬鹿でかいクマの死体と、無数の魔族どもの死体を見まわした。
それを見て少しだけ胸のすく思いがした。けどもそれだけだ。どれだけ魔族の死体を見たところで、どれだけ魔族を殺したとことで、死んでいったクラスメイトが蘇るわけじゃない。
そう考えると余計に胸の怒りが膨れ上がった。
さらに大きくなった怒りのままにあたしは疾走を再開した。すぐに目当ての町は見えはじめた。
町が視界に入ったときにはあたしはスキルを発動していた。この世界に無理やり召喚されたときに発現した忌々しい力。大いなる力なんて言われたくせに友達一人守れなかった力。それでもあたしの力だ。遠慮なく使わせてもらおう。
あたしの服がミシミシと音を立てて変化を開始する。旅をするために動きやすさを優先したおしゃれとは程遠い上着がフード付きの黒いコートへ、同じようにズボンが黒いホットパンツに変化した。
これがあたしの力、スキル防具生成だ。そのスキルを使って仮面を生成し顔につける。最後にフードをかぶれば完成だ。
ここからのあたしは「あたし」じゃなくて「エレメントウェポン」だ。名前を切り替えることで気持ちも切り替えられるから、あたしはそうしている。
町を守るために作られた大きな門は今しがた見た建築物と同じように破壊されていた。その周りにやはりたくさんの魔族の死体があった。
破壊された門をくぐり抜けたのと同時に右手に氷の剣を作り出した。あたしに発現したスキル武器生成と全属性魔法の組み合わせで作った特製の属性剣だ。
突然現れたあたしを指さして何事かわめいている魔族兵にあらん限りの怒りを込めて突き立てる。魔族はあっという間に全身を凍らせて引き抜いたのと同時に砕け散った。
気配がしてあたりを見回すと魔族たちがあたしを取り囲んでいた。その中の一人が武器を持って突っ込んできた。あたしは怒りの赴くままに真っ向からそいつを叩き切った。
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背後からの殺気が膨れ上がったのを感じたシルバーナイトは瞬時にしゃがみ込み、首を狙った回し蹴りを回避した。間髪入れずにラインがシルバーナイトに向けてブラックバレットを放ってきた。
凡百の魔族兵とは比較にならない威力のブラックバレット。当たれば大きく吹き飛ばされ致命的な隙を生むことであろうそれを側転で回避したシルバーナイトにレットがすかさず殴りかかってきた。
レットのパンチを身をひねって回避するとシルバーナイトはひねった体を戻すのと同時にレットの顔面に向けて右ストレートを繰り出した。
「うぶっ!」
右ストレートを食らったレットは吹っ飛んで地べたを転がり、吹き飛んだレットに向けて追撃するためシルバーナイトは走り出した。
「させるか!」
シルバーナイトをレットに向かわせるのを阻むためラインはシルバーナイトに向けてブラックマシンガンを乱射した。
シルバーナイトはレットへの追撃を断念し、ブラックマシンガンを回避しながらラインにターゲットを変え向かっていった。
闇の弾雨を掻い潜りながら拳の届く範囲まで接近したシルバーナイトは、駆けている勢いのままラインに向けてジャンプパンチを繰り出した。
シルバーナイトのジャンプパンチをサイドステップで回避したラインはブラックマシンガンを乱射したまま接近したシルバーナイトから距離を取ろうとするが、シルバーナイトは素早く動いて退路を塞ぎ、決してラインとの距離を離さない。
「ええい貴様!」
「豆鉄砲を撃つしか能のない屑め。接近されれば離れることしかできないか」
「調子に乗るなよガキが!」
シルバーナイトの挑発で怒ったラインは距離をとることをやめ、拳を握って殴りかかってきた。ラインの怒りに任せたパンチをシルバーナイトは手を添えて逸らし、無防備な胸にワンツーパンチを叩き込んだ。
「ぐおっ!」
怯んだラインの顔面にシルバーナイトはコークスクリューブローを叩き込んだ。キリモミ回転して吹き飛ぶラインに、しかしシルバーナイトは追撃をせず、背後に向けて裏拳を繰り出した。
背後から奇襲を仕掛けようとしたレットは奇襲をあきらめてその裏拳を腕を掲げてガードした。
シルバーナイトは手刀でレットの喉を突こうとした。レットはシルバーナイトの手刀にパンチを当てて逸らした。シルバーナイトの腕は大きく弾かれた。ただ攻撃をそらすためのパンチでこれほどとは!
「ぐぬっ!」
「調子乗んじゃねえええええええ!」
体勢を崩したシルバーナイトに向け、レットは肘から炎を噴き出して爆発的に加速させた左ストレートを繰り出した。炎だと!?
「ぐおおっ!」
レットの強烈なパンチを何とかガードしたシルバーナイトは軋む腕の痛みを堪えながらもう一度同じ攻撃をしようとしていたレットへ咄嗟に頭突きを繰り出した。
怯んだレットにシルバーナイトはローキックを繰り出した。足を破壊して機動力を奪い連携を崩させるためだ。それを察したラインがレットがいるにもかかわらずシルバーナイトにブラックグレネイドを3連射発射した。
シルバーナイトとレットはバックステップで飛び離れてそれを回避。二人がいた個所にブラックグレネイドが炸裂して爆発した。
仕切り直しだ。
最初に対峙した時と同じようにシルバーナイトは前後を挟まれた状態でにらみ合った。睨み合いながら、シルバーナイトは黙考した。敵にダメージを与えはしたが、この調子でいけば先に体力が尽きるのはこっちの方だ。そう考えたところでレットが沈黙を破って叫んだ。
「クソ!こいつ強いぞ!おいライン!」
「言われなくともわかっている!出し惜しみしていれば、我々とて危ういやもしれん!」
二人の魔族はシルバーナイト越しに頷き合うと、両の手に魔力を送り込んだ。
そのことに気が付いたシルバーナイトは何が何でもその企みを阻止させるために前方のラインに向けて飛び蹴りを放った。
ラインは落ち着いて上体をそらして飛び蹴りをかわし、燃え盛る掌底を繰り出した。
「何!?」
シルバーナイトは燃える掌底を回避したがその熱で鎧が熱され、結果的にダメージを負ってしまった。
「熱っ!!」
熱に怯んだシルバーナイトに向け、レットはブースターのように炎を噴出させて凄まじいスピードで空中回し蹴りを放った。これにも炎が纏ってあり、威力が先ほどより跳ね上がっていた。
ガードは悪手と判断したシルバーナイトは危うく回し蹴りを回避し、アッパーカットを繰り出した。レットは空中を自在に動きアッパーをかわし、後ろに引き下がった。追いすがろうとするシルバーナイトは横から熱を感じとっさにその場から飛んだ。
彼が飛んだ一瞬後にファイヤーボールが着弾し、ブラックグレネイドの時以上の爆発が起こった。
「ぐわっ!」
爆発の衝撃に吹っ飛ばされたシルバーナイトは素早く身を起こして立ち上がって、二人を見た。目に入ったのはラインとレットが膨大な魔力を溜め、こちらに向け手を突き出している光景だった。
「なっ!?」
「くらえシルバーナイト!」
「我ら必殺のインフェルノフレイム!」
思わず固まってしまったシルバーナイトに向け、レットは闇の波動を、ラインは紅蓮の炎を放った。
≪健斗よけろ!あれはまずいぞ!≫
言われるまでもなくシルバーナイトは走って恐るべき闇炎を回避しようとしたがあまりにも広い攻撃範囲が広く、避け続けられるものではない。避けることをあきらめたシルバーナイトは両腕を頭上でクロスさせてガードした。
「ぐあああああああ!」
途端に襲い掛かるすさまじい熱と闇の衝撃により全身を激痛に襲われ、視界が真っ白に瞬いた。
遠のきそうな意識を、使命感と湧き上がる怒りでどうにか押しとどめ、悲鳴を漏らそうとする口を無理やり閉じて歯を食いしばって激痛に耐えた。そして考えた。この状況を打開する策を。
「ふははははどうでい!必殺のインフェルノフレイム!一人で放つんじゃなく分担して放つこいつの威力は竜のブレスに匹敵する!」
「我々をただの支部長と一緒にするなよ!幹部のいる国の前にある町を任されているのだぞ!それ相応の実力を持つ我らに牙をむくとこうなるのだ!」
「わかったらおっ死ねやぁ!」
「…ッ!」
「お前がここを脱したところで満身創痍だろう!そんな状態で我らにかなうかぁ?人間など、しょせんは家畜のようなもの!どれだけ群れたところで魔族には敵いはせん!」
「お前だけで人間どもを救えるとか本気で思ってんのか?無理無理!やめときなって!あっそうだ。こいつが倒れたらこいつの目の前にぃ、人間置いて、そこに油ぶっかけた人間ども燃やすってのどうすか?」
「いい案だ。だがその話は後だ。今はこいつをこのまま焼き尽くしてやろう!」
シルバーナイトは激痛に苛まれながら、だが彼の脳は苦痛のことなど頭から吹き飛んでいた。あるのは怒り。強い怒りだ。
人を人とは思わないその言動。家畜だと?ふざけるな!たった今の言動だけで健斗は二人がどんな風に人々を扱ってきたか理解した。故に彼は諦めなかった。
鉄槌を。奴らに死の鉄槌をくれてやろう!それが無念のうちに死んでいった人々へのせめてもの手向けとなることを願って。
≪健斗!≫
「これで終わりだ!」
「死ねえ!」
≪健斗あきらめないで!反応が!彼女の反応が!≫
ラインとレットがインフェルノフレイムの威力を上げようとしていたその時、彼らのすぐ近くで爆発が起こった。
「ああ!何だぁ!?」
「何!?」
ラインとレットは思わず振り返り爆発が起きた方に反応してしまい、インフェルノフレイムを撃つ手が緩んでしまった。
その好機を逃すシルバーナイトではない。彼は一気に闇炎を脱し、ラインに向けて渾身のパンチを繰り出した。
「し、しま!」
「おおおおおおおおおお!」
シルバーナイトの渾身の一撃は反応の遅れたラインの頭を過たず射抜き、スイカのように破裂させた。
「兄貴!」
ラインが殺されて隙をさらしたレットに向けてシルバーナイトは掌底を繰り出した。
「うっ!」
胸を押さえて後ずさるレットの顔面に肘打ちを叩き込み、破れかぶれで打ち出されたパンチをつかんで受け止め、その腕の付け根から手刀で切り飛ばした。
「ぎゃあああああ!腕がああああ!」
「だまれ」
痛みで叫ぶレットを黙らせようと蹴り飛ばしたが、レットはのたうち回ってなおも叫んだ。
「畜生畜生!てめぇ!ラインを殺しやがったな!」
「今までさんざん無辜な人々を殺しておいて何だその言い草は。自業自得だ。虫けらのように死んでしまえ」
シルバーナイトは呪いの言葉を吐きまくるレットの顔を殴りつけ、それから頭を踏み砕くために足を掲げた。
「畜生!いやだ!死にたくねぇ!死にたくねぇよ!」
「これで終わりだ」
彼がレットの頭を踏み砕こうと足を振り下ろそうとしたその時。
「おやおや。これはこれは。なんとも凄惨な有様で」
彼の真後ろから声がして、尋常じゃないほどの冷や汗があふれ出た。シルバーナイトはレットの殺害をやめてバッと背後を振り向いた。
≪健斗ぉ!そいつは!!≫
振り向いた先には一人の長身の男が立っていた。
「どうも始めまして」
男は場に似つかわしくないほど落ち着いた声音で、自らの名を告げた。
「私はマスターフレイム。獄炎のフィーアと申します」




