チャプター8
健斗は目の前でうなり声をあげて突っ込んでくる獣に強いデジャブを覚えた。同時に体に残っている傷跡からの鈍い痛みも。そのせいでアドレナリンが過剰分泌でもされたのか、彼の世界は鈍化し、まるで水中の中にいるかのように遅くなる。
半年前に戦った恐るべき魔獣。4メートル以上の巨体を持ち、その巨体に見合ったすさまじいパワー。魔獣特有のおかしな目つきに加え第三の目を狂ったようにぎょろつかせていたあの怪物。
時折焦点を取り戻して見つめてくる第三の目に射すくめられた時のおぞましい感覚。第三の目と視線が合ってしまった時の身の震えるような恐ろしさは今でも鮮明に思い出すことができる。
戦った際にできた傷痕はジェシカの回復魔法や特性の軟膏でも消しきれずいくらか体に残っており、残ってしまった傷跡を見るたびに化け物熊の姿が脳裏に浮かび上がるのだ。
肉体だけではなく夢にまで出てきて彼を苦しめる魔獣。化け物熊。過去の幻影と現在の情景が重なり合う。
体長は過去と同じ4メートルほど。相も変わらずその目はどこか狂気じみて濁っており、第三の目も明後日のほうを向いていた。
状況こそ異なるが、過去の戦いと同じように一対一の構図だった。
だがあの時と決定的に違うことがある。それは互いに過去より格段に強くなっていること。さらに加えれば前と違ってこんな程度の敵に足止めを食らっていられるほど時間の余裕がないということだ。
健斗はゆっくりとした動きで身を引いた。その瞬間、健斗の主観時間が戻り、彼が今いた場所に化け物熊が飛び込んできた。
「ギャアアアアアア!」
素早く体勢を立て直した化け物熊は二本足で立ち上がり、両腕を広げて威嚇しながら叫んだ。
健斗は両腕を広げて威嚇する化け物熊を通して過去の化け物熊との戦いのことを思い出していた。
あの時は手も足も出なかった。パワーもスピードもまるで手におえず、土壇場の思い付きでかろうじて勝利を掴めたに過ぎない。
その時の自分の力のなさを、俺は生涯忘れない。
だがそれも過去の話だ。
健斗は燃えるような視線で眼前の敵をにらんだ。
あの時はまだ戦いを知らなかったガキだった。覚悟も何もない甘ちゃんだったが、今は違う。あの日から訓練を死に物狂いでやるようになった。あの日から戦いの経験も積んだ。お前以上に恐ろしい怪物とも戦った。
だからわかるな?もうお前は俺にとって大した障害じゃないってことさ。
健斗は駆け出した。眼前の敵を打ち倒すために。過去の敗北を打ち破るために。
化け物熊が頭部をかみちぎろうと開けた大口の下あごを殴り上げ、無防備になった土手っ腹に肘打ちを叩き込んだ。
「オッ…ゴ…!」
腹を抑えて一歩二歩と後ずさる化け物熊に健斗は間髪入れずに殴りかかる。苦しみのためか一方的に殴られたことへの怒りか息が荒い鼻っ柱に右ストレートを叩き込み、のけぞった体を両足で蹴っ飛ばした。
どうにか踏ん張って転倒することだけは避けた化け物熊は結果的に大きな隙をさらすはめになり、健斗はさらにラッシュをかけた。
容赦ないラッシュの中、化け物熊の苦し紛れの爪振り下ろし攻撃を健斗はスライディングでくぐり抜け、そのまま無防備な足に向けてカニばさみで挟み込んだ。
「グラッ!?」
足に組み付いた健斗を化け物熊が振り払うよりも早く、彼は組み付いた足に力を籠め、折った。
「ギャアアアアアア!?」
満身創痍で巨体を支えるための足すら失った化け物熊はあおむけに倒れた。手足をじたばたさせて起き上がろうともがく体にまたがり、健斗はさらに顔面を数打殴りつけた。その際に第三の目がパンッと音を立てて破裂して彼の体に付着した。
びくびくと痙攣する化け物熊にとどめを刺すために健斗は右腕を振り上げ、確実に絶命させるための一撃を放つために限界まで腕を引いた。力を込められた右腕はまるで引き絞られた矢のようにぎちぎちと音を立てた。
「これで、終わりだ!」
そして健斗は右拳を化け物熊の顔面にたたきつけた。化け物熊の頭蓋は破壊され、脳漿があたりに飛び散った。化け物熊はびくっと体を震わせたのを最後にピクリとも動かなくなった。
敵が確実に絶命したこと確認した彼は、立ち上がって駆けだした。破壊された「関所」にあいた大穴を通り、街道を疾走した。
もはや道中で彼を阻むものはなく、健斗は問題なくロサンカの入口へとたどり着いた。
ロサンカの入り口の門は固く閉ざされており、通信で知らせを受けたのか門前には何十人もの魔族兵が待ち構えていた。
健斗は眼前の光景を見ても全く物おじせず、少しも速度を緩めることなく駆けた。
「来たぞおおお!撃てぇい!」
その声を合図に魔族兵たちはいっせいに彼めがけて闇の弾丸を放ってきた。健斗は当たらないようにジグザグに駆けながらグレネード3個を勢いよく魔族の集団に向け投げ放った。
投げ放たれた3個のグレネードは3人の魔族兵の頭を砕き、その周囲にいた魔族兵数名を巻き込んで倒れ伏した。集団に動揺が走り、誰かが罵声を挙げたのと同時に3個のグレネードは爆発した。
閃光と轟音が響き、爆風と焦げた肉片が四散した。さらに今の爆発で門がかなり破損し、あと一押しで破壊できるまでになっていた。
健斗はさらに走るスピードを上げた。そして門までの距離がほぼなくなったところで跳躍。空中で姿勢を整え、恐ろしくスピードが乗った飛び蹴りを門に突き刺した。
飛び蹴りの一撃で門は完全に崩壊し、轟音を立てて崩れ落ちた。
健斗は前転して勢いを散らして町中にいる魔族兵を殺戮するために走り出した。
「なああああああ!?」
町の門を破壊して飛び込んできた健斗にあっけにとられて後ずさる魔族兵の顔面を殴りつけて殺害。彼の背後から大槌を振りかぶってきた魔族兵に肘打ちを叩き込んで殺す。
騒ぎを聞きつけてぞろぞろとやってきた魔族兵の集団にグレネードを投げつけて吹き飛ばし、足元にスモークボールをたたきつけて攪乱し、位置を掴ませないようにして駆けだした。
苦し紛れに槍を突き出してきた魔族兵の首をへし折りながら、町並みを見てみたが、どうやら大きな町であっても人の扱いは変わらないらしい。
どこもかしこもボロボロで、道中で聞いた魔族の会話によるとこの町には大規模な収容所があるらしく、住民はすべてその収容所に押し込まれているらしかった。
「ジェシカ!この町にいる魔族の数はどんくらい?」
≪え~と待ってよ~…ひいふうみい…うへぇ100はいるね…≫
≪健斗!最悪頭さえとってしまえば雑魚どもは蜘蛛の子を散らしたように逃げるだろう!だから!≫
「OK!で頭はどこ!?」
≪高エネルギー反応接近中!二つ!あと少しで接触するからできる限り周囲の敵を減らして!≫
「了解!」
二人まとまっている魔族兵二人の頭を掴んで地面にたたきつけながら健斗は返事をした。
「おらぁ!」
「うわあ!」
近距離からブラックバレットを散弾のように放つブラックショットガンを連射していた魔族兵に仲間の死体を投げつけて態勢を崩させ、その頭を踏み砕いた。
「このお!」
「これでもくらえ!」
魔族兵二人が左右から闇の鞭を投げつけてきて健斗の両腕に巻き付けた。これは闇魔法ダークウィップ。未熟なものは手からしか放出できないが、熟練者がこの魔法を使った暁にはあらゆる角度から生成して縛ることが可能で、そのまま牛引き刑のように引きちぎることができる侮れない魔法であった。
そうでなくとも闇魔法自体が同等である光魔法以外の魔法よりも強力であるため、このダークウィップもかなり耐久力があり脱出は容易ではないのだ。
「ヌウッ!?」
「よし捉えた!」
「お前らヤッチマエー!」
ウィップ魔族兵の周囲に続々と魔族兵が集まってきており、このままでは集中砲火を受けるだろう。
≪健斗!≫
健斗も黙って拘束を受けているような輩ではない。健斗の瞳がうっすらと銀に輝き始めた。
健斗は両腕に力を籠め、思いっきり両腕を内側に引っ張った。
「「うわああああ!」」
ウィップ魔族兵は抵抗むなしく勢いよく宙を舞って、互いに頭をぶつけあって死んだ。術者が死んだことによりダークウィップぱ霧散し、晴れて彼の両腕は自由となった。
「な!?」
あっけにとられた魔族兵に飛び蹴りを食らわせて殺害し、その死体を盾のように掲げて降りしきる弾雨をしのいだ。
しのぎながら彼はグレネードを転がし、魔族兵を吹き飛ばして包囲に穴をあけ、その穴向けて駆けだした。
折ってくる魔族兵を建物を使って振り切り、建物へ上り自分を探している魔族兵の集団の頭上から強襲をかけて殺戮した。
追ってきた魔族兵の最後の一人を殴り殺したところで強力な「気」を二つ感じ取り、そちらに向けて振り向いた。
屋根の上に一人の魔族が姿を現し、彼を見下ろしているのが見えた。
「ようやく支部長様のご登場で」
「貴様…!よくもやってくれたものだな」
怒る支部長の言葉を健斗は涼しい顔で受け流した。
「ふ、フン!何がシルバーナイトか!ここから見る貴様はひどくちっぽけに見えるな!噂ほどのもので無し!」
「小物め。そうやって上からものを言っているだけか?今まで戦った支部長の中でも特に貧弱そうだ。本当に支部長なのか?とてもそうは思えんな」
「なッ!なんだと!」
「自分が本当に支部長であると証明したければ降りて戦え。それすらできないような腰抜けがいるようだが?」
「ぐがあああああ!」
激高した支部長は全身に怒気を張らせながら身体強化と闇纏を施した。
さあ来るぞと身構えた健斗は迎え撃とうとして、唐突に頭に警鐘が鳴り響き電撃的に背後へと振り向き腕を掲げた。
ガンッと腕に衝撃が走った。
「チィ!」
襲撃者は舌打ちをこぼし、さらに打撃を放とうとしたが健斗からの打撃のほうが早い。顔めがけて繰り出した素早いジャブを襲撃者は頭を傾けてかわし、後方へと飛びのいた。
「おいライン!お前がひきつけて俺が殺すはずじゃなかったのかよ!全然引き付けきれてないじゃないか!」
「やかましいぞレット!予想よりも奴の反応が早かったのだ!それに、どのみち我々二人がかりでやればこんなもの大した脅威ではない!」
「へへへ!違いねぇ!」
ラインと呼ばれた支部長魔族は建物から降り立ち、そして油断ならない構えをとった。レットと呼ばれた魔族兵も健斗の背後で同じような構えをとった。
二対一。それも雑魚ではなくどちらももなかなかの強者。たった今の攻防だけで彼は瞬時にそのことを読み取った。
厳しい戦いになりそうだと、健斗は気合を入れなおした。




