チャプター10 幹部
時はしばし遡り、シルバーナイトと支部長二人と戦い始めたところのこと。
「とうとうシルバーナイトがここまで来たか!おいお前ら、人間どもの収容は済んだか!」
「はい!所長!たった今終えたところでございます!」
ここは人間を収容し、ひたすら仕事をさせるために建てられた収容所の所長室だ。その中で、所長と呼ばれた魔族が部下たちに報告を聞いていた。
「くそ!まったく勇者対策だってまだ完全じゃないのにシルバーナイトが来られてはたまったものではない!」
毒づく所長魔族に追い打ちをかけるかのように、扉を音を立てて開けて駆け込んできた魔族兵が悲鳴に近い声色で報告した。
「なんだ!どうした!そんなに慌てて!シルバーナイトならまだ支部長たちと戦っているはずだろう!」
「違います!シルバーナイトのことではありません!エレメントウェポンが現れて仲間を次々と殺しまわっています!」
「何だとおおおお!?」
エレメントウェポン!支部長は座っていた椅子から転げ落ちて驚き、それからシルバーナイトとエレメントウェポンに向けて罵りの言葉を上げまくった。
「なぜだ!?なぜよりによって今エレメントウェポンのやつがここに来るんだ!?まさか!?奴とシルバーナイトが繋がっているとでもいうのか!!!」
所長魔族は顔を覆って嘆いた。エレメントウェポンはここいらの部署に所属している魔族ならだれもが知っている名だった。2年ほど前に突然現れて支魔族を殺しまわっているため、魔族たちからは災害のように恐れられていた。
「所長!ここにいてはいずれシルバーナイトかエレメントウェポンのどちらかが乗り込んでくることでしょう!早々に退避を!」
「ぬあああああああ!」
部下からの言葉に所長は眉間に血管を浮き立たせながら逡巡した。
このまま脱出したとして、後で絶対にそのことを追及されるだろう。最悪所長の地位から転落し、また兵士として勇者やシルバーナイトと戦わされることになるだろう。
「冗談じゃない!俺は人間どものケツを蹴っ飛ばしたいからこの地位に就いたんだぞ!シルバーナイトやエレメントウェポンなんぞのせいで俺のキャリアをぶち壊されてたまるか!かくなる上は!」
所長は勢いよく立ち上がり、それから机の引き出しを開け、魔装陣が書かれたこぶし大の黒い石ころのようなものを取り出した。
「そ、それはマスター直通の通信石!ま、まさか所長!」
「ええい黙れ!」
所長は大声で喚く部下を怒鳴りつけて黙らせ、額ににじむ脂汗を払い、深呼吸した。
これは彼にとっても苦肉の策。それどころか自分のキャリア、最悪自分の命すら危うくなる最後の手段なのだ。ゆえに所長は少しで気持ちを落ち着けようとしているのだ。失言して幹部の機嫌を損なわせれば、命はない。
深呼吸して少しは気分がましになった所長は通信石に魔力を送り込み始めた。送り始めてしばらくすると通信石がブーッブーッと音を立てて震えた。
所長と部下の魔族兵は固唾を飲んで、通信石からの応答を待った。
そしてガチャリという音を立てて通信石は振動をやめ、通信はつながった。
≪ンッン~こちらマスターフレイムです。ドーゾ≫
部下と所長は顔を見合わせ、所長は咳払いをしてその声にこたえた。
「は、はい!こちらロサンカ収容所所長、オレオ・レサンギです!ドーゾ!」
≪んふふ。どうもオレオ君。して、ご用件は何かなオレオ君。私もあまり暇ではなくてね。要件があるならば手短に言いたまえ≫
何が忙しいだこの火狂いめが!どうせ人間どもを火あぶりにして一日つぶしてるだけじゃねぇか!
そう叫びだしたいのを何とかこらえ、言われたとおりに手短にかつ事実だけを述べた。
「ハイ申し上げます!このロサンカにシルバーナイト及びエレメントウェポンが侵入!シルバーナイトはただいま支部長二人と交戦中!エレメントウェポンは兵を殺しながらこちらに、収容所に近づいている模様!イ、以上です!」
≪ふ~む、それはまた大変な≫
大変だと言ってはいるがその声色は全くと言って平常そのもので、それが所長の神経を逆なでした。
「マスターフレイム様!ここが潰されては後はロドニーを阻む部署が無くなってしまいます!どうか救援を!」
所長は爆発しそうな怒りのせいで声を荒げて通信石に向けて怒鳴った。
≪ん~?ふ~む、確かにそこが落とされてしまっては私も後で魔王にどやされてしまうかもなぁ~≫
「なら!」
そこまで言いかけたところで所長は背後を振り向いた。部下は何が何だかわからないといった顔で所長を見ている。
≪何だ突然黙って?どうしたかね?≫
「なっ!そんな!もうこんな近くまで!」
≪ん~?≫
幹部が疑問の声を上げたのと同タイミングで所長室の壁をぶち破って、黒い影が突入してきた。
「え、エレメント!」
所長は襲撃者の名を言おうとして、そして首を跳ね飛ばされて死んだ。
「うわわわわ!」
「死ね!」
後ずさる部下も同様に首を跳ね飛ばし、エレメントウェポンは部屋を検めることなく足早にその場を去っていった。
≪全く、使えん部下どもだ≫
あとに残された通信石から、そんな声が聞こえてきた。
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魔獣の出現で質も量の問題も解決した魔族たちに、いかに自分が無謀な戦いをしているか悟った健斗は、しかしそれでもどうにかなると心の中で思っていた。
協力者になりそうな人物を見つけた。勇者たちもいるから、きっとここからどうにかなると思っていた。
そんな甘い考えを持ってしまった代償は、すぐに支払うこととなる。
「連絡を受けてきてみれば、まったく。支部長が二人。支部長クラスがさらに二人いるにもかかわらずこの有様とは。情けなくないかねレット君」
「ま、マスターフレイム…!」
「なんだと?こいつが…!?」
この目の前にいる男が幹部であると気づくや否や、シルバーナイトは満身創痍の体に鞭打って、勢いよくフィーアの懐へ踏み込んだ。
「おっほ!早いねぇ~」
「オオォ!」
≪やめろ健斗!今そいつを相手に戦うな!≫
≪健斗ダメ!いったん逃げて!≫
仲間からの静止をシルバーナイトは振り切って、踏み込んだ勢いで渾身の正拳突きを放った。
「お~ほっほ元気だなぁ!」
フィーアはシルバーナイトの渾身の正拳突きを真っ向から受け止めた。
「何だと!?」
「なるほど強烈な威力だ。これならば支部長クラスでも後れを取るのもうなづける」
驚愕して固まるシルバーナイトをよそにフィーアはシルバーナイトの拳を掴み、摘み上げた。健斗の身長より一回り以上大きなフィーアの体は、まず間違いなく2メートルを超えていた。観察するように摘み上げたフィーアは、健斗を見てそのように評価を下した。
「この!」
「ほう」
摘み上げられた状態でシルバーナイトは左足でハイキックを放った。フィーアは腕を掲げてガードし、この状況でも攻撃を仕掛けてくるシルバーナイトへ感心したようにつぶやいた。
「まあそれも支部長までの話だがね」
フィーアは掴んでいた腕を放し、その腕で無造作にシルバーナイトを殴りつけた。
「はやっ」
辛うじてガードしたシルバーナイトはすさまじい勢いで吹き飛び、地面にブレーキ痕を残しながらなんとか静止した。
ビリビリとしびれる腕を抑えながら、あまりの衝撃につい膝を折ってしまった。
なんという威力だ!無造作に突き出した腕だけでバフォメットのキックよりも何倍も痛てぇ!
「なかなか反応が早いな」
「!?」
目を離してすらいないのに、まるで魔法のように眼前に立っているフィーアに健斗は驚愕の目を向けた。バカな!早すぎる!
「んふふこれはどうかな」
「がっ!」
これまたフィーアの無造作な蹴りを健斗は両腕をクロスして防いだが、あまりの威力に目を剥いた。仰向けに吹っ飛ばされた健斗はあえぎながらなんとか立ち上がって構えた。
「お~まだ若いのに根性あるねぇ」
霞む視界を何とかこじ開けながら、目の前の敵に集中しようと体に力を入れた。
健斗はアルバートに幹部は支部長すら比較にならない存在だと口酸っぱく言われていたが、それがどれだけのことかよく理解していなかった。百聞は一見に如かずとはよく言ったのもので、見たこともないから支部長以上の実力など想像できなかったのだ。
だが今は違う。今ならばわかる。自分と相手との差が。絶望的なほど開きがあるその差に。
「ははは」
「ぐっ!」
フィーアの右フックを食らい健斗は倒れそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。
楽観視していたつもりはなかった。
「そら」
「うぐっ!」
フィーアの左エルボーが腹に突き刺さり、体をくの字に曲げて腹を抑えた。
油断をしていたつもりはなかった。
「どうしたどうした」
「ぶあっ!」
フィーアは健斗の頭を掴んで膝蹴りを放ち、健斗はぶっ飛んで倒れた。
≪健斗!≫
≪健斗!≫
二人の恩人の悲鳴のような声が聞こえたが、健斗の耳にはもうほとんど聞き取れてはいなかった。
「ぜぇー…はぁー…」
「まだ立つのか。根性があるのはいいが、あまりしつこいのは良くないと思うぞ?」
息を荒げ、満身創痍にもかかわらず構えて応戦しようとする健斗にフィーアはあきれたように肩をすくめた。
魔獣の攻撃でもインフェルノフレイムですら傷一つつかなかったシルバーナイトが、フィーアの打撃により無残に凹まされ、当然中の健斗にも相応のダメージを与えていた。
それでも健斗は立ち上がった。もはや欠片も戦う力が残されていないにもかかわらず立ち上がれたことに健斗は自分でも驚いていた。何がここまで自分を立ち上がらせようとするのだろうかと考えようとしたが、それもフィーアの言葉と打撃によって吹っ飛んだ。
「さぁいい加減倒れたまえ。私は君と違って忙しいんだ」
「うっ!」
煩わしそうに眉をしかめながらフィーアは健斗を殴りつけた。倒れない。
「しつこいな…!」
殴りつける。倒れない。
「いい加減にしろ!この!ガキが!」
魔族は喧嘩っ早いといわれていて、それはフィーアにも当てはまるようだ。声を荒げて健斗を殴りつけるフィーアの顔は先ほどまでの薄ら笑いは無く、激昂によりゆがめられた顔からは醜悪な本性が表に出てきていた。
「ガキがガキがガキが!人間が!人間ごときが!魔族に!いちいち突っかかってくるな!この!下等種族が!」
叫びながら、先ほどとは比べ物にならない威力の打撃が何度も何度も健斗の体を打ちぬいたが、それでも彼は倒れようとしなかった。
こめかみを殴り飛ばされながら健斗は悟った。
今までさんざん自分に言い聞かせていた人々を助けたいという言葉が、とうに限界を迎えた自分の体に倒れることを許さないのだと。
何度殴りつけても倒れようとしない健斗にフィーアは短く舌打ちをして、それから彼は懐から通信石を取り出し、部下に短く命令を下した。
「お前のような人種はとても分かりやすい」
フィーアはそう言って、また薄ら笑いを浮かべた。これからすることが楽しみでたまらないといった顔だ。
「他者のためなら自分はどうなってもいいっていう輩だ。愚かしいことこの上ないな!」
気を抜けば倒れてそのまま意識を失いそうになる体を気力と使命感だけで立たせ、フィーアの浮かべる薄ら笑いに不穏なものを感じた健斗は動こうとして、しかし何もできなかった。
「だから心の折り方もとても簡単だ!フゥーハハハ!楽しみでたまらんよ!」
あらん限りの憤怒と憎悪で睨みつけたがフィーアは涼しい顔で、より嘲笑の色を濃くさせてその視線を受け止めた。
そうこうしているうちにフィーアから命令を受けた魔族兵達がバタバタとこちらへ向かってきた。
「ん、ご苦労」
「はい!マスターフレイム!ご命令通り人間5つ持ってまいりました!」
「な、なにを…」
疑問の声を上げる健斗に、フィーアは極大の嘲笑と蔑みを含んだ返答を返した。
「なぁ~に。ちょっとしたパフォーマンスさ」
魔族兵たちは淡々と健斗の前に5人を並べた。
彼の地獄が始まる。




