チャプター3
「黒コートで両手に属性剣、魔族を相手にしても圧倒できる力の持ち主か…」
アルバートは茶をすすりながらつぶやいた。
「特徴に黒コートいる?」
健斗は漬物をポリポリと噛んだ。
「あむあむ。あれたぶんスキルの武器形成だと思うよ。それと魔法の組み合わせで属性剣の完成だね。それってすごいことだよ!きっとよっぽどねちっこく鍛錬したんだろうね!」
ジェシカはどんぶりの米をスプーンでかきこんだ。
「ねちっこくって、お前なぁ…」
健斗はあきれた顔でもりもりと米をかきこんでいるジェシカを見た。
「それほどの強さを持っていて、しかも無名の人間か。十中八九転移者だろうな。しかも野良の」
「誰かに連れてこられたっていう線は?」
「わからん。何よりどういう目的で動いているのか。それどころか性別すらわからないからないから、今推測したところでどうにもならんな」
「性別ならわかるぞ。あいつは女だ」
アルバートとジェシカの会話に健斗は口をはさんだ。
「何?なぜそう言えるんだい?」
「あいつのオーラっていうのかな。あいつが発する波長?まあよくわかんないけど、波長からあいつは女だってことが読み取れたわけよ」
健斗は得意そうな顔で味噌汁をすすった。その時彼の目に一瞬だけ銀色のパルスが走ったのをアルバートとジェシカは見逃さなかった。
二人は顔を見合わせた。それから健斗を見てアルバートは口を開いた。
「そんなことがわかるのか?」
「そんなことがって、君だってそれくらいできるでしょう?」
「性別以外に分かったことは何かないか?」
「性別以外に?う~ん。あ、そうだ!あの黒コートなんか勇者共と同じような気配がしたな」
「いつからそんな詳細にわかるように?」
「いつからって言われたって…、そうだなぁ、つい最近としか言いようがないなぁ」
健斗は頬に手を当てて思案するようにつぶやいた。
アルバートは腕を組んで虚空に視線をさまよわせ、しばしの間考えるように黙った。ジェシカは父のことを横目で見ながら、焼き魚に頭からかぶりついた。健斗は箸を置いて、黙ってアルバートが口を開くのを待った。
「私は魔力の強弱ならばわかる。後はよほど隠ぺいする力が強くなければ気配くらいならば察知できる」
アルバートは健斗の目をまっすぐに見つめた。
「魔力や気配の質で相手がどれくらい離れているとかどれくらい強いかとかなら大雑把にわかるが、君みたいに魔力や気配から性別を割り出すことはできないんだ」
「うっそだ~。だって俺にできて君にできないことなんてあるわけないじゃないか」
健斗は笑ってアルバートの言葉を否定した。
「嘘なもんか。私は茶化して言っているわけじゃないぞ健斗。本当にそこまで詳細に感じ取れないんだ」
「…マジ?」
「マジのマジ。本当さ」
アルバートは真剣そのものな口調で答えた。それでも健斗は信じられないといった感じでアルバートへ訝しげな視線を向けた。
「信じられないかい?でも確かに君に何か変化が起こりつつあると私たちは確信している」
「変化ぁ?」
「そうだ。変化だ」
アルバートはうなずいた。
「君はつい最近と言っていた。もしかしたらそれは予兆なのかもしれない。これを機に君にもスキルが目覚めるかも?」
「なんですと!?」
健斗は驚愕のあまりつい立ち上がってしまった。
「一年間の訓練で君にはスキルの一つも発現しなかった。だが訓練ではなく実戦を始めた途端、君に変化が起き始めたとしたのならだ」
アルバートは指を振った。
「君は実戦でこそスキル習得できる体質だったと考えられんか?」
「でもアル。君はこの前スキルはこの世界の人間特有のもので、向こうの世界のままの俺ではスキル習得は無理だって言ってたじゃないか」
「それはあくまで憶測でものを言っているに過ぎない。だが確実に言えることは、君に近々大きな変化が訪れるということだ」
そうアルバートは締めくくった。
「あ、そうそう。私からも一つ報告がありまーす!」
と、アルバートの話が終わったタイミングを見計らってジェシカが手を挙げて声を上げた。
「なんだジェシカ?」
「あのねあのね!さっきシルバーナイトを点検したんだけどさ、なんだか前より性能が上がってるのよね。試しに魔力流してたんだけど、魔力、ていうよりエネルギーの伝達効率とかがすごく上がってたの!つまりね!それってお父さんが言ってた変化と絶対関係あると思うんだよね!」
ジェシカは笑みを浮かべて健斗を見た。健斗もジェシカを見た。
「はやく変化が起こるといいね!」
「う~ん…、実感がない」
健斗は興奮する二人とは対照的にどこか冷めた口調でつぶやいた。その理由はもしかしたら一年前からあった、否アースへ来る前からあった自分への落胆や失望が、いまだ彼の中に巣くっていたからかもしれない。だからこそ、彼は自分に力があるかもしれないといわれてもいまいちピンとこないのだろう。
健斗は眉間にしわを寄せて、口をへの字にまげて、まるで自分のことのようにはしゃぐ二人の恩人を他人事のように眺め、焼き魚をかじった。さっきまでは美味しく感じられたそれが、今はまるで味のないガムでも噛んでいるみたいに感じられた。




