序章:英雄譚の続き
かつて冥王を従えた聖剣。
かつて神をも封じた魔剣。
その海辺の国には、神話に語られる二本の剣の伝説が残っていた。
「えーと、あの島の祠には、岩の玉座があって、そこには二本の剣が刺さってるんだ。それで、その玉座には神様が封印されてて、その神様を殺せる勇者が現れた時だけ、二本の剣は抜けるんだけど……、剣が抜けると、神様の封印も解けちゃって、世界は神様に支配されちゃうんだって」
深く頭巾を被った小柄な旅人から、沖合に見える島について尋ねられた騎士見習いの少年は、そう答えて馬の首筋を撫でる。
温かな春の風が吹き抜ける午後のこと。
別に神様が世界を支配するのは悪いことでもないと思うけどね、と少年は呟いた。
「それとも、よっぽど嫌な神様だったのかな?」
なぁ?と馬のつぶらな瞳を覗き込む少年は、それから、と再び旅人の方を見た。
頭巾の旅人は、王城手前の高台、広場であるここから、じっと、海の方角……件の封印の島を見詰めている。
「……すっげぇ大昔に、世界中を支配してた騎士王様が、従えた冥王と、どっからかやって来た悪魔と一緒に、世界を創った神様を封印したんだって」
怪訝な顔をしながら、ひとまずと少年が話を締め括ると。
「……私の国にも、その神話はあるわ」
小柄な旅人が頭巾を取り、そこからは赤い髪の愛らしい少女が現れて、少年は目を見張った。
「神を殺し切る事が出来なかった騎士王と冥王は、仲間であった悪魔を地獄に帰さず、私の国の高い丘に封印したの」
少女はギュッと、手にしていた長い魔法の杖を握り直す。
「とても強い悪魔で、どんな化物だって倒せる悪魔で……騎士王の剣を受け継いだ者が現れたら、封印から目覚めて従うと言われているわ」
「へぇ!よその国にもあるんだな、騎士王伝説って」
少年は目を瞬いて、なぁなぁ、と少女に向けて人懐こい笑顔で首を傾げる。
「アンタ、一人で観光旅行とかしてるの?どこの国から来たんだ?」
「観光なんかじゃない……!」
少女はピシャリと言い放つと、ねぇ、と少年に詰め寄った。
「あの島に渡る船は出ているの!?」
「で、出てるけど……巡礼者用の船が、月に1回」
勢いに押された少年がたじろぐと、少女は眉を寄せる。
「次の船はいつ?」
「今月の船は一昨日出ちゃったから、来月の三日かなぁ?」
「それじゃ遅い!」
少女は吐き捨てると踵を返して歩き出し、少年は慌ててその背を数歩、追い掛けた。
「ま、待てって、あの、急いでんの?」
「そうよ!見てわかんないの!?」
「いや、うん、わかるけど、一応確認ていうか」
「じゃあ確認済んだわね!さよなら!」
「え、あ、あぁ……」
船を用意せねばとブツブツ呟きながら歩き去る少女の背中を、少年は唖然と見送って。
「どした?」
不意に声を掛けられ、ビクリと振り向く。
「兄貴!」
「おー」
宮廷魔導師の兄は、城の図書館から持ち出したらしき本を抱えてヨロヨロと寄って来ると、チラリと遠ざかる少女の背中を見た。
「……西の国の、魔導師の頭巾と杖だな」
「え、そうなの?」
少年も思わず少女が去った辺りを振り向く。
「なんか……少し、感じ悪い奴だった……」
「今、大変だからな、西の国」
兄は気の毒そうに肩を竦め、新聞くらい読めよ、と少年に横目をくれた。
「疫病。流行ってるんだってよ。物凄い魔力を持った化物が、病の呪いを撒き散らしてるそうだ」
「え」
「王室付の騎士団は壊滅状態で、宮廷魔導師達の殆ども病に倒れた。国王陛下や妃様も伏せっているとか」
少年は目をパチパチと瞬いてから、兄の横顔をじっと、見上げる。
「じゃあ、皆、国から逃げて来てるのか?あの子とかも……」
「逃げたところで、農家は田畑が無いと稼げなくて飢え死にだ。酪農家だって、家畜を置いていけない。商人や職人も、おいそれと商売道具や店は捨てられんし。……何より、化物は複数いて、国境を塞いでるそうだ。逃げたくても大半の人は、逃げられないだろうな」
兄は再び肩を竦め、少年をじっと見下ろす。
「あの子は早めに逃げて来れたのかわからんが……。……うん、お前にもあの子にも、疫病の呪いは掛かってない、大丈夫だ」
「あ」
珍しく寄って来て構ってくれるなと思えば、呪いが無いか確認してくれていたのか、と。
少年がパチリと目を丸くする間に、兄はフラフラと再び歩き出していた。
「じゃあな。お前、そろそろ厩舎に戻らねぇと、騎士団長様に怒られるぜ?」
「あ!やば!兄貴、あんがとな!」
叫んで手を振ると、兄は少しだけ笑う。
「やるべき事を見失うなよ、ラルフ」
その声を背に慌てて馬を連れて王城の方へと歩き出した少年は。
けれど、ふと、少女の去った海の方を振り向いた。
「剣を受け継いだ者に従う悪魔……ね。しかも……どんな化物も倒せる、悪魔……」
呟いて、うーん、と馬と顔を見合わせる。
「あの子さ、島に行って何する気だと思う?」
馬は不思議そうに少年を見詰め返します。
春風の吹く高台の端、植えられた街路樹の新芽が揺れて、微かな音を立てる間。
若草色の目をした少年は思案して。
「……俺さ、今晩、祠の監視当番なんだよなぁ」
ぽそりと、再び呟くと、口をへの字に曲げた。
今晩の監視任務は偶然、教育係の騎士が別の任務で、少年と共に一緒に行くのは同期の騎士見習いが一人と、思い出す。
「……あいつ、頭硬ぇけど、事情を話したら協力してくれるよな、根は良い奴だし。……監視船、一人くらい増えても乗れるな?」
馬は変わらず怪訝そうに小首を傾げていたけれど、少年は勝手に馬も同意したものと思う事にして、その背に飛び乗った。
「やるべき事は見失わない!人助け大事!よっし、さっきの子、追っ掛けようっと!」
やがて二振りの剣を携える、若草のような未熟な勇者は、そうして、春風の中、始まりの予感に心躍らせながら駆け出した。




