表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の箱庭  作者: 空野 氷菓
繝輔ぃ繧、繝ォ螟画鋤荳崎?
31/37

縺薙?繝輔ぃ繧、繝ォ縺ッ蜀咲函荳崎?縺ァ縺


 大聖堂の扉が、乱暴に蹴り開かれました。


 「出て来い、ここがお前の家だろう!」


 長椅子の列が奥の祭壇に向かって続く、美しい聖堂でした。


 大樹のように聳える円柱には緻密な彫刻による装飾が施され、その円柱に支えられた円蓋の天井には楽園の風景が描かれています。


 透き通るような青空の中に揺蕩う柔らかな白雲。

 黄金色の髪と翼を持つ天使達。


 青と白と黄金色で描かれたその風景は、神聖さよりも、不思議と胸が痛くなるほどの長閑さ、穏やかさを感じさせます。


 あるいは、祭壇の向こうに広がる色硝子の薔薇窓から降る光こそ、神聖でした。


 極彩色の硝子によって形作られた円形の窓からは、真っ白な光が差しています。


 深紅の天鵞絨が敷かれた薄暗い祭壇に、真っ白な光が落ちているのは、まるでその光の中だけが別の世界、遥か天上の、眩しい神の玉座の形をほんの僅か切り取っているようでした。


 静謐で、長閑で、神聖な。

 神の家に、銃士は踏み込みます。


 「待っていたよ」


 声は、長椅子の列の中程から聞こえました。


 左右二列に別れた長椅子の列の、背後から見て右側。

 列の中程、椅子から立ち上がる人影。


 「やぁ、アリスティド」


 神様が振り向いた瞬間に、聖堂は掻き消えて。


 「殺し合いではなく、交渉をしようか」


 背の高い書棚に、轟々と燃える暖炉。

 磨き込まれた飴色の文机と、花の刺繍が施された柔らかそうな長椅子ソファに安楽椅子。


 居心地の良い、夜の書斎でした。


 「君は既に、永遠の安らぎも、永遠の幸福も自ら拒絶した」


 いつの間にか長椅子に座って、神様は首を傾げます。


 「私は、君が生きたまま次の世界の基礎に埋め込まれてくれれば満足だ。埋め込まれた後には、永遠の安らぎの夢でも、永遠の幸福の夢でも自由に見ていてくれて構わない」


 改めて考えてみてくれないか、と神様はにっこり微笑みます。


 「君は勇者だが、名前も顔も知らない不特定多数のために世界を救う勇者ではない。君にとって大切な存在のためなら世界だって救ってしまう、という性質の勇者のはずだ」


 神と戦ってまで取り戻したいのは、世界ではなく、あくまで世界の一部のはずだろうと、神様は言いました。


 「君の弟妹、婚約者、友人や恩師も、君の夢に織り込む。君は夢の中、そうして永遠に、いつか望んだ幸せの続きを得られる」


 誰も損をしないだろう、とその声は優しく囁くのです。


 「私は新しい別の世界を始めたい。その為には、君が生きたまま私に投降してくれる必要がある。君は古い世界で愛していたものを取り戻したい。……そこで、君が無抵抗で私に投降してくれるなら、私は君に永遠に過去の世界の夢を見せる、これは、利害の一致が出来ているじゃないか?」


 返答は銃声でした。


 乾いた破裂音とほぼ時を同じく、神様の額から赤い血が吹き出して、がたり、とその身体は椅子の上で跳ねます。


 続けて銃声が三度吼えました。


 がたり、がたり、がたり、と椅子が揺れ、身体が跳ねます。


 「……いきなり酷いじゃないか」


 少し間を置いて、神様は恨めしそうに仰向いていた顔を正面に戻します。

 その額には何もなく、飛び散ったはずの赤色も、どこにもありませんでした。


 「人間なら十分に死ぬ威力なのは確認したな?」


 銃士はそう言うと、手にしていた銃を自分の頭にぴたりと当てて、引き金に指を掛けます。


 「……どういう嫌がらせかな?」


 「交渉の席で、自分がやられて一番嫌な事を暴露する方が悪い」


 困った顔で笑う神様に、銃士は淡々と返答しました。


 「……いや、交渉だと、思っていないな、貴様は。所詮は自分が徹底的に有利な立場で、最終的には思い通りの結果に持って行けると確信している。俺を対等な交渉相手だと認識していないから、そんなヘマをする」


 それに、神様はほんの少しだけ目を丸くして、それから、けらけらと愉しそうに笑います。


 「おや、驚いたね、その通りだ!まさか君からそんな指摘があるとは。あの仮面の軍師もそれは……ああ、あの子は、気付いても言わないだけか。彼は、親切にそんなこと教えてくれないだろうね」


 肘掛を軽く叩いた神様は、そうだねぇ、とそのまま肘掛に頬杖を突きました。


 「私の提案の何が気に入らないんだい?」


 「夢と言ったな」


 銃士は引き金に指を掛けたまま、そう言います。


 「夢と。つまり、それは幻で、本物ではないという事だ。……俺の本当の妹弟きょうだいは、花嫁は、恩師は、友人は、どうなる?」


 「新しい世界で再利用するよ。前の世界の魂の殆どはね。もちろん、ちゃんとそちらで幸福にしてあげよう」


 神様はひらりと、頬杖を突く手と逆の手を振って見せました。


 「魂まで腐り切った極悪人とか、あまりにも摩耗し切った魂は、処分するけれど、基本的に魂というのは創るのがそこそこ手間でね。再利用した方が効率の良い部品パーツなんだ」


 「……あの箱庭の勇者達の魂もか?」


 「うーん、彼等はちょっと特殊かな」


 神様は思案するように顎を擦ります。


 「冬の宮の騎士。彼は生きたまま魂までズタズタに獣に食い散らされてしまった。直すとしたら、ズタズタの欠片を回収して、繋ぎ合わるしかないけれど。……それでも、普通の魂だったら痛み苦しみの許容量越えで元に戻らないね。それくらい可哀想な酷い死に方だったよ」


 「直せ」


 端的な要求でした。


 「死ぬ気で直せ。創造主の矜恃があるなら、直してみせろ」


 「……なるほど。交渉再開というわけだ」


 神様は目を細めて、空いている手を振ります。


 途端に、室内にはカタカタと何かを連続して打つ軽い音が響き始めます。

 銃士が視線だけを一瞬振り向けば、文机の上に、いつの間にか見知らぬ機械がありました。


 薄い板を二枚繋げたような機械でした。

 板の一枚からはぼんやりと光が放たれ、何か映像が映っています。

 カタカタと音を立てているのは、もう一枚の板、机に接している方に付いた文字盤で、それが、ひとりでに打たれて音を立てているようです。


 「ただの魂なら元に戻らない。……けれど、あの子は私の最高傑作だ。壊したままも惜しいし、あるいは、あの子ならば、戻る可能性も高いだろう」


 復元を試みてみよう、と神様は頷きます。


 「復元して、新しい世界で再び利用する。……そうだね、オマケとして、今度はあの子を絶対に信じてくれる存在を同時代に配置してあげても良いよ。……それがあの子の味方になるかは保証しないがね」


 「軍師はどうなる?」


 神様の笑顔に、銃士は淡々と別の問いかけを向けます。


 「交渉時は余計な情報は話さない、要求と妥協点のみ話す。……流石に銃士隊の隊長だっただけあるね」


 基礎が出来ている、と神様は溜息を吐いて、椅子の背に寄り掛かり直しました。


 「仮面の軍師は無事に再利用が決まっている。……少し前までここに居たんだ。彼も自分の魂を供物に大魔法を使ったから、そこそこ弱っていたんだけど、ここで私とお喋りして貰いつつ、直で修復作業をした」


 特に手を掛けている魂とは、時折、再生する前に面談カウンセリングをするのだと、神様は肩を竦めます。


 「これでも愛着はあるんだ、君達に。自分の生み出した作品を愛するのは創造主の常だろう。……まぁ同時に、あくまで私は世界を作品としているのであって、君達はその部品だから、全体の完成度のために必要ならば、部品の一つ一つは平気で壊す事も認めはするけれどね」


 神様は足を組みながら言いました。


 「あの軍師は再利用する。もちろん、その主である統一大公も、同じ時代に、だ。あの軍師の魂には大公の記憶が焼き付いていて、無理に初期値に戻せば何が起こるか分からないし、大公がいないとあの天才の首輪が外れて、世界運営への影響が大き過ぎるから、そうする他ない」


 「竜退治は」


 「あの子供は、本来なら一回限りで削除する存在だ。特定の不具合対策の臨時修正剤パッチ見たいなものだからね。……でも」


 肩を竦めて、神様は視線だけを奇妙な機械に移します。


 「再利用しろ言うなら対応しよう。ただし、主人公チート特性は削除できないから、生まれるとして必ず世界の危機に瀕した時代、救世主であることを求められてしまう事になるだろうけれど、いいかな?」


 「世界を救った後に」


 銃士は、神様を睨むように見詰めたまま、低い声で言いました。


 「世界を救った後に、必ず報いを。救世主と求められて、戦う事になるとしても、勝利が約束されているのなら、その勝利の先に、今度こそ幸せを」


 絶対に、とその声は微かに震えます。


 「あの女神を、あの女を、あの子供に……冬の宮の騎士にも、あの軍師にも、近付けるな……!」


 「それは同意だね」


 神様は笑って肩を竦めました。


 「あの女神の執着と自己愛には、私も現にこうして苦労しているから」


 あの女神は再利用しないよ、と神様は両手の平を天井に向けて、ひらひらと揺らします。


 「とはいえ、あれでも女神だから、魂を完全に消去するのも中々に骨だ。正気も意識も失えないのが可哀想だが、気長に、再生しなくなるまで壊し続けるしかないかな」


 それで少しは溜飲が下がるだろうかと問う声に、銃士は冷えた目を向けました。


 「方法はどうでも良い。あの塵が、二度と俺と同じ世界に現れないなら」


 「なるほど。限界を越えた憎悪や怒りは無関心になるってやつか」


 神様は笑って、それで、と両手を合わせて銃士を見詰めます。


 「冬の宮の騎士の修復を約束した。仮面の大軍師にも新たな生が与えられる。竜退治の少年にも、今度こそ栄光に包まれた長寿を与えよう」


 その他に何を望むのだと、促す沈黙がありました。


 「弟や妹達、婚約者や、友人、恩師……彼等も再利用すると言ったな?」


 「君と君の大切な人々の再会を約束するのは難しい」


 神様は、先手を打つように言い切りました。


 「君は安全機構なんだよ。私の想定からも外れた異常が発生した時、かつ、現状の生命ではその異常に対応出来なかった時に、顕現するものだ」


 その顕現が、銃士にとって愛おしい人達が生きている瞬間と重なるか否かは運次第であると、神様は笑います。


 「だから夢を見せると言った。本物ではないけれど、わたしが創る以上、本物と言っても差し支えない幻だ。それを見ながら永遠に微睡んで、時折、世界の危機にだけ覚醒して頑張ってくれれば良い」


 悪くない取引のはずだと、両手が差し伸べられました。


 「君の大切な人達の魂は、再利用の際には幸福を約束しよう。君には幸せな夢を約束しよう」


 それでどうかね、と問う神様に。


 銃士は無言でした。


 かたかたと奇妙な機械が立てる微かな音の他には、暖炉で薪が燃える唸りだけが響いています。


 長く、長い沈黙がありました。

 神様は、穏やかな表情で寛大に待っています。


 この勇者が頷くことは、既にわかっているのです。


 名も顔も知らない人々のためではなく、自分にとって大切な人々の為にこそ、世界さえ救ってしまえる勇者だと、知っていました。

 世界の為と言えば頷かないくせに、愛しい人達の為ならば、自分の苦痛や悲しみなど端から度外視している勇者なのだと、分かりきっているのです。


 後は、その覚悟が定まるまでの時間の問題なのでした。


 しかし。


 「最後の条件だ」


 銃士は、低く口を開きました。


 「何かな?」


 神様はにっこりと微笑みます。



 「この会話を、決して俺に忘れさせるな」



 強い声に、神様は少しだけ面食らったように目を瞬きました。


 「良いのかい?幸せな夢を見ている時すら、君はそれが夢であると忘れられなくなるよ?」


 「夢は不要だ。意識を持って顕現する事になった時には、必ず、この会話を思い出すようにだけしておけ」


 神様は目を瞬いて、それから、溜息を吐きました。



 「次の世界の君に、神殺しを引き継ぐわけか」



 面白いね、と、片手で顔を覆い、愉快そうに神様は笑います。


 「たとえ神殺しをやり切っても、大切な人々と出会えるわけでは無いが……それでも良いんだね?」


 「殺さなくても会えないならば、殺す方が溜飲が下がる」


 「……ほう、そうくるか」


 神様は両手を叩いて笑って、なるほど、と頷きます。


 「いいとも、それじゃあそうしよう。交渉成立だ」


 ふわりと、銃士の周囲に光が立ち上がります。

 同時に、銃士は自分の身体が無数の文字と数字の列になって解けていくのを見ました。


 「せっかく幸せな夢を見せてやろうとしたのに。わざわざ苦悩の道を選ぶなんて、君、永遠に後悔すると思うよ?」


 神様は微笑みながら、最後にそう、優しく囁きました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ