邂。逅????荳榊惠縺ァ縺
真っ暗闇の中に、点々と星が点っていました。
七色に瞬き、その強さも異なるはずの全ての星が、全て真っ白く、おなじ強さで光る空。
ぼうっと見上げていた銃士は、やがて上半身を起こします。
宮殿は消えていました。
善き人々も、竜退治の少年も。
女神も。
ただ、竜退治の少年が縋りついていた銃士の胸元から、ことりと、赤い石が落ちました。
何もかも消えた場所。
常春の中庭であった場所は、宮殿が消えると共に、茂っていた木々も消え、柔らかな芝も解けました。
銃士が座っているのは、奇妙な石のような大地の上です。
真っ白で、継ぎ目や突起の一切無い、無機質な地面が広がっています。
そして、それも段々と消え始めていました。
銃士から少し離れた場所では、石の地面が消えて、夜空が地面に現れていました。
天も地も、真っ白な星の浮く夜になろうとしています。
(……だれもいない)
ぼうっと、銃士は周囲を見回します。
(だれも、いない)
善き人々もいません。
泣きじゃくっていた少年もいません。
憎くてたまらなかった女神もいません。
(じゃあ、何をしろって言うんだ、俺に)
絶望の底で望みはありませんでした。
燃えていた憎悪の対象もありません。
このまま再び横になって、空を見上げていれば、自分も夜空に溺れて消える事が出来るのだろうかと、ぼんやり銃士は思います。
けれど、思うだけでした。
銃士はその手を、赤い石に伸ばします。
呆然として鈍くなっている頭の中でも、それは、その石だけは、あの真昼の輝きのような少年が、自らの輝きを砕き、泣きながら、必死に銃士に託したものだと知っていたからです。
「ラルフ」
それを手に取って、思わず掠れた声が漏れた時でした。
真っ赤な光が、石から発せられ、世界は一変したのです。
天からも地からも、夜空が降ってきました。
真っ暗で、けれど不思議と透き通った空の中に、銃士はいました。
こぽこぽと、水の中にいるような音と、心地よい浮遊感に似た感覚があります。
しかし、不思議と、足はどこか地面に立っているかのように、しっかりとした安定感があるのです。
石を手にしたまま、銃士は辺りを見回しました。
危険は感じていません。
何となく、このまま永遠に、ここに立ち尽くして居ることも出来るとわかっていました。
苦しくもなく、痛くもなく。
こぽこぽと、遠い日にどこかで聴いたような、懐かしくて少し畏ろしい水音に包まれて。
永遠に疲れる事もなく、感情の動きに煩わされることもなく。
砕けた魂さえ安らかに。
ここに、永遠にいられるのだと、わかっています。
それで良いではないかと、ぼんやり思いました。
それが良いのではないかと、思っていました。
しかし。
(なんだったかな、こういうの)
こぽこぽと、懐かしくて遠い音を聴いていると、ふと思い出すのです。
(ああそうだ、〝星の歌〟)
こういう音をそう呼ぶのだと、得意げに教えてきたのは、竜退治の少年でした。
(冬の宮の騎士に教わった、と)
いつだったか、そう言っていました。
そう言って得意げな少年の向こうで、少し困ったように笑う冬の宮の騎士がいたのを、覚えています。
夜明けが好きだと笑う顔を思い出して、銃士の喉から肺は、きゅうと痛みます。
(アルンフリード)
夜明けを見ていた横顔。
その傍にいた時、確かに救われていたのだと、銃士は思います。
苦しみがあり、痛みがあり。
雑音に苛まれて、肉体には疲労が訪れ、感情は常に動いて煩わさしくて。
魂は砕け続けていたけれど。
それでも、楽しかったのです。
高潔な万民の守護者。
そのくせに少し抜けたところもある友人。
(こんなところよりも)
あの騎士と並んで夜明けを見ていた、あの場所の方が、よほど救いであった、と。
銃士は、永遠に安らかな夜空の水底から、片足を前に踏み出しました。
途端に再び石から光が放たれ、世界は変わります。
(帝都……)
そこは、懐かしい祖国、かつて銃士が守った都でした。
曇り空の下に、天まで届かんとするような複数の尖塔を持つ優雅で荘厳な城が聳え、石造りの家々が並んでいます。
石畳の道、軒先から下がる洗濯物や、色とりどりの商店の旗。
ひとっこ一人いない、懐かしい帝都。
曇り空の下、ぼんやり明るい都の時刻は不明でしたが、銃士の脳裏には、在りし日の昼間の帝都に響いていた喧騒や鐘の音が蘇ります。
ふら、と、その足は知らぬ間に動き出しました。
大通りを進み、屋台の並ぶ広場を突っ切り、少し細い一本奥の道に入り込んで。
よく知った、目を瞑っていても進めるほどよく知った道を、やがて銃士の足は駆けていました。
そこは。
大通りから少し外れた道の一角。
三階建に、小さな屋根裏もある石造りの家です。
二階の窓辺で、小さな鉢植えを育てている家です。
入口の横に、子供の遊び道具が入った木箱の置かれた家です。
子供の落書きが薄ら残っている木の扉に、銃士の手は触れました。
指先が震えて、立ち止まった今も、心臓だけは走り続けています。
この扉を開ければ、何もかも元通りのような気がしていました。
この扉を開ければ、きっと。
入ってすぐの台所では、大好きな婚約者が、夕食の支度をしてくれているのです。
その周りをうろちょろとして、何とかお手伝いをしようとしている妹は、きっと、銃士に気付いたなら嬉しそうに抱き着いてくるでしょう。
わんぱくな弟達も、新聞配達の仕事や、遊びから帰って来る頃だから、お土産はないのかとじゃれついて来るかもしれません。
おかえりと、婚約者は笑ってくれるでしょう。
妹も弟も、きっと笑っているでしょう。
もしかしたら、恩師も来ているかもしれません。
ひょっとして、部下や同僚達も、遊びに来ているかもしれないのです。
この扉の向こうは、いつもの、愛しい我が家で。
銃士は、連勤の合間に居眠りでもして長い不思議な夢を見ていたのかもしれません。
扉の、取っ手に手を掛けました。
微かに、扉の向こうで懐かしい笑い声が聞こえました。
呼吸が浅くなり、喉から肺は熱を持ってぎゅうぎゅうと締め付けられるようでした。
帰りたいと思いました。
帰りたい、帰りたい、この扉の向こうへ。
一等、幸せだった、あの日へ。
けれど。
ふと、視界の隅、弟や妹達の道具箱の中。
おもちゃの仮面が、目に付きました。
(ライムント)
道を示すと言った声を思い出します。
確かに彼は存在していました。
確かに、あの声は、この耳に残っていました。
あの仮面の軍師が、自分に託したものを、銃士は、ちゃんと分かっていました。
(ここじゃない)
扉から手を話して、一歩、後退りました。
(ここじゃないんだ、俺が行くべき場所は)
笑い声は遠ざかり、銃士は、思わず自分の喉を抑えました。
震える手指でも、自分の喉元が強ばっているのはよくわかります。
喉は締め付けられるように痛みました。
目尻はじんじんと傷んでいて、噛み締めた奥歯は砕けそうです。
それでも、ここには帰れないと知っていました。
帰れないと、とっくの昔に、自分で決めていました。
「俺は、勇者だ」
引き攣った、泣き声のような。
それでも間違いなく、揺るぎない断言です。
この銃士は、勇者なのです。
今この瞬間までは、生涯一度も己で認めた事はなくとも。
それでも勇者でした。
この瞬間に、偽りであろうとも、きっと永遠に幸福でいられるであろう幻想ではなく、たった僅かの間を共に過ごした、たった3人の友人達の願いを、選んでしまうほどに。
銃士は勇者なのです。
勇者でありたいと、心の底から初めて願うのです。
名も顔も知らない無数の誰かのために世界を救える勇者ではないけれど。
ただ自分の手の届く距離にいた大好きな人達のためならば、勇者でありたいのです。
愛しい妹弟達にとっても。
愛しい婚約者にとっても。
胸を張れるような、勇者でありたいのです。
銃士は扉に背を向けました。
既に石は割れて手元にありませんでしたが、もう行先は知っていて、そこに向かう自分の足があります。
帝都の石畳を踏んで、銃士は、神様の元へ向かいました。




