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創ったものならば、壊せぬ道理は無いはずでした。
「最高の王も、天才も、主人公も、最終的には、私の設計による存在だからね」
〝神様〟は、安楽椅子に座ったまま、ひらひらと片手を振ります。
「神にすら成りえた王も、その高潔さ、強さ故に自ら〝人〟であることを選ぶならば、所詮は〝ひと〟だ。それなら、神がその存在を恐れる道理はない」
穏やかな声で、〝神様〟は語るのです。
「天才も同じだ。恐れることは何もない。その叡智が天空に迫るならば、翼を蝋に変えて落とせば良い」
そして、と。
〝神様〟は振り向いて、微笑みました。
「主人公もね。創ったのが私ならば、当然、壊し方も私が知っている。役目を終えるまで止まらぬ無敵、神の手の代行。ならば、その役目を、神の代行たる奇跡の具現を終えたと、そう思わせてやれば良い」
安楽椅子に深く座り、背もたれに寄りかかった〝神様〟は、そうして両手をゆったりと合わせ、本を閉じるような仕草をして見せます。
「奇跡は完遂され、大団円が約束された、と本人が満足すれば良い。……どんな無敵の主人公も、物語そのものが幕引きとなれば退場せざるを得ないのさ」
ここまでは君も予想出来ていただろうと、〝神様〟は客人に問い掛けます。
そして返答を待たないまま、ふふ、と笑いました。
「獣として合成された人々は、あの少年によって……より直接的には、あの騎士王を喰った事によって救われる。最期の時に自我を取り戻す奇跡に至る」
穏やかなその声は、ひどく愉しげです。
「君ならば、あの騎士が獣に喰われた直後に推測に至ったはずだ」
若草の勇者の持つ本当の特性が。
これから起こり得る殆ど全てが。
予測出来ていたのではないか、と〝神様〟は首を傾げます。
「あの騎士が喰われたこと自体が、既に異常事態だからね。有り得ざる〝奇跡〟の始まり、竜退治の勇者の物語が閉じるための、最初にして最重要な伏線だった」
世界の歴史で最も素晴らしい騎士王と、世界の歴史でも数少ない、神の手の代行という存在定義を与えられた少年。
世界が〝終わった〟後、あの箱庭で目覚めた二人の出逢いは、この上なく最上で、そして、この上なく最低のものであったと、その声は愉快そうに笑いました。
例えばの話、と〝神様〟は仮定します。
「単純に、世界の歴史で最強の勇者を集めたとしたならば、あの騎士は真っ先に内定だろうね。あの子と並ぶのは、かろうじて君だけかな。……断言するよ、騎士王と君は別格だ。方向性は違うけどね。全ての勇者達の中でも、神様の最高傑作と言える」
それくらいに、あの騎士は優れたものだったのだと語る視線は、そっと部屋の向かい側、書棚の辺りを見るともなくなぞりました。
「そんな騎士が、あの程度の獣に喰われたのは、主人公と出逢ってしまったからに他ならない」
あらゆる王の中で最も素晴らしい、神にも成り得るほどの万民の守護者。
それが最初に命を落としたのは、それこそが、奇跡を起こすための前提条件であったからなのです。
「無垢で健気な竜退治の少年、世界救済をその存在意義として設定された勇者は、今回、その〝世界救済〟を、即ち神を殺す大団円と認識した」
なるほど、それは理にかなう、と〝神様〟は頷きます。
世界救済という非常に曖昧な存在意義を設定された、意志持つ奇跡そのものである少年は、〝神様〟によって世界が〝終わった〟時、皮肉にも、その神の手の代行、奇跡を起こす力を〝神様〟を殺すために使う事と自身も知らぬ間に設定したのです。
そうして本人も知らぬまま、その内側にある奇跡の力は、目的達成の為に運命を組み立て始めます。
「神を殺すには、勇者達があの箱庭を出なければならなかった。そして、その為には人の力だけでは足りず、女神が持つ力の全てが必要だ。更には、私が差し向けたあの獣に勝つ必要もある」
〝神様〟は、片手の指をひとつひとつ握り込みながらそう言って、客人の方へ視線を戻します。
「実際に運命を組み立て始めるとなると、まず勇者達が、あの箱庭を出るという発想に至る必要がある。即ち、〝終わり〟に向こう側があり、そこに神がいるという事に気付かないといけない」
これは少しだけ自分が細工をした、と、〝神様〟は笑いました。
「仮面の大軍師の好敵手を、かつてその好敵手が操った戦艦ごと、送り込む事にした。それで軍師は、見事に〝終わりの向こう側〟に気付き、自らの命をかけて、それを残る2人に知らせるだろう、と」
仮面の軍師の生きた時代は、魔法が後退した時代でした。
しかし、全く魔法が存在しないというわけでもなく、特に世界統一すら成し遂げた大軍師ならばこそ、〝終わり〟を取り払う大魔法程度、自らの命を代償とすればやりきるであろうと〝神様〟は知っていたのです。
「そうして次に必要なのは、〝終わりの向こう〟に行くための女神の力だが……あの女神は自らを危険に晒してまで私には挑まないからね。勇者達には女神の力を奪う必要がある。そして女神の力を人間が奪って使うには、相当の魔法の知識と代償、そして何より、女神を油断させて隙を作る事が必要不可欠になる」
そこで、握り込まれていた指は1本、伸ばされました。
「すると、あの状況で導かれる最適解は獣の利用だ。あの獣の中には世界に生まれた無数の人々の魂が融け固められているからね。生贄としてはかなり価値がある」
続く指がひとつ、伸ばされます。
「同時に、知識が必要という課題も解決だ。あの獣の中には、大賢者と呼ばれた竜退治の兄や、宮廷魔法使いなど、竜退治の為ならばこそ協力してくれる優秀な魔法使いが大勢いる」
しかし問題は、と、〝神様〟は伸ばした指を左右に振りました。
「問題は、その頼れる人々が、あの獣の中で肉体も魂も融かされ犯され、その耐え難い拷問によって粉々に狂い、自我や尊厳が根こそぎ腐り堕ちていることだった」
だから騎士が死ぬ必要があったのだと、〝神様〟は笑って、もう一本、指を立てます。
「あの獣を利用するには、冬の宮の騎士を喰わせた上で、万人の援助を引き出す若草の勇者が助力を願うというのが最適解となる。肉片になっても、あの騎士は万民の守護者、人々に安らぎを与える存在として消費されるものだからね。魂ごとあの騎士を喰い散らかした獣には、僅かな時間だが安らぎが与えられる。竜退治の為に生贄にでもなってやろうという自我や尊厳の再獲得が許されるんだ」
故に、騎士と少年の出逢いこそは、実に最低で最上の出逢いだったと、〝神様〟は両手を広げて肩を竦めました。
「ここまでいくと、後は最後の課題、女神の油断だが……。それは他ならない竜退治の少年には簡単な事だ。春風のような永遠の初恋を女神に向けて、冬の宮の騎士への贖罪のためにも女神を守らねばと自縛する少年。……あの女神は、まさかあの子供が自分に牙を剥くなど、これっぽっちも思いはしない」
広げた手を閉じて、〝神様〟はにこやかに拍手をしてみせます。
「これにて神の手の代行、世界救済の為の奇跡を起こすものと定義された竜退治の少年は、無自覚のまま奇跡へ至る因果を成立させた。そして女神を殺して力を奪い、その先を信頼する者に託した事で、世界救済のため、自分は役目を終えたと信じたんだ。故に、主人公の物語は終わった」
その奇跡は、その物語は、そうして終幕に向けて3人の勇者を殺したのでした。
ただの戦ならばまず死ぬ事がないはずの最高の騎士王は喰い殺され、仮面の軍師は道を示さんが為に死を選び、世界救済まではあらゆる因果を無視して勝利を約束された存在であるはずの主人公までも、遂にその奇跡の成就によって、終幕を迎えるのです。
「あの箱庭に、あの少年と騎士、軍師が目覚めた時点で、この結末は私にとって導くに容易いものだった、というわけだね」
〝神様〟は、不意に、安楽椅子から身軽にひょいと立ち上がりました。
「世界を救おうとする竜退治の、その世界を救うためには無敵であるという性質を利用して、逆説的に、世界を救おうとしている勇者達を殺した。……実に鮮やかで神様らしい残酷な手口だろう?」
ゆっくりと向かいにある書棚に近付いて、並ぶ本の背表紙をぼんやりと撫でた〝神様〟は、しかし、そこで小さく喉を鳴らして笑います。
「……と、ここまで予想した時点で、君は同時に疑問点にも気付いた」
ゆっくりと、再び客人を振り向く視線は微笑んでいましたが、そこには幾らかの苦味があるようにも思えました。
「そもそも、何故、神様ともあろうものが、こんな回りくどい方法で一人ずつ勇者を殺すのか、疑問に思ったはずだ」
〝神様〟は、再び両手を広げて肩を竦めます。
「女神が結界を張っていたから?いや違う。女神といえど、その女神を創った〝神様〟には、そもそも敵うはずがないんだよ」
ならば、なぜ、最も簡単な手段を取らないのか、と。
「女神ごと、あの宮殿も勇者も纏めて殺してしまえば良いのに、一体なぜ、それをしないのか」
いくつかの理由は簡単に推測出来ただろう、と〝神様〟は首を傾げます。
「たとえば、単に残忍で性格の悪い神様は、僅かな希望に縋って足掻き苦しむ最後の人間達を見て愉しんでいる、という可能性」
芝居掛かった仕草で冷たい顔をして見せた〝神様〟は、しかし、すぐに穏やかな表情に戻ります。
「あるいは逆に、まさに神らしい神として、慈悲深くも本気で勇者達に自分を倒して世界を救う機会を与えようとしている、という可能性」
他にも様々な可能性が考えられる中、正解を見付けるための決定的な端緒は、やはりこれも、あの獣と、夕暮れの中に現れた戦艦なのでした。
「獣……かつて、世界で生きていた人々の魂が、世界が終わってなお、消滅より最悪の形で残されていた事に加え、あの戦艦……かつて〝世界〟のある時点で存在した物体が、〝終わり〟の向こうから現れた時、君は気付いたはずだ」
〝神様〟は書棚から離れ、再び安楽椅子に腰掛けます。
「神は、世界を〝終わらせた〟が、世界の何もかもを〝消去した〟わけではない」
〝神様〟は、世界を終わらせたものの、その歴史や、あるいは人々の魂を保管しているのではないか、と。
あの獣と戦艦は、その可能性を示唆していました。
「ならば、神が箱庭を壊さない理由も見えてくる。あの箱庭の中には、神にとって〝絶対に消去してはいけないもの〟がある、というわけだ」
騎士王を殺し、おそらくその果てに竜退治の少年を殺そうとしている以上、箱庭全てを壊したくない、殺せない、というわけではないのです。
「あるいは、女神が勇者を殺して魂を保存し、後に肉体を与えて箱庭に目覚めさせた事から、魂さえ回収出来れば、大抵の存在は再生できる、という可能性も推測される」
そうであるなら、と〝神様〟は安楽椅子の肘掛を軽く指で弾きました。
「総合して、君は、こう考えたのではないかな」
自分の顎を撫でながら、にっこりと口角を上げて。
「あの箱庭には、たとえ神であっても、一度破壊すると再生する事が出来ない何かが存在している。しかも、それはかなり大事なものだ。だから神は、迂闊に箱庭ごと捻り潰す事が出来ないのだ、とね」
指を一本左右に振り、さて、とその声は少し低くなりました。
「では、その〝何か〟とは何か」
真っ先に死んだ騎士や、やがて死ぬはずの竜退治の少年、仮面の軍師では無いはずです。
善良ですが特殊性は殆どない僅かな人々でもないでしょう。
箱庭の宮殿や常夏の町も、女神が世界の欠片を継ぎ接ぎしたもので、際立って珍しいものではありません。
あるいはそれ以前に、〝神様〟にとって最も排除したいであろう対象のひとりでありながら、竜退治の奇跡による殺戮からひとり外れている存在がいるという事自体が、答えです。
「そう、お察しの通りさ」
神様は、こつん、と再び肘掛を指先で打って、そのままじっと、何処か遠くを見詰めます。
「銃士隊長アリスティド」
ゆっくりと、確かめるような声音でした。
「神すら意図していなかった、有り得ざる至高の安全機構さ」
〝神様〟は、肩を竦めます。
「世界を終了した。〝次の世界を始める〟為にね」
それは予定通りのことだった、と。
「そして新しい世界を始めるに際しては、当然、古い世界から使いまわせる部分は、使い回すつもりだよ」
〝神様〟の周囲には、いつの間にか地図や書類が浮かび、くるくると回っては消えていきました。
「歴史や外見等は多少変えるとしても、使い勝手の良い世界観は続編として引き継ぐのが便利だろう」
たとえば目に見える世界の表層(UI)や、自然法則、生物の進化過程等、ゼロから全く違う物を作るのは効率的ではありません。
それこそ旧作の経験を活かすべく、旧作の物を改造したり、場合によってはそのまま流用することで、より良くなる部分はより良く、既に完成系である部分は完成系のまま、以前より素晴らしいものが出来上がるはずです。
「しかし、それに際して一つ問題があってね」
〝神様〟は、溜息を吐きました。
「そう、説明のためには、一度、少し話を変える必要がある」
囁くように、声音は僅かに沈みます。
「天才の出現状況や諸々の事情で、その時代の生命には乗り越えられない試練が発生した時、通常ならば、神の手の代理機構、奇跡の顕現たる主人公が登場となる」
それこそ竜退治の勇者が代表格だと、〝神様〟は語りました。
本来なら竜退治の試練は、若草の少年の父の頃に発生するはずで、竜退治の勇者となるのは少年の父のはずだったのです。
しかし時代がずれ込んだため、急遽、〝神様〟は若草の勇者という主人公を設定して修正対応を行ったのでした。
「だから帝国歴でも、私はそうするつもりだった」
世界を7度滅ぼせる大魔法の試練。
その時点の生命では、この試練は乗り越えられないと結論した〝神様〟は、主人公の投入を検討しました。
「ところが、私が主人公を投入するより早く、本来は端役、あるいは主人公の補佐程度に収まるはずであった銃士隊長が、世界の危機を回避してしまった」
奇妙な出来事でした。
しかし〝神様〟は、その時には不思議に思ったものの、深く追求はしなかったのです。
女神が銃士を気に入って手元に保存してしまった事もあり、偶然、今回の試練に最適な能力値を持った勇者が生まれただけ、軽微で、そして都合の良い不具合だったのだろう、と考えたのでした。
「しかして、それは間違いだった。世界を終了して、新たな世界の構築に取り掛かった時、はっとしたよ」
かつて世界を創った時、その根本となる部分に埋め込んだ、ひとつの機構の存在を〝神様〟は思い出したのです。
「現状の生命では対処不可能な異常事態が発生した場合に、自動で歴史上の全ての勇者の記録を参照し、その問題に対して最適な能力値を設計して覚醒する魂を、世界の最も根本にあたる部分に、安全機構として組み込んでいた事を思い出した」
あの帝国歴に現れた銃士は、その機構が発動したもの、安全機構たる魂の顕現だったのだと、〝神様〟は世界が終わってから気付きました。
「その安全機構には、創った当初、致命的な難点があってね。そもそもそ安全機構が作動するためには、まず勇者の記録、参照元となる記録がいるんだ。だから使い物になるまでには何百年か、何千年、下手をすれば何万年かを待つ必要があった」
故に〝神様〟は、結局、安全機構に頼らず、その都度で主人公を投入していたのです。
そうしていつしか、安全機構の存在そのものを、忘れ去りました。
「偶然に主人公の投入が遅れた帝国歴の時、安全機構は初めて作動した。しかし、それ以降は女神が銃士の魂……即ち安全機構を世界から切り離してしまったから、作動する事がなかったんだろう。だから私は結局、世界の終わりまで、その存在をすっかり忘れていたというわけさ」
これこそが〝神様〟にとって唯一の、そして致命的な過ちでした。
〝神様〟は、安全機構の存在を忘れたまま、どんどん世界の改修や増設を続けてしまったのです。
「世界の最初期に設定した仕様を残置したまま、どんどん他の部分を作っていったならば、当然それ以降に作られた部分は、その本来あり得ざるべきだった仕様ありきの形で作成されしまう」
我ながら有り得ない失態だと、〝神様〟は笑いました。
「結果、新しい世界を創るにあたり、旧世界の一部を使い回すとなると、その土台となっている安全機構も、当然使い回す必要があってね」
加えて、と更に〝神様〟の声は低くなります。
「安全機構自体、今や貴重なものとなった。その機構は、女神の手元で眠っている間も、その性質に従い全ての勇者の記録を続けていたんだ」
世界が『終わり』まで進行した今となっては、その機構には、神の設計からすら逸脱していた出来事、異常事態への主人公達の対応の様子や、神でさえ予想不能な天才達の思考回路まで含めて、勇者に関わる記録……世界の存亡に関わる記録の全てが、最も詳細に蓄積されていました。
「神ですら予想し得なかった出来事を含めての全顛末と対処方法を記録した機構であり、しかもそれらの異常事態に対処した勇者達を完璧に再現可能な、万能の魂というわけだよ」
かつて使えないと忘れ去られた装置は、今や一つの世界の始まりから終わりまでに発生した全ての危機に対応可能な最強の安全装置として、完成を迎えていたのです。
「次の世界を運営する上で、絶対に欲しい」
〝神様〟の声に、強さが増します。
「使い回したい諸機能の土台であるというだけでなく、それ自体が有り得ざる完全な安全機構だ。次に同じだけの性能の安全機構を創ろうとすれば、また再度、世界の終わりまで待たなければならない」
何としても壊さずに回収する必要があると、〝神様〟は断言しました。
「ところが、あの魂は女神による雑な切り取りのせいで既に粉々だ。かろうじて、肉体という箱に入ったままの状態で回収できれば復元の余地もあるけれど、もしも肉体を破壊され、死んで魂だけが放出されれば、私をしても回収ならびに復元は不可能だろう」
だから、〝神様〟は箱庭を放置したのです。
圧倒的な力で捻り潰す事なく、ただし着実に、ひとりずつ、銃士以外の勇者達、そして女神を排除しました。
「君は、私があの銃士を殺せない事を察していた」
〝神様〟は、小首を傾げて客人を見詰めます。
「だからこそ、君は運命に従った。竜退治の少年の奇跡を利用した計画的な殺戮の一部と分かっていてなお、その運命に抗わずに死んだ」
それこそが唯一の勝機、神殺しの可能性だと判断したのだろう、と。
〝神様〟は、片手をひらりと振ります。
「私は銃士を殺せない。ならば銃士だけが神を殺し得る。だから君は、銃士が私の元に辿り着くための道を示して死ぬ」
中々の賭けに出たね、と微笑む〝神様〟は、安楽椅子の背に寄り掛かり直し、静かに目を閉じます。
「それで、賭けの勝算はどれくらいだと計算しているのかな、ライムント・ヴァレンシュタイン?」
安楽椅子の向かい側。
扉の前に立つ仮面の軍師は、その問い掛けに、一拍の間を置いてから低く笑いました。
「拙者は戦う前に勝つ主義でござーるよ」
「なるほど。君の予想では、あの銃士は必ず神殺しに至るというわけか」
目を開けずに問う〝神様〟に、軍師は肩を竦めて、再び低く笑います。
「神殺しなんて既に終わっている」
軍師は仮面を僅かにずらしました。
口元だけが顕になり、そこからは青銅を打つような声が溢れます。
「アンタにとって最高の状態は、あの銃士が生きたまま、けれど心はポッキリ折れて死んでいる状態だろう?」
勇者達を一人一人殺し、その上、竜退治の少年の手で宮殿中の人々までも殺し尽くした事が、その表れだと、軍師は言いました。
「おまけに、アンタは待った。俺達勇者を殺し始めるまでに、俺達が少なからず親しくなるだけの時間を、わざわざ与えた」
その意味は至極簡単なものだろうと、その声は〝神様〟を嗤うのです。
「あの銃士の善性を、身近な人々、懐へ入れた人々への愛情深さを利用したかったからさ」
篭手を嵌めた手が、真っ直ぐと〝神様〟を指します。
「大人しく回収されてくれるように。アンタが設置する甘い誘惑に、罠と知っていても飛び込むように、アンタは、銃士の精神状態をとことん折っておきたかったんだ」
軍師の言葉に、〝神様〟は目を開きました。
目を開いた〝神様〟と、仮面ごしの軍師の視線が、ぶつかりました。
「すっかり腑抜けて、ボロボロで、アンタが掲示する優しい言葉、都合の良い取引に、迷わず飛び付き、簡単に回収されるようにしたかった」
宣告するように、青銅の声は告げます。
「〝神様〟ともあろうものが、被造物との取引を有利に運べる下準備をしたな?いや、そもそも〝神様〟ともあろうものが、被造物と取引を、交渉をしようとしているな?……ああ、それはつまり」
弾劾するように伸ばされた手と逆の手が、仮面を取り去りました。
にこりと微笑んだ、左右で異なる色の瞳。
それはかつて絶対的な存在、〝神様〟であったものを見詰めて、臆する事なく、嗤うのです。
「アンタは人間相手に譲歩した、不利を認めたんだよ、カミサマ」
それは、神の失墜した瞬間でした。
絶対的な上位存在であるはずの神が、被造物である人間と取引を試みたということは。
その取引で、己に有利な状況を作り出す為に準備をしたということは。
一方的な支配が出来ぬという事でした。
そこに絶対性が存在しないと認めたのでした。
ならば、神の権威は失墜しました。
その神の権能は、今この時、軍師の告発を持って零落しました。
神様は、自分と人間は対等であると、自ら認めて堕ちたのです。
「あの銃士は神殺しをする必要なんてない。ただアンタの掲示する取引に対して、〝いいえ〟と言えば良い。そうしてあの銃士に対してアンタが〝はい〟と言わせるために譲歩すればするほど、それは、人類の勝ち点になる」
神様は、何も言いませんでした。
ただ無言で、軍師を見ています。
「次の世界で、神は死んだ」
青銅の声が部屋に響きます。
神様はやはり何も言いませんでした。
反論すべきことは、何もありませんでした。
確かに、次に始まる世界では、神様は絶対の存在ではないのです。
軍師の言う通り、神様は人間である銃士と取引をせざるを得ません。
そして、人間と妥協して世界を始めた以上、その世界において神様とは、人間にとって絶対の創造主ではなく、人間の力を借りて世界を創った、ただの製作者に過ぎないのです。
完全無欠の創造主たる神は、既に死にました。
次の世界こそは、神様による神様だけの神様のための世界ではなく、紛れもない、そこに生きる人間達の世界になるでしょう。
やがて、神様は溜息を吐いて両手を上げました。
「そうとも、降参だ」
溜息を吐きながら、神様は頷きました。
「まったく腹ただしい事にね。次の世界において、神の絶対性は喪われる」
やれやれと、その声は疲れたように笑います。
「世界ひとつ、始まりから終わりまで運営してみてわかったのは、結局のところ瑕疵の無い作品、思い通りの作品なんてものは、神様にすら作れない、という事だったよ」




