神様も知らぬだろう
世界に〝おわり〟を定めた理由がありました。
「天才、というものを作ってしまったからね」
〝神様〟は、戯れに本のページを捲ります。
「どうしても必要だったのさ。なにしろ、時代を進めるための原動力だからね」
他の人間が、まだ見ぬものを見据え、そこに手を伸ばし、掴み取る者達。
人の子の進歩を切り開く存在。
「天才がいなければ、世界は動かない。ずっと同じ時代で、変わり映えのない日々を繰り返す。……そんなもの、存在する意味はあるかい?」
けれど、と〝神様〟は本を閉じて、揺り椅子の背に深くもたれます。
ぎぃ、と揺り椅子が軋みました。
「けれど一方で、天才が現れる世界は、常に変化し続ける。しかも、その変化の速度は時代を経るごとに加速していく」
ならば世界の時間は限りなく、速く速くなり続けるのです。
「行き着く先は、瞬きの間に時代が千も万も変化する世界だ。誰もがその時代を意識できないうちに、既に次の時代が始まる。……それは逆説的に、停滞、無変化と一緒だ」
ならばこれも意味は無いだろう、と〝神様〟は指を一本立ててクルクル回しました。
「だから、どこかで〝終わり〟にしなきゃならなかった。無意味な速度に到達する前に、始めた遊びを畳む必要があると考えたのさ、私は」
そうして、ニコリと微笑んで、小首を傾げるのです。
「世界を価値あるものにしたのは、時代を進める天才達だ。だが同時に、彼等こそが〝終わり〟を招いた」
クルクル回されていた指はピタリと止まり、ギィと再び揺り椅子が鳴りました。
「あの子も、天才のひとりだった」
過去を覗き込みながら、そう囁きます。
「軍略、謀略の天才さ。世界の歴史で最も偉大な、ね」
そう考えれば、とその声は少しだけ愉快そうになりました。
「……女神があの子の魂を刈り取ったのは、案外と正しいことだったのかもしれない」
もしも、あれが若くして死ななかったなら、と呟きます。
「時計の針は、あの時代を境に足を早めただろうね。私が設定した〝終わり〟よりも早く、臨時の〝終わり〟が必要になったかもしれない」
困ったことだ、と〝神様〟は左右に首を揺らしました。
「天才は、私でも制御が難しい。あれらは、そもそも世界の中のあらゆる事象、真実に、到達し得るよう設定しているが故に〝天才〟なのだから」
時にそれは〝神様〟すらも想定し得なかった速度で、想定しなかったような深く至高の真理に至ってしまうのです。
「まさかここまでやるとは、ということをやってのけるもの。故に天才」
ふふ、と愉快げに。
〝神様〟は、客人を振り向きます。
「もし生きていたならば、あの子は、ある意味で世界を滅ぼしたかもしれないね」
〝神様〟の齎すような、完全な〝終わり〟ではなくとも。
人が招き得る最悪の結果を招く力を持つ存在こそが天才だと。
「そうは思わないかい?」
客人は数秒思案しました。
それから、ゆっくりと、首を左右に振りました。
「そうはならなかっただろう。〝神〟が想像できるような範囲のことなど、アレは、しないからな」
故にこそ、〝神様〟が滅ぼすと考えるなら、滅ぼさなかったはずなのだ、と。
「……そうかな?」
ふふ、と〝神様〟は眉を片方上げました。
「だが、そうかもしれないね。〝神様〟の予想すら超える可能性があったからこそ、私は〝天才〟の世界を〝終わらせた〟のだから」




