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女神の箱庭  作者: 空野 氷菓
雪と熔ける玉座
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神様にはならなかった


 〝神様〟は、その人間を愛していました。


 「何しろ、これは私が作った〝王〟の最高傑作だからね」


 指先から凍って壊死していくような極寒の幽閉棟の中。数多の拷問で傷付いた手足は殆ど動かず。

 ようやくと、口に出来た水は毒の味。


 それでも、悲鳴ひとつ上げない〝勇者〟。


 「本当はね、兄の方は早々に殺して、この子を王様にする気だったのだけど」


 呼ぶ名前もないのでしょう。縋る名前もないのでしょう。

 世界中の全ての為に偉業を成して、世界の全部を守り切って。


 世界に、もう不要だと言われた〝勇者〟。


 それをわかっているから、最期の苦痛の中でも、絶対に、絶対に、誰の名前も呼ばない〝勇者〟。


 誰も恨まない為に、誰にも背負わせないために、誰にも縋らず、助けを求めず、ひとりきりで死んで逝く〝勇者〟。


 「王様にして、後の世までお手本にされる名君にするつもりだったんだよ」


 〝神様〟は〝過去〟を覗き込みながら肩を竦めました。


 「でも、〝女神〟が欲しがったから、まぁ、あげてみようかと思って」


 〝勇者〟の兄に猜疑心を。家臣達に、保身の気持ちを。民草に、無関心を。

 美しい〝女神〟は人々の心に影を振り撒きました。

 そうして、そっと、世界に不要とされた〝勇者〟の水差しへと毒を溶かしたのです。


 「それで、この子のかわりに、少し後の時代に、似たような〝王〟を作ったんだけれどね」


 ご存知の通り、と〝神様〟は微笑みます。


 「そっちは予定通りだ。歴史上で一番の王様になった」


 同じ時代に生まれたならば、その能力も器も、原型であるこの子の方が上だけれど、と。

 〝神様〟は言います。


 「そう、その点だ。あるいは、この子には与え過ぎたからいけなかったのだろうね。智謀も人徳も、武功も、全て。〝女神〟ですらも縋り付けるほどの器を設定すべきではなかった。それを与えた故に、これは〝女神〟の欲望を引き寄せた」


 思えば、と、〝神様〟は客人を振り向いて、微笑みながら吐き捨てるのでした。


 「思えば、そこまでいくと〝王〟ではないか。そう、〝人間〟ですらないとも言えようね」


 では何と表現するか。


 「そんなもの、〝わたし〟じゃないか」


 ふふふ、と、〝神様〟は声を上げて笑います。


 「そう、そうだとも。本人が気付きさえすればね」


 〝過去〟を覗き込みながら、〝神様〟は囁くのです。


 「美しいだけの〝女神〟などよりも、よほど恐ろしい〝神〟であったろうに」


 しかし、その言葉を聞く唯一の客人は、いいや、と首を振りました。


 「気付いていながら、人間として死ぬことを選んだ。だからこそ、その男は、人間にほかならない」


 「おや」


 〝神様〟は、目を丸くします。


 「……なるほど。……ああ、まったく、そうだとすれば、それこそ……傲慢な〝人間かみさま〟のようだ」

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