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4月に行われていた、大規模な勧誘活動も終わり、月の(こよみ)も替わる5月――――松崎高校でも、ゴールデンウィークの連休に突入していた。

早速、新入生も含めて活動を開始する運動部の面々、シーズン前の水泳部などは別としても、早くもグラウンドには、数多くの生徒が姿を見せ、運動に汗をかいている。

陸上部に掛け持ちで入部した桂子も、他の新入部員に混じって、グラウンドに引かれた白線のトラックを、軽やかな足取りで駆けているところであった。


「へぇ、頑張ってるみたいだな」


そんな彼女の様子を見て、感心した様子を見せたのは、小脇に何冊かの本を抱え持った、鈴太である。

文芸部は、このゴールデンウィークは、特に活動予定もなく、部室もしまったままである。一応、連休の半ばに、部員全員参加の親睦会(しんぼくかい)は予定してあった。

親睦会といっても、駅前のカラオケボックスで騒ぐという計画で、まぁ、和気藹々(わきあいあい)と過ごせればいいなという程度の、そんな適当な計画のものだったが。


鈴太がこの場に居合わせたのは、季刊紙に載せる記事を書くために、借りていた本を図書館に返しに来たのであった。

特に急ぎの予定もなかった鈴太は、しばらくの間、トラックを走る桂子の様子を見る。

ふわりとした髪は、走るのに向かないのか、いつもの髪型ではなく、首の後ろで束ねるようにまとめて、スポーツウェアに身を包んでいる。

長距離走のテストでもしているのか、休息をとることもなく、複数の生徒とともに、一周が四百メートルのトラックを、延々と駆け回っていた。


「はっ、はっ、はっ……」


一定の息遣いで、テンポ良く走る桂子。一緒に走る他の生徒を、ぐんぐんと引き離しながら、なおもペースを速めていく。

軽やかな走りの彼女を、しばしの間、鈴太は見つめていたが、しばらくして、その場から姿を消していた。もっとも、それに気づいた生徒は、いなかったのだが。



「よーし、休憩! しばらく休んだら、今度は短距離の練習をするから、しっかり身体を休めときなさいよ!」

「は………はいっ!」


長距離の練習がひと段落して……新人の教育係をおおせつかった、佐久間先輩は、一年生の部員に向かって、ハキハキとした口調で声をかける。

そんな彼女の言葉に、元気良く返事をする一年生……は、桂子をはじめ、数名の生徒だけであった。

他の生徒は、地面にぐったりと伏せったり、へたり込んだりして、返事も出来ない有様である。

桂子も、幾分かましな状況といっても、疲れを隠せないといった状況で、グラウンドから少し離れた、石段に腰掛けると、手に持ったタオルで汗を拭く。


「はい、どうぞ、鹿島さん」

「え?」


と、そんな彼女の顔の横に、スポーツドリンクの缶を持った手が差し出された。

桂子が首をひねってみてみると、先日知り合った文芸部の先輩が、桂子の分と、自分の分のジュースの缶を両手に持ち、笑いかけていたのであった。


「あれだけ走ったら、喉が渇くだろうと思ったんだけど……差し入れって、大丈夫だったかな」

「あ、ありがとうございます。ええと…………多分、大丈夫じゃないでしょうか」


缶を受け取りながら、桂子は、陸上部の先輩の方に視線を向けてみる。ポニーテールの女生徒は、こちらの様子に気づいているようだが、特に何もいってはこなかった。

まぁ、ひょっとしたら、後で小言なり、苦言なりが飛んでくるかもしれないが、ひとまずは、黙認してくれているようであった。

受け取った缶を手に持ちながら、桂子は鈴太に視線を戻す。連休前、一度だけ顔をあわせただけであり、とっさに相手の名前が出てこなかったようである。


「ありがとうございます。ええと――――」

勇鈴太(いさお れいた)だよ」


鈴太も、そのあたりは察せれたのか、改めて自己紹介をする。温和な微笑を浮かべる鈴太につられてか、桂子も笑顔で、鈴太に言葉を返した。


「ありがとうございます、勇先輩。ご馳走になりますね」

「――――…」

「どうか、しましたか?」

「いや、勇先輩なんて、呼ばれ方をされたのは、初めてだったからさ」


桂子の言葉に、少し照れたような様子で、鈴太は頭をかく。

いつの間にか、ユーレイ先輩という呼び名が定着して、本人もそれでいいやと思ってたので、勇先輩と呼ばれるのが、こそばゆかったようである。

そんな彼の態度をどう受け取ったのか、両手でジュースの缶を持った桂子は、少し慌てたような様子を見せる。


「す、すみません、まずかったでしょうか? 何か、他に適切な呼び方があったんじゃー…」

「あ、いや、そうじゃないんだ。というか、勇先輩って呼んでくれた方が、個人的には嬉しいくらいだし」

「はぁ………」


いま一つ、よく分からないといった表情で、とりあえず、ジュースのプルタブを開けると、喉の渇きを潤すように、ちびちびと飲み始める桂子。

そんな彼女の隣に腰掛けると、鈴太もジュースの蓋を開けて、中身を一気飲みするように、ぐいっとあけると、一息つくように息を吐いた。


「随分と、気合が入ってたみたいだね。少し前に、様子を見てたけど、トップを走ってたみたいだし」

「そんな事、ないですよ。まだまだ頑張らないと、良いタイムは出ませんし……勇先輩は、どうしてここに? 確か、文芸部は休みでしたよね」

「ああ、俺は図書館に寄った帰りだよ。 借りてた本を返しにきたんだ。図書館に行く途中で、鹿島さんの姿が見えたから、差し入れでもしようかと思って」

「…………」


鈴太の言葉に、桂子は感心した様子で、隣に座った文芸部の先輩に目を向ける。なんていうか、いい人だ。と思っているらしい。

そんな彼女の視線に、ん? と鈴太が桂子を見つめ返したときである。グラウンドの方から、よく通る、闊達な女生徒の声が聞こえてきた。


「さぁ、休憩終了よ! 1年生、集合!」

「あ、っと、いけない…………っ、っ…………ごちそうさまでした、勇先輩!」


先輩の集合の声に、慌てたようにもらったスポーツドリンクを一気飲みし、鈴太に礼を述べる、桂子。

そんな彼女に、笑顔で片手を差し出しながら、鈴太は優しい顔で彼女に返答する。


「ああ。っと、缶はこっちで捨てておくから、早く行ったほうがいいな。鹿島さん、頑張ってね」

「はいっ」


飲み干した空き缶を鈴太に手渡すと、桂子は小走りに、グラウンドのほうに走り去っていく。

そんな彼女の様子を微笑ましげに見送った後で、鈴太は、その場から離れ、帰宅することにした。

鈴太が背を向けたグラウンド――――他の新入部員に混じって練習を続ける桂子は、先ほどよりも、わずかに気合の入った様子で、スタートラインについたのであった。



ゴールデンウィークの連休期間、連休を使って家族旅行に行く生徒や、部活に精を出す生徒……文芸部の面々も、それぞれ気ままに日々を過ごしている。

文芸部の部長である、ひなも、休みの日の朝から、自宅の台所で、趣味であるお菓子作りに励もうとしていた。


「今日は、どのお菓子を作ってみようかしら? みんなが、喜んでくれればいいけど」


お菓子のレシピの乗っている本をめくりながら、ひなは、悩むように首をかしげる。

みんな、というのは、もちろん文芸部の部員達のことである。少なくとも、今はまだ、特定の誰かのため、という理由でお菓子作りをする事はなかった。

焼き菓子やパンケーキ、ゼリーにプリン、エトセトラ、エトセトラ。

今日の夕方、カラオケボックスでの親睦会に持って行くのはどのお菓子がいいのか、普段は緩めの表情をする彼女だが、結構、真剣そうな顔で悩んでいるようだ。


「ん~……やっぱり、クッキーとかの方がいいのかしら。みんなで摘めた方が楽しいだろうし」


そんな風に一人で呟きながら、ひなは台所をウロウロと歩きつつ、戸棚などを物色し、材料を確認する。

今ある材料で作れるものにしようか、それとも、食材を追加するために買出しに行こうかと、その点も悩みどころであった。

お菓子の材料費も、馬鹿にはならない。千恵などは、部費から菓子代を捻出すれば良いと言っていたが、それは、ひながきっぱりと断っていた。


お菓子を作って持ってくるのは、あくまでも自分の趣味だから、お金は自分が何とかする、とのことらしい。

普段は温和で寛容なのに、変な所では意固地になる、ひなに、千恵をはじめ、何名かの友人は呆れたように肩をすくめたのだったが。

そんなこんなで、エプロン姿のひなが、台所をウロウロとしていると、玄関のほうから、来客を告げるチャイムが鳴った。


「はーい」


今日は、両親も出払っていて、家には、ひな一人である。呼び鈴に、返事をするように声を上げると、ひなは軽い足取りで玄関に向かった。

呼び鈴を鳴らした相手は、のんびりと扉が開くのを待てない性格なのか、ひなが台所から玄関に移動する頃には、入り口のドアを開けて、玄関口にあがりこんでいた。


「ひな、遊びに来たぞ。お、エプロン姿とは、眼福だな」

「いらっしゃい、ちえちゃん。どうぞ、あがって」

「ああ、遠慮せずに、そうさせてもらうぞ」


ひなの家を訪れたのは、彼女の近所に住む、幼馴染の千恵であった。連休中の暇を友人宅で過ごすつもりか、手ぶらで、Tシャツに、ジーンズというラフな格好である。

いつも通りの無遠慮な様子で、ひなの様子を一瞥した千恵は、鼻を鳴らしながら、エプロン姿の少女に疑問を投げかける。


「料理でもしていたのか? その割には、何の匂いもしていないようだけど」

「これからするつもりだったの。親睦会に、何かお菓子でも作って持っていこうかと思って」


居間に友人を案内しながら、楽しそうな表情で、ひなは親友である少女に、日溜(ひだま)りのような笑顔を見せる。

そんな彼女を眩しそうに見た後で、千恵は、ふう……と、少し呆れた様子で肩をすくめながら溜め息をついた。


「気の利いたところは、ひなの美点だと思うけど――――カラオケボックスって、飲食物は持ち込み禁止だぞ」

「…………ええ!?」

「いや、そんなに驚くところじゃないだろ。ああいうところは、飲食物の販売も利益のひとつなんだし」


あからさまに、ショックを受けたような表情のひなに、ちょっと呆れ顔で、千恵はエプロン姿の少女を見る。

手製のお菓子を持っていくのに、問題があると知り、しょぼんとした表情になる、ひな。

そんな彼女の様子を見て、千恵は、やれやれと言いたげな表情を見れた後……人差し指を唇に当てると、少し考えた後で、フォローをするように口を開いた。


「まぁ、カラオケボックスで食べなければ、持ち込んでもばれる心配は少ないし……

 親睦会が終わった後の、お土産ってことで、菓子を作って持ってくのは、ありなんじゃないか?」

「あ……そっか。うん、それなら大丈夫よね。さすが、ちえちゃん、頭いいなぁ」

「別に――――普通だろ。で、なにを作るつもりなんだ?」


手放しに褒めてくる、幼馴染の言葉に照れたのか、千恵はそっけない様子で、ひなに質問する。

その質問に、ひなは嬉しそうに両手を胸の前で合わせながら、花が咲くような笑顔で、千恵の疑問に答えた。


「うん、お土産にするなら、クッキーをラッピングしたものか、プリンやゼリーを人数分、作ろうと思うの」

「ふぅん………なるほど、いいんじゃないか」

「その場で食べるなら、ホールケーキとか、そういったものを焼くのも良いかな、って思ったんだけどね」

「――――それはそれで、食べてみたくもあったな。まぁ、絶対、音梨や後輩たち(1年生ズ)が、ケーキの大きさで言い争いをしそうだがな」


大きな丸いケーキを切って食べる状況になったら、ちゃっかり自分が一番大きなものをゲットするであろう少女は、自分のことを棚に上げて、そんなことを言う。

そんな千恵の言葉に、そうかもしれないわね、と朗らかに笑いながら、ひなは、居間の座布団に座った千恵に、聞いてみる。


「そうだ、千恵ちゃんも一緒に作らない? お菓子作りは、一人でやるより、誰かとしたほうが楽しいし」

「いや、私はいいさ。どちらかといえば、作るよりも食べるほうが好きなわけだし」

「え~……」


しかし、返ってきたのは、そっけない返事。その言葉に、あからさまに、残念そうな表情になる、ひな。

しばらくの間、そんな、ひなの視線を無視するようにしていた千恵だが……ずっと、残念そうな表情を変えない、ひなの様子に、数十秒後には根負けしたようであった。


「ああ………もう、そんな顔をするなっ。分かった、今回だけだぞ」

「本当? ありがとう、ちえちゃん!」

「やれやれ――――しょぼくれた、ひなが、もう笑ったか」


ぱあっ、と笑顔になる、そんな親友の少女の様子に、口もとを綻ばせながら、千恵は億劫な様子を見せながらも、その場から立ち上がった。

かって知ったる友人(ひな)の家、とばかりに、居間から出て、台所のほうに向かいながら、千恵は後ろについてきた、ひなに、振り返ることをせず、言葉を伝える。


「ひなの母さんが使ってる、エプロンを借りるぞ…………ああ、それと、私が菓子作りを手伝ったことは、みんなには内緒だからな」

「え? どうして?」

「どうして、って……なんか恥ずかしいからな。特に、男子の面々は、私が菓子作りなんぞをしたと知ったら、からかいのネタにするに違いない」


どこか決め付けるような、そんな千恵の言葉。その台詞を聞いて、ひなは、目を何度か瞬きさせたあと、ん~……と不思議そうに小首をかしげた。


「そうかなぁ? 鷹くんは、そんな事しないと思うし、ユーレイくんは、きっと、凄いなって千恵ちゃんのことを褒めてくれると思うけど」

「――――……ともかく、秘密といったら秘密だからな」


ひなの言葉に、考え込むような、しばしの沈黙の後……千恵は足を止めて振り返ると、念を押すように、ひなに、そういったのであった。


「はぁい」


分かっているのかいないのか、ニコニコ笑顔で、ひなが返事をする。そんな彼女の様子に、千恵は溜め息をつくように、ひとつ息を吐く。

時折、変に鈍かったり鋭かったりする、そんな友人の少女に、振り回されているなあと思う時が、今回を含め、幾度もあった。

もっとも、それで友人を止めようなどとは、幼馴染という長い付き合いのなかで、一度たりとも思ったことはなかったのであったが。


台所に移動した二人は、それぞれにエプロンを身につけ、和気藹々とした様子で、お菓子作りを始める。

普段から、お菓子を作りなれている様子の、ひなは、デコレーションに使うのか、チョコレートを湯煎にかけている。。

また、千恵の方も、決して不器用というわけではなく、どこか手馴れた手つきで、泡だて器を片手に、材料を入れたボールを泡立てていた。


「~~~♪」

「ちえちゃん、楽しそうね」

「まあ、なんだかんだといっても、こういう事は、嫌いじゃないからな」


ひなの言葉に、ボールの中身を、かき混ぜる作業の手を止めないままに、笑顔を見せる千恵。

他に誰もいない気楽さからか、普段よりも何割ましか、笑顔が柔らかなように、ひなには見えた。

そんな千恵の笑顔に釣られるように、ひなも笑顔を浮かべる。穏やかな休日、二人の少女の和やかな時間は、そうして過ぎていったのであった。



ゴールデンウィークの半ば、いろいろと、忙しく日々を過ごしている生徒もいれば、特にするべき事もなく、日々を過ごしている者もいる。

今日の予定は、夕方からのカラオケボックスでの懇談会だけの男子生徒――――音梨は、予定までの時間を潰すために、近所のレンタルショップに足を運んでいた。

音梨が入店したのは、街中にあるゲームや書籍の販売をしつつ、DVDを貸し出すタイプの店舗であり、音梨の他にも数多くの生徒達が訪れている。

そういう状況なので、見知った相手と遭遇(そうぐう)する場合も、決して珍しい事ではなかったのだろう。


「――――…ん?」

「あ」


別に、どうしても見たいものがあるわけでもないし、これでいいか。と、人気DVDコーナーに飾られていた話題のDVDに手を伸ばした音梨は、

傍にいた少女に視線をなんとなく向けると、互いに見知った顔であることに気づき、双方ともに声を上げていた。

DVDのレンタルコーナーにいたのは、音梨の後輩である、大木あかねであった。3人組の少女のなかでも、寡黙なほうの少女は、軽く声を上げた後、音梨にぺこりと頭を下げた。


「誰かと思ったら、大木か。他のやつは一緒じゃないのか? 鈴原とか、山幸とか」

「今日は、一人です。することもないから、DVDを借りようと思ってきましたが」

「何だ、結局は考えることは一緒か。ったく、連休ってのも、あまり続くとありがたみもないもんだな。贅沢な事を言うなって、千恵あたりに呆れられそうだが」

「……そうですね」


音梨の物言いに、大木は口もとを僅かに緩めながら、賛同の意見を口にした後で、音梨の手に持ったDVDに視線を向けた。

その視線に気づき、音梨は自らの手に握られたDVDを見る。シリーズものの、それは、一時期、話題になったホラーものの映画であった。


「なんだ、大木、これが見たかったのか?」

「ええ、まぁ……ですけど、一人で見る程の度胸はないですから、どうしたものかと悩んでたところです」

「………そうか」


大木の言葉に、納得したように頷く音梨。別段、こういったものは怖いとは思わない音梨だったが、だからといって、一人で見るようなものでもないとも思ったようである。

興味なさげに、DVDを棚に戻そうとした音梨だが、大木の視線が、相変わらずDVDに向けられているのに気づいて、腕を止めた。

半ばまで収めたDVDを再び取り出すと、音梨は、パッケージのタイトルを大木に見せるようにしながら、ぶっきらぼうな口調で大木に問いたずねた。


「なんだったら、一緒に見るか? どうせ、俺も暇していたところだし」

「はぁ。それは願ってもないですけど……どこで見るんですか?」

「そうだな――――俺の家は、すぐそこなんだが、飲み物も菓子の用意も無いからな、どっかで買ってかなきゃいけないが、問題あるか?」

「………いえ」


どちらかというと、寡黙なほうである大木は、音梨の問いに言葉少なく反応すると、そのまま沈黙してしまう。

とはいえ、リアクションをかんがみるに、肯定はしているようである。音梨も、大木の反応をイエスと受け取ったのか、DVDのパッケージを持ったまま、踵を返した。


「いいんだな。それじゃあ行くぞ」

「…………」


さっさと、カウンターのほうへと歩いていく音梨。しばしの間、それを黙って見ていた大木だったが、棚に会ったDVDの箱をひとつ手に取ると、彼の後を追ったのだった。



春先の街中。まだまだ夏は遠く、夕刻の時間には日も暮れ始めて、街道沿いを茜色に染め上げ始めている。

繁華街には、若者達がたむろして、思い思いに時間を過ごしている。繁華街の中ほどにあるコンビニ、そこにいた二人の少女も、待ち合わせまでの時間を潰している最中であった。

コンビニで時間を潰すというより、そのコンビニが集合場所であり、時間よりも早めについてしまったため、手持ち無沙汰な状況になってしまったというのが正しいが。


「みんなは、まだ来ないみたいね」

「だから言っただろ。家から出るのが早すぎだって」


コンビニの中に、食事の出来るスペースのある店舗、コンビニチェーンお勧めの、アップルパイと飲み物に紅茶とコーヒーをそれぞれ注文し、席に着いた二人。

一人は、千恵であり、もうひとりは、ひなであった。ひなの傍らには、手作りのお菓子を積めたバスケットが置かれている。

コンビニの大きなガラス窓から通りの外を見ながら、誰か来ないかなというふうに呟く、ひなの言葉に、呆れたように千恵は応じる。

予定よりも、かなり早めに待合場所に来てしまったことに、不満を述べる千恵に、マイペースな様子で小首をかしげる、ひな。


「だって………みんなに早く、お菓子を届けたかったし」

「どのみち、お土産なんだから、すぐには渡せないだろうに。あせらなくても、懇談会もカラオケも逃げないんだけどな」


呆れた様子で、頬杖を付きながら千恵は、アップルパイを手に持って、一口齧る。店舗ごとの作り置きの菓子の、相応の甘さが彼女の口の中に広まった。

そんな甘さを、目の前にあるコーヒーを嚥下して流していると、コンビニの外に、見知った相手の姿が現れた。


「ああ、来たみたいだな」

「千恵先輩、ちーっす。ひな先輩も、こんにちは!」

「……山幸、少しは声を抑えろ。店員が見ているぞ」


コンビニのドアから入ってきたのは、千恵達の後輩である、鈴原、山幸の二人であった。お店の中に入るなり、元気よく手を上げて挨拶をしてくる山幸。

まだ来ているのが、ひなと千恵だけということもあり、飲食スペースに歩み寄ると、二人は席に座る。

少し脇によけて、後輩の座るスペースを確保しながら、ひなは、隣に座った鈴原に暖かみのある笑顔で質問をした。


「美佐穂ちゃんは、伊万里ちゃんと一緒だったのね。あかねちゃんは、どうしたの?」

「あかねは、後で来るそうです。電話がつながらなかったけど、メールでは返事が来たから、とりあえず、伊万里と待ち合わせ場所に行こうって」

「ま、別に一緒に行こうって決めてたわけじゃないから、いいんすけど。あ、千恵先輩、アップルパイをちょっち、分けてくれませんかね?」


ひなの問いに答える鈴原に、合いの手を打ちながら、もののついでにと、千恵の食べかけのアップルパイを要求する山幸。

後輩の言葉に、食い意地が張っているなと、呆れたような表情をした後で、千恵は少し目を細めながら、口の端をあげて返答をする。


「食い意地の張ったやつだな。別に構わないぞ」

「やりー。いただきまーす」


言うが早いか、食べかけのアップルパイを掴むと、一口で、口の中に入れてしまう山幸。

かなりワイルドな光景だが、旧知の間柄である彼女たちの間では見慣れた光景なのか、特に誰も驚いた様子は見せなかった。

アップルパイを咀嚼する山幸を放っておいて、再び窓の外に視線を向ける千恵。


「他の面子は、まだ来ないか。さすがにそろそろ、待ち合わせの時間に近づいているんだが――――と、うわさをすれば、か」


コンビニの前の通り、車と歩行者が行き交う通りの向こうからは、鈴太が一人で、逆側からは、麗が弥生と一緒に歩いてくるのが見えた。

コンビニの駐車場前で、鉢合わせをした鈴太たちは、顔を合わせて談笑を始める。その様子を見て、千恵はコーヒーのドリンクを手に持ち、席から腰を上げた。


「さて、それじゃあ外に出るぞ。面子も増えてきたし、店の中でたむろするのには、少々、手狭だからな」

「そうですね。行きましょうか」


千恵の言葉に賛同するように、鈴原も席を立つ。飲食用にスペースがしつらえてあるとはいえ、あくまでも、コンビニエンスストアの店舗内である。

大人数が座って、わいわい騒げるだけの空間的余裕は、さすがに用意されてはいないのであった。

外にいる鈴太達と合流しようとする千恵達に、慌てたように声を上げたのは、ひなであった。彼女の手元には、手付かずのアップルパイがあったからである。


「あ、ちょ、ちょっとまって」


わたわたと、片手にアップルパイ、片手に自作のお菓子を入れたバスケットを手に持ち、ひなはコンビニのドアを出て、外にでる。

最後尾に、気を利かせたのか、ひなの紅茶のドリンクを手に持った、山幸が続いた。



「やぁ、ユーレイ。時間前にくるとは、感心だな」

「――――ああ、日傘たちも来てたのか」


コンビニから駐車場に出て、千恵が声をかけると、その声に反応した鈴太が彼女のほうを向き、笑顔を見せ……ほんの少し、怪訝そうな顔で首をかしげた。


「ん? どうしたんだ」

「いや、私服でもジーンズなんだなって。てっきり、スカートでもしてくると思ってたんだけど」

「――――…お前は私に、なにを期待しているんだ」


鈴太の言葉に、呆れたような顔で、彼を見返す千恵。彼女の服装は、ひなの家を訪れた時と同様に、ジーンズを履き、春物のパーカーを、Tシャツの上から羽織っただけである。

どことなく、責めるような不機嫌そうな表情の千恵に、鈴太は、まずいことを聞いたかな、と思いながら、返事をする。


「いや、別に他意はないんだけど、なんとなく」

「…………やれやれ」


鈴太の言葉に、つきあってられん、というふうに、肩をすくめて顔を背ける千恵。

と、そのやり取りを聞いていた麗が、鈴太の袖をくいくいと引っ張って、得意げな様子で、胸を張って彼に聞いてきた。


「ユーレイ先輩、ユーレイ先輩、麗の格好はどうでしょうか? ぜひとも、すばらしい褒め言葉を期待しているのですが」

「ん………? ああ、いいんじゃないか、似合っていると思うし」

「なんだか、普通の感想ですね。どうにも普通すぎて、褒められているか不安になってしまうほどなのですが」

「……じゃあ、なんて答えればいいんだよ」


麗の物言いに、憮然とした表情になる鈴太。そんな鈴太の様子をハラハラとした様子で、傍らの弥生が見つめている。

鈴太と麗のいつも通りのやりとりに、その他の面子は特に注意を向けることもせず、話をしたり、周囲に目を向けたりしていた。


「さて、これで残るのは、音梨と、大木と、鹿島だが――――」


周囲を見回していた、千恵だったが、なにを見つけたのか、そこまで言って、言葉を止めて沈黙をする。

彼女の様子を怪訝に思ったのか、相変わらず、手にアップルパイを持った、ひなが、千恵の見る方向に視線を向けてみる。


「どうしたの、ちえちゃん………あら?」

「あれって、鷹弘先輩と、あかねじゃん。なにやってんだ、あの二人?」


歩道をこちらに向けて歩いてきたのは、音梨と大木の二人である。その様子を見て、山幸が怪訝そうな声を上げたのは、二人が腕を組んで歩いていたからだった。

腕を組んでいるといっても、仲睦まじいカップルか、と聞かれれば、多分、多くの人は、違うんじゃないかと言いそうな様子だったが。

遠目からも、腕を組むというよりは、大木が音梨の腕にしがみついて、音梨は、振りほどくわけにもいかず、困っている様子が分かったからだった。

皆が見守る中、えっちらおっちら、という風に、よたよたとした歩調で、音梨と大木が、待ち合わせ場所のコンビニの駐車場に着いた。

顔を伏せて、音梨の腕にしがみついたままの、大木。口をへの字に結び、不機嫌な表情を隠そうともしない音梨。そんな様子の音梨に、開口一番、千恵が問いを投げつけた。


「いったいこれは…………どういう状況なんだ、馬鹿ひろ」

「――――知るか」


説明するのも面倒だという風に、苦々しげに吐き捨てる音梨。彼の言葉に、ひなと千恵は顔を見合わせる。

どう質問すればよいのかと、皆が戸惑った表情で、音梨と大木に、あるいは、傍にいる誰かに視線を向ける、と、その時である。


「わ!」


いつの間にか、音梨たちの背後に回った鈴原が、両手をメガホンの形にして、大きな声を発したのである。

驚かすために発せられたその声に、如実な反応を示したのは、大木であった。怯えたように、ますます強く、音梨の腕にしがみつく……縋り付くといった方が正しいか。

その様子を見て、驚かした張本人は、なにやら納得した様子で、ああ、と声を上げた。


「その様子だと、あかね、また怖い話でも見たか聞いたかしたんでしょ。怖がりなのに、そういう話が好きなんだから」

「そう予想しつつ、容赦なく驚かすあたり、けっこう美佐穂ってエスだよね……ほら、あかねー、こっちにこい」


苦笑しながら、山幸が両手を広げて呼びかけると、大木は音梨の腕から身を離して、山幸のもとに駆け寄った。

よしよし、もうだいじょうぶだよー、と、両腕で大木を抱きとめて、優しく言う山幸。ようやく開放された音梨は、安堵したようにひとつ息を吐いた。

そんな彼の様子を見て、大変だったみたいだなと声をかけたのは、同じ男性陣の鈴太である。


「おつかれ、なんだか大変だったみたいだな」

「ん………ああ。こうなるって知ってりゃ、ホラーの話なんて見なかったんだがな。それでも、家を出るまでは大丈夫だと思ったんだが」

「家って………音梨の?」

「他にどこがあるんだよ。ホラーだけじゃ怖いからって、その後になんか、恋愛ものも一緒に付き合わされてな。

それで一時は落ち着いたんだが、暗くなってきた外の道のせいで、また怖くなったらしい」


俺としては、一番に疲れたのは、恋愛ものに付き合わされたことだがな。と、仏頂面で音梨は鈴太に言う。

アクションものや、スポーツが好みである音梨にしてみれば、ホラーや恋愛ものは門外漢であり、見てても疲れるだけだったのである。

音梨のその言葉に、鈴原が山幸に抱きとめられている大木に視線を向けたが、特に何を言うわけでもなく、視線を彷徨わせるにとどめていた。

鈴原の視線の先では、時間の確認のためか、千恵が携帯電話をジーンズのポケットから取り出して、蓋を一瞬だけ開けると、パチンと折りたたみ式の携帯を閉じた。


「さて、そろそろ待ち合わせの時間だが……来ていないのは鹿島だけか」

「K子とは連絡がとれなかったですけど、何してるんですかねぇ」


千恵の言葉に、麗が隣にいた弥生と目を合わせながら、そんなことを言う。ここに来る前に、携帯電話で連絡をいれたものの、留守電になっていたのだった。

麗の言葉に、ほんの少し気がかりな様子を見せたのは山幸だった。抱きとめていた大木の頭を、ぐりぐりと撫でながら、んー、と心配そうに首をかしげる。


「約束を、すっぽかすような性格じゃないんだけどなぁ、なにしてんだろ、桂子は」

「伊万里ちゃん、痛い」

「………あ、ごめんごめん」


力加減を間違えていたのか、小さく痛そうな声を上げる大木の言葉に、頭においていた手をぱっと離す、山幸。

そんなやりとりの傍で、上級生の二人、ひなと千恵が、どうしたものかといった表情で、互いの顔を見合わせている。


「さて、どうしたものかな。時間になっても連絡付かないし、いつまでも待ち続けるというわけにもいかないし……カラオケに移動してしまおうか?」

「え、だ、だめよ。そんなの、かわいそうじゃない」

「そうは言ってもな………もう、待ち合わせの時間を5分近く過ぎているぞ。これ以上、待っているのも他の部員に悪いだろ」


再び携帯電話を開きながら、時刻を確認しての千恵の言葉に、でも、と、ひなは困った表情をする。

置いてけぼりは、可哀想と言ったものの、ひなとしても、来るという保証もないまま……このまま、桂子を待ち続けるかどうか、決めあぐねているようであった。

そんなやりとりをしていた二人の話に、一人の男子生徒が手を挙げたのは、その時だった。温厚な顔立ちの男子生徒、鈴太である。


「じゃあ、俺が残るよ。日傘は皆を連れて、先にカラオケに行っててくれればいい。鹿島さんが来たら、合流するから」

「ユーレイが? まぁ、そうしてくれれば有難いが、いつ来るか分からないし、どのくらい待つか分からないが、構わないのか?」


鈴太の申し出に、千恵は、確認するように聞く。その質問に、鈴太はなんでもないという風に笑って応じた。


「ああ、別に待つのは慣れているから、大丈夫だよ。一応、定期的に携帯で連絡を入れるつもりだし」

「――――そうか。もし、鹿島が直接こっちに合流したら、すぐにそっちに連絡を入れるからな」

「了解」


千恵の言葉に、鈴太は軽く手を挙げながら、了解の返事をする。

そうして、鈴太がコンビニ前に残ることになり、それじゃあ、行こうかと、千恵が皆に声をかけようとしたときである。

軽い足音とともに、一人の少女がコンビニ前の駐車場に走ってきたのであった。

休日だというのに、制服に身を包み、肩からスポーツバッグを提げた格好で、息を切らして走ってきたのは、桂子だった。


「す、すみません、遅くなりました」

「遅いよ、桂子ー。何してたのさ?」


割りと親しい間柄の山幸が、そんな風に聞くと、桂子は、荒れた息を整えるように、大きく息をつきながら、その質問に答えることになった。


「ちょっと、いろいろな部活の練習に付き合ってて………なるべく、遅刻しないようにって思ってたんだけど」

「――――なるほど、だから制服なわけか」


山幸と話していた、そんな桂子の言葉を聞いて、ぼそりと、納得したように声を上げたのは、音梨だった。その言葉に、はっ、と、桂子は周りの皆を見る。

連休中ということもあり、あつまった皆の格好は、当然ながら私服であった。制服姿の桂子は浮いているといえば、浮いているといった状況であった。

自分の格好が、場違いだと思ったのか、桂子は慌てた様子で、半泣きのような表情になってしまった。


「す、すみません。本当なら、家に帰って着替えてくるべきだったのに……ああ、でも、今から家まで行ったら、また皆に迷惑が………」

「――――ふむ、鹿島の家は、ここから近いのか?」


桂子の言葉を聞いて、ほんの少し考えるそぶりを見せた千恵が、桂子に質問する。唐突な問いに、桂子は慌てた様子ながら、すぐに返答をした。


「は、はい。走っていけば、五分くらいで着きますけど」

「………そうか、なら、帰って着替えて来い。ユーレイ、少々、予定を変更だ。お前は、鹿島の家に一緒についてって、エスコートしてやれ。

 私達は、当初の予定通り、先にカラオケに行っているからな」

「了解」


さっきの話………この場で待っているといった話の続きかと、特に嫌がるそぶりを見せることもなく、千恵の言葉に頷く、鈴太。

驚いたのは、むしろ、桂子のほうであった。申し訳が立たないといった様子で、慌てた表情の桂子は、ぶんぶんと、首を振る。


「そ、そんな、悪いですよ! それでしたら、私が直接、カラオケボックスに行きますから」

「いいから、エスコートを受けておけ。いい加減、周りも暗くなってきたし、夜道に女子を一人でいさせるより、誰かがいたほうがいいだろう。

 合流するときも、連絡がつけやすいだろうからな」


そんな桂子に、ぴしゃりと、有無を言わさぬ口調で、千恵は言う。議論の余地はないという風に、それだけ言うと、千恵は踵を返して、居並ぶ部員達に声をかけた。


「よし、移動するぞ。鹿島はユーレイと一緒に、後から合流するそうだ」


その言葉に従うように、ぞろぞろと、移動を始める部員達。音梨が先頭を歩き、ひな、麗と弥生、鈴原に山幸に大木、最後に千恵が続いた。


「桂子、先に行ってるからなー」

「K子、早く来るですよ」


山幸や麗が、その場を去る前に、桂子に声をかける。そうして、皆がさっていってから、コンビニ前の駐車場に残ったのは、鈴太と桂子だけであった。


「じゃあ、いくとしようか」

「は、はいっ」


鈴太が声をかけると、桂子は気負った様子で返事をすると、鈴太の表情を伺うように、じっと顔を見つめる。その視線に気が付いたのか、鈴太も桂子を見つめ返した。

そうして、十数秒、見つめ合ってからである。鈴太は、どこか困ったような様子で、苦笑しながら、桂子に言葉を投げかけた。


「いや、先に歩いてくれないと、俺は鹿島さんの家を知らないからさ」

「あ、す、すみませんっ……」


鈴太の言葉に、ようやくそのことに気が付いたのか、桂子は真っ赤になりながら、うつむくことになったのであった。



コンビニから、徒歩で移動して、十分足らずの所に、桂子の家が建っていた。木造、二階建ての住宅で、小さな庭付きの邸宅である。

既に、家族が帰っているのか、鈴太と桂子が家の前に着いたときは、家の窓には明かりがともっていた。

着替えるまで、家の中で待っていて欲しいと桂子は申し出たが、鈴太はそれを丁重に断って、外で待つことにした。

下級生の女子の家に、家族がいる状況で、あがり込むのも何となく気が引けたし、春先の夜、夜空は晴れており、外で待つのもそれほど苦にはならないと判断したからだった。


そうして、桂子が急いだ様子で家の中に入ってから、十分ほど経過してのことである。おずおずといった様子で、玄関口のドアが開かれて、桂子が姿を見せた。


「お、お待たせしました……」

「ああ、そんなに待ってないけど………って」


私服姿に着替えた桂子は、春物のシャツにチェックのスカート、手提げのポシェットを提げ、ふわふわとした髪は、ヘアピンで一部をまとめていた。

短時間で、女性は化けるというか――――薄く、化粧もしているようで、思わず鈴太は、桂子の姿をまじまじと見つめてしまっていた。


「その――――…や、やっぱり、どこか変でしょうか? お姉ちゃんに捕まっちゃって、無理やり、こんな風にさせられたんですけど」

「あー……いや、似合ってるよ」


落ちつかなげな様子の桂子だったが、鈴太が肯定的な意見を述べたのに気を良くしたのか、いささかホッとした様子で、嬉しそうな顔をする。


「ほ、本当ですか?」

「うん、可愛いと思うし、ちょっと見とれちゃったしな」

「………かわ、っ」


ただ、手放しに褒められたのは流石に恥ずかしかったのか、鈴太の次の言葉に、真っ赤になって固まってしまったのだが。

そんな桂子の様子を、どこか微笑ましげに見つめた後で、鈴太は改めて、桂子に声をかけた。


「さて、それじゃあ行くとしようか」

「あ、は、はいっ、急ぎましょう!」

「いや、そんなに慌てなくてもいいよ。せっかく、おしゃれをしたんだし、ゆっくり歩いていこう」


急ぎ足で歩き出そうとする桂子に、鈴太は落ち着くようにと声をかけてから、文字通り、ゆっくりとした歩調で歩き出した。

ほうっておいたら、駆け出しかねない様子の桂子だったが、鈴太を置いていくわけにも行かず、歩調を緩めると、二人並んで、夜の通りを歩き出した。

しばらくして、黙って歩くのも退屈だと思ったのか、並んで歩く桂子に、鈴太は話を振る。


「そういえば、今日も部活だったんだよね。随分、遅くまで練習していたみたいだけど、今日は、どこの部活に参加していたんだい?」

「ええと、陸上部と剣道部の練習に参加して、夕方までは、ラクロスの練習に参加していたんです。どこも、みんな熱心で、ついつい、熱中してしまいました」

「それで、遅刻しそうになったわけか。しかし、そうやって打ち込めるものがあるのは、羨ましいな。俺は、あまりそういうのに縁がないから」


鈴太はそういうと、夜空を見上げる。雲のない星空は、宝石を散りばめたかのような、輝きの帳が広がっていて、街の明かりに負けない輝きを放っていた。

そんな夜景の中を二人で歩きながら、桂子は、隣を歩く、部活の先輩の顔を伺い見る。温厚な顔に、何かを思うのか、澄んだ瞳で夜空を見上げながら、歩を進めていた。


「勇先輩は、どうなんですか?」

「ん?」

「その、打ち込めるもの、というか、やりたいこと、というか」


どういったらいいんだろう、と、思いながら、曖昧な質問を鈴太に投げかける、桂子。

そんな彼女の質問の意図は、大体は把握できたのか、鈴太は、隣を歩く桂子に顔を向けながら、どこか苦笑めいた表情と、口調で返答をした。


「そうだな………そういうのを見つけれたら良いとは思うんだけど、いざ探すとなると、難しいものだよな。

 これまでの人生で、どうしても、やりたい事ってのは無かったわけだし」

「はぁ」


鈴太の答えがいま一つ分からなかったのか、生返事を返す桂子。もっとも、彼女自身、曖昧な質問をしていたため、明確な返答は期待していなかったのであるが。

しばしの間、会話が途切れる。目的のカラオケボックスまでは、まだ距離があったため、鈴太は微妙な空気を変えるためか、殊更に別の話題を桂子に振ることにしたようだった。


「そういえば、カラオケだけど、鹿島さんは、どんな曲を歌うつもりなんだ?」

「え、わ、私ですか? そんなに上手じゃないし、できれば、みんなの歌を聴いていたいんですけど」

「それは、どうだろうな。なんだかんだでノリの良い連中だし、一人一曲は、必ず歌えって言われるんじゃないかな」

「ぁ――――…確かに、ありそうですね」


お祭り騒ぎが大好きな、山幸を筆頭に、悪乗りが好きそうな面子を思い出したのか、桂子は苦笑を浮かべる。


「まぁ、そうなったら、覚悟するしかないだろうな。もし、デュエット曲とか歌うなら、付き合うことも出来るだろうけど」

「勇先輩と、一緒に、ですか?」

「ああ。といっても、俺自身、あまりレパートリーは多くないんだけど……っと」


桂子と話していた鈴太が、そういいながら、言葉を止めて、懐のポケットに手を当てる。マナーモードにしていた携帯が震えたのに気が付いたからである。

取り出した携帯を見ると、着信を示す表示が出ていた、鈴太は、携帯の蓋を開けると、通話をするために携帯を耳元に持っていった。


「はい、もしもし」

『ユーレイ先輩、遅いですよ。何をしているんですか? 麗は待ちくたびれてしまったのですが』


と、携帯のスピーカーから聞こえてきたのは、小生意気な口調の可愛らしい声であった。

下級生からの電話に、鈴太は桂子と並んで歩くことを止めないまま、受話器の向こうにいる少女に返事をする。


「今、そっちに向かっているところだよ。そっちは、もうカラオケを始めているんだろ?」

『ええ。主に張り切っているのは、千恵先輩と、他何名かですが。麗は、小休止のために部屋の外にいるところです』

「そうか。こっちはあと十分もあれば付くと思うから、日傘たちには心配しないようにと伝えてくれ」

『了解です。それでは、そろそろ麗の選択した曲の番になると思うので、失礼しますね』


と、そういって、麗からの電話はぷつりと切れた。相変わらず、マイペースだなと思った鈴太は、携帯を閉じながら、傍らの桂子に目線を向けた。


「麗からだったよ、とりあえず、あっちはあっちで、適当に盛り上がっているみたいだ」

「そうですか………あの、勇先輩は、麗さんと番号の交換をしてたんですか?」

「ん? ああ。番号を知ってた方が、何かと便利だろうって。半ば強引にね。おかげで、今みたいに連絡がつけれたわけなんだけど」

「なるほど……」


桂子の言葉に、なんとなく、手で携帯を弄びながら、そんなことをいう鈴太。桂子はというと、その言葉に感心したように、首を縦に動かしたのだった。

そうして、しばらくの間、考え込むように歩いたあとで、不意に、桂子は足を止めると……意を決したかのように、鈴太に声をかけた。


「……あの、勇先輩」

「ん?」

「その、できれば、なんですけど、私も、先輩の番号を知りたいなあって――――あ、もちろん、ご迷惑で、なければですけど」


声をかけられ振り向く鈴太に、遠慮がちに、そんなことをいいながら、やっぱり迷惑ですよねと、両手を動かしながら、鈴太を見る桂子。

そんな桂子の様子を見ていた鈴太は、数秒の間をおいて、笑顔を浮かべた。同じ後輩でも、随分と違うものだなと思ったらしい。


「鹿島さんの、携帯番号は?」

「え?」

「こっちも登録するから、教えてよ。持ちつ持たれつってことで」

「ぁ――――は、はいっ」


鈴太の言葉に、桂子は慌てた様子で、手提げのポシェットから、携帯電話を取り出す。

カラオケボックスまでの道のり、しばしの間、歩を止めた二人の間で、電話番号の交換が行われた。


「よし、これでいいか。こっちは登録できたけど、鹿島さんのほうは?」

「はい、私も大丈夫です…………」

「ん? どうかしたの?」


携帯に、鈴太のアドレスを登録した桂子が、はにかんだ様子で物言いたげな表情をしたのが気になり、何とはなしに聞いた鈴太。

そんな彼の目の前で、下級生の少女は、携帯を大切そうに持ちながら、どこか照れたように、微笑を見せた。


「その、男の人と、こうやって番号交換するの、初めてでしたから」

「―――ー……そうか」


さすがに、気の利いた言葉がとっさに出てこず、鈴太はそっけない返答をするだけだった。

なんとなく、そのままでいたら妙な空気になりそうだと察したのか、鈴太は踵を返すと、気を取り直すかのように、桂子に声をかける。


「それじゃあ、いこうか」

「は、はいっ」


そうして、二人並んで、カラオケボックスまでの道を歩く、鈴太と桂子。

なんとなく、話を切りだす切っ掛けが見つからず、カラオケボックスに到着するまでの間、二人の間に言葉が交わされることはなかった。

とはいえ、そこに気まずさはなく、どこか心地の良い空気が、夜道を歩く両者の間に流れていたのであった。


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