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新入生の勧誘期間である、4月も終盤に差し掛かり、ほとんどの生徒は、自分の所属する部活を決定していた。

自分の心に決めていた部活に入った者、勧誘されて、入る部活を決めた者、また、中には帰宅部を決め込んでいるものもいるようだった。

もちろん、中には例外もいて、いまだに入る部活を決めかねている生徒もいるようであったが――――。


「えー、桂子(けいこ)、まだ入る部活を決めてないの?」

「うん、まぁ………どの部活にしようか、迷ってて」


朝の1年生の教室。クラスメートである山幸(やまさち)という少女の言葉に、鹿島桂子(かしま けいこ)は、困ったように微笑みながら、両手を組み合わせる。

肩に届くくらいの天然のパーマのかかった髪の一房を頭の横で束ね、他はふわりと広げるような髪型の、どことなく座敷犬を連想させるような少女である。

そこまで飛びぬけた美貌というわけではない、彼女の特徴といえば、外見よりも、むしろその身体能力にあっただろうか。


「そういえば、桂子って、あちこちから誘われてたよね。陸上、水泳に、バスケに、剣道……あと、なんかあったっけ」

「他にも、ソフトとか、ラクロスとか、いろいろかな……昨日は、陸上部の佐久間先輩に誘われて」

「あー、あのポニーテールの……で、なんて返事したの?」

「うん、もう少し考えさせてほしいって、伝えたけど」


桂子の言葉に、はあ、と山幸は呆れたように肩をすくめる。クラスメートの少女の優柔不断(ゆうじゅうふだん)っぷりに、呆れているようだった。


「桂子………あんた優柔不断すぎ。そんなに悩むもんでもないし、ちゃっちゃと決めちゃえば良いのにさ」

「でも、入部するからには、その部活で頑張らなきゃいけないと思うけど」

「あんたが真面目すぎんのよ。アタシなんて、先輩に誘われたから、即オッケーで、入部したぐらいなんだよ」

「………」


山幸の言葉に、考え込むように、桂子は眉根を寄せて沈黙してしまう。友人の言葉に、悩みこんでしまったようである。

生真面目な気性の友人の様子に、呆れた様子で山幸は彼女を見つめてため息をつく。

スポーツ万能の少女、鹿島桂子。未だに入る部活を決めかねている少女は、その日も、どうしたものかと悩みは尽きない様子であった。



「さて、一通り部員も揃った事だし、これからの文芸部の活動について話しておかないといけないんだが」


その日の放課後、随分と部員も増えた文芸部室で、全員がそろったのを見計らって、千恵がそんなことを言い出した。

千恵の言葉に、各々が彼女のほうに視線を向ける。もっとも、一部ネット活動に興じている1年生(文月 麗)だけは、あまり気にしていないように、パソコンに集中していたが。


「文芸部の活動か………そういえば、去年は、どんな活動をしてたんだ?」

「いい質問だな、ユーレイ。さすが1年間、幽霊部員で通していただけはある」

「――――皮肉をいうなよ。で、実際のところ、どんなことをしてたんだ?」


からかうような千恵の言葉に、悪意がないのを感じたが、さすがにムッとした表情をしながら、鈴太は千恵に重ねて問いかける。

千恵は、考えをまとめるかのように、あらぬ方を向きながら、片手を頭に当てつつ、形の良い唇を動かして返答する。


「そうだな。去年は月ごとに文芸部で雑誌を発刊していたな。確か、図書館にバックナンバーが寄贈されていたと思う。まぁ、昨年は大所帯だったからな」

「雑誌作り、ですか?」

「ああ。基本的には、文芸部の名のとおり、コラムやらなにやら、文章主体の雑誌であったけどな」


小首をかしげる、1年生の鈴原。そんな彼女に視線を向けながら、千恵は補足するように言葉を続けている。


「まあ、今年は去年の半分も部員がいないし、そんなに頻繁(ひんぱん)に雑誌を作る必要もないだろう。せいぜい、季刊誌(きかんし)を作るのが、せいぜいといったところだな」

「季刊誌って、季節ごとに発刊する雑誌ってことですか?」

「そうだ。春先と、夏休み前後、あと、秋の文化祭に、冬休み前後、季節ごとに雑誌を作ることは、文芸部の活動としては毎年の恒例らしい」

「……なんか、大変そう」


鈴原と、千恵のやり取りを聞いていた大木が、お茶の湯飲みに視線を落としながら、ポツリと呟きをもらす。その呟きは、部室内の多くの部員の気持ちを代弁したものだっただろう。

じっさい、雑誌を作れ、さあ作れといわれても、どうやって作ればいいか、どうしたらよいか、どこから手をつけて良いか、とうてい見当も付きそうになかったからだ。


「まあ、春先といっても、〆切は6月くらいまでは引き伸ばせるだろうし、それまでに何とかノウハウを掴むとしよう。

 いざとなったら、3年の先輩方にコツを習いにいく必要もあるかもしれないがな」

「3年か…………俺は、あいつらは苦手なんだがな」

「もう、鷹くんったら」


千恵の言葉を聞き、ポツリと渋面で呟く音梨。女性だらけの3年の先輩を思い出して、げんなりとしている様子である。

そんな彼の様子を見て、困ったように小首をかしげる、ひな。彼女自身は、3年生の先輩達を純粋に慕っており、友達である音梨も、そうあって欲しいと思っているようであった。


(3年の、先輩か)


そんなやり取りを耳にしながら、ふと、鈴太は自分の唯一知っている、3年生の先輩を思い浮かべた。

彼が知っているのは、文芸部の去年の部長であり、どこまでも奔放(ほんぽう)で、とことん明るい笑顔の似合う、ブレーキの壊れたF1のような人であった。


「――――ぁの、どぅかしましたか? ゅーれぃ先輩」

「…………ん、いや、なんでもないよ、(おしどり)さん」


そんな風に、考えに浸っていると、隣の席でお茶を飲んでいた弥生(やよい)に、怪訝そうな顔をされてしまい、鈴太は思考を現実に引き戻した。

鈴太のそんな様子を、ほんの少し怪訝そうな顔で見ていた弥生だが、重ねて聞くほどには、積極的にはなれないようである。

ただ、横目で、ちらちらと、鈴太の様子を伺っているのであった。鈴太はというと、その視線に気づくこともなく、千恵のほうに視線を向けていたのだったが。


「さて、今後の当面の目標は、各々が、どんなことを文章で表現するかだな。まぁ、絵が得意なやつは、押絵とか4コマ漫画とかでもよいかもしれないな。

 もちろん、あくまでも主役は文章だから、小説なり、コラムなりを書いてくれたほうが有難いわけだが」

「しつもーん、千恵先輩は、なにを書くつもりなんですか?」


と、千恵に手を上げて質問を投げかけたのは、1年生の山幸である。ほとんどの部員が普通に椅子に座っている中で、背もたれを前にまわし、それに寄りかかるように座っている。

彼女の問いに、千恵は、淡々とした表情――――ありていに言えば、真顔で返答をした。


「私か? 私は去年から続けている、郷土に関する研究の発表を書くつもりだが――――って、何だお前ら、その顔は」

「な、なんか、えらく真面目な内容っすね」


千恵の言葉に、後輩の1年生達は一様に驚いたような表情を浮かべている。驚いたのは鈴太も一緒であり、てっきり、適当なレポートでもやるものだと思っていたのである。

驚いていないのは、知恵の友人である音梨と、ひなだけであり、我が事のように誇らしげに、ひなは千恵を見つめながら嬉しそうに微笑を見せる。


「ちえちゃんは、1年の頃から、先輩に混じって雑誌作りをしてたからね。先輩達も、ちえちゃんの書いた文章を、よく褒めていたわ」

「へぇ、そうなのか。日傘って凄いんだな」

「――――別に、そうでもないさ」


感心したような鈴太の言葉に、彼から視線をそらしながら、千恵はそっけなく言う。

とはいえ、ひなや鈴太に褒められるは悪い気はしないのか、頬がわずかに、上気しているようだったが。

そんな彼女の様子に、鈴原や大木、山幸といった彼女の中学時代の後輩は、目配せをしながら、こっそりと微笑んでいた。明らかに、照れてるな、と、思っているようである。

ただ、そんな千恵をからかって遊ぼうという、くそ度胸は、持ち合わせていないようで、内心で思うに止めていたようであったが。


「ともかく、私の方は、書くことは決まっている。他の面々も、なるべく早いうちに、書きたいことを決めておいてくれ」

「そうね、私は……お料理のレシピとか、料理方法とかを書くことにしようかしら?」


千恵の言葉に、頬に手を当てながら、ひなが早速、そんなことを口にする。彼女の言葉に釣られるように、他の面子も思い思いに書きたいことを口にしだした。


「じゃあ、あたしはー、近くの美味い店特集!」

「………四ツ谷(よつや)怪談、みたいなもの」


山幸と大木が、はしゃいだ様子で、自分の書きたいものを口にする。

友人達の言葉を聞きながら、鈴原は楽しそうに微笑み、考えに浸るように、わずかに顎をあげて宙を見ながら、思ったことを口の端に乗せる。


「私は、何かのコラムにしようかな、あ、でも、何か物語を書くのも面白そう」

「ちょっとちょっと、物語は(うらら)の役割ですよ! 大長編活劇浪漫譚ウルトラスーパーグレートなネタが、麗の脳裏には溜め込まれているのですから!」


と、それまで話に加わらず、ネットに興じていたかに見えた麗が、鈴原の言葉に、あわてたように口を挟んできた。

われ関せず、といった態度を見せていたものの、しっかりと話に耳を傾けていたようである。

そんな彼女達を横目で見ながら、音梨は手に持った湯飲みを一気にあおり、ひなの淹れたお茶を美味そうに飲み干した後で、満足げな息とともに言葉を発した。


「俺は、格闘技でなんか適当に書くとするか。ユーレイ、お前はどうすんだ?」

「そうだな、俺は、どうするかな――――」


音梨に話を向けられた鈴太は、難しい顔で考え込む。彼自身は、今のところ、書きたいと思うことがなかったのである。

そんな彼を、心配そうに見つめてくる弥生。そんな彼女の視線に鈴太は気づくことなく、しばらくの間、考え込んでいたが………、

結局、その日のうちに、自分の書きたいことを決めることが、鈴太には出来なかったのであった。



「ねえ、鹿島さん。決めてくれたかしら、女子ソフト部には、あなたの存在が必要なの!」


その日の休み時間、授業の合間のわずかの間にも、勧誘の手というのは緩むものではないようである。

廊下に呼び出された桂子は、女子ソフト部の先輩からの熱烈なラブコールに、困惑したような顔を見せていた。


「あなたの実力なら、すぐにレギュラーの座を取れるわ。私が保証する! 一緒に、青春の汗を流しましょう!」

「ええと、その……次の授業の準備もあるから、失礼します!」

「あ、鹿島さん、まって!」


ぺこり、と一礼をして、自分の教室に避難するように小走りに入っていく桂子。

女子ソフトの先輩は、あわてたように手を伸ばすが、そんな彼女を止めるように、授業の予鈴が鳴り始めたのだった。


「ふぅ………」

「何? また勧誘を受けてんの? 桂子も大変だね」


自分の席に座り、脱力したように溜息をつく桂子。そんな彼女を見て、隣の席の山幸が、おかしそうな様子で、カラカラとした笑顔を向けてくる。

そんな御気楽(おきらく)そうな彼女に横目を向けながら、桂子は頬杖を付きながら、不機嫌の三歩手前といった顔で、彼女に返事を投げかける。


「そう思うなら、代わってくれないかしら?」

「やなこった。そもそも、未だに部活を決めてない、桂子が悪いのよ。どっかの部活に所属すれば、他の面子もあきらめるだろうしさ」

「それは、そうかもしれないけど……」


席が隣同士ということもあり……この一月足らずで、すっかり親しくなったクラスメートの友人、山幸の言葉に、桂子は拗ねたような表情になる。

本人にしてみても、ここ最近の勧誘ばかりの毎日は、心身ともに負担になっており、決して愉快な状況ではなかった。

そんな彼女の心情を察してか、両手を後頭部に当てて、身をわずかにそらしながら、山幸はしみじみとした口調で呟きを発した。


「ま、だからって、簡単に決めることも出来ないか。真面目だもんね、桂子は」

「…………」


その言葉に、桂子は返答しない。ただ、沈黙しか出来ないのは、未だに入る部活を決めかねている、桂子の心情を雄弁に語っていたのだったが。



「でも、まぁ、実際、こういう状況になると、困るっちゃあ、こまるよね。いまさら、どこの部活を選んでも、角が立つだろうし」


その日の昼休み。教室で食べるのもなんだし、どっか外で食べようと、山幸に誘われて、桂子は彼女とともに廊下を歩いていた。

廊下には、学食や購買に向かおうとする生徒や、二人と同じように、どこか外で食事をしようと決めた生徒達が姿を見せていて、思い思いの方向に歩を進めている。

そんな生徒達の流れに沿って歩きながら、山幸は隣を歩いている桂子に、そんな風に声をかけた。山幸の言葉に、桂子は困ったように首を縦に振る。


「なんだか、最近、勧誘してくる先輩達が、ちょっと怖くて」

「ま、勧誘も大詰め、千秋楽(せんしゅうらく)って感じだしね。部員が余ってしょうがないとこ以外は、できるだけ新入部員を確保しときたいって所なんだろうけど」

「――――……」

「おまけに、まだ部活を決めてない1年の中に、将来有望なのがいるとなりゃ、熱の入り方も違うってもんでしょ。聞いたよ、新入生の体験入部の時、大暴れしたんだって?」

「お、大暴れって、そんな事してないよ。ただ、真面目にやっただけで」


からかうような山幸の言葉に、桂子は、とんでもない、といった顔で、手をぶんぶんと真横に振る。

いや、その真面目にやった結果が問題なんだろうけどなー、と、恐縮した様子の桂子を見ながら、山幸は内心で苦笑を浮かべた。

陸上、剣道、ソフトにバスケ、ラクロスなどなど、他の1年の生徒どころか、現役の2、3年も驚かせるほどの身体能力を見せた少女は、その自覚がまるでないらしい。

弱小の運動部にしてみれば、喉から手が出るほどに欲しい人材のうわさを、山幸が耳にするのが遅くなったのは、彼女自身は文芸部であり、その手のうわさに無頓着だったからだが。

とはいえ、広まる噂というのは、いやおうにも耳に入っており、ヒートアップしているように見える、桂子の周辺の様子に、山幸も多少は心配になってきたようである。


「ま、なんにせよ、教室からは出ておいて正解っしょ。また、勧誘の先輩達がひっきりなしに――――っと」

「あれ? どうしたの、伊万里ちゃ……」

「しっ、桂子、こっち」


怪訝そうに声を上げようとする桂子の口を塞ぎながら、廊下の曲がり角を横に折れる山幸。廊下の向こうには、上級生の女生徒の姿が見えた。


「あれって、陸上部の先輩でしょ? たしか、あの人も桂子にコナかけてた一人だよね」

「………う、うん」

「やれやれ、まいったなぁ。こんなんじゃ……うかつに、うろつくわけにもいかないじゃん」

「ごめんね、伊万里ちゃん、私のせいで」

「や、桂子が悪いわけじゃないよ。しかし、どーすっかなぁ…………あ、そうだ」


と、なにやらいい案でも思いついたのか、山幸はポンと手をひとつ打ち、顔を輝かせる。

怪訝そうな顔をする、桂子の手をとると、ひとまず退散とばかりに、その場から離れることにしたのだった。



「とりあえず、昼休みの間は、アタシんとこの部室に避難するとしようか」

「伊万里ちゃんのところって………確か、文芸部だったよね?」


昼休みの廊下、先ほどの場所から少し離れたところを並んで歩きながら、桂子は隣を歩く山幸に質問をする。

桂子の言葉に、山幸は、白い歯を出して笑顔を見せながら、歩調を緩めることもなく、肯定の返事を彼女に返した。


「そだよ。ま、文芸部っていっても、ぜんぜんそんな感じじゃないんだけど――――お?」

「………? どうしたの?」


間延びした言葉が、そのまま疑問符に変わり、山幸は唐突に足を止めた。数歩先を進んだ桂子が、どうしたんだろうと、振り向きながら山幸を見る。

山幸の視線は、はるか前のほう、廊下の壁にしつらえてある掲示板の前にいた、男子生徒に向けられていた。


「ユーレイ先輩、ちーっす!」

「ん……? ああ、山幸さんか、こんにちは」


掲示板の前にいたのは、鈴太であった。声をかけられた鈴太は、山幸のほうに向くと、温厚そうな笑顔を向ける。その手には、ビラの束が抱えられていた。

鈴太の抱えているビラを見て、山幸は感心したような顔をしながら、鈴太に歩み寄る。つられるように、桂子も鈴太のほうに歩み寄った。


「そのビラって…………まだ勧誘活動をしてるんすか? 熱心ですね、ユーレイ先輩も」

「いや、そうじゃないよ。あまったビラを、掲示板に貼っているだけさ。

 勧誘活動は、もういいって日傘に言われてるけど、まぁ、せっかくのビラを使わないのも、もったいないと思ってね」

「ふーん………あ、そうだ。ユーレイ先輩、あたし達、これから部室に行こうと思ってるんすけど、鍵って開いてますかね?」

「そうだな、この時間なら春野さんが先に部室に行っていると思うけど――――」


そこまでいって、鈴太は山幸の隣にいた桂子に、視線を向けた。上級生の先輩に見つめられ、恐縮したように顔をうつむかせる桂子。

そんな彼女の様子をどう受け取ったのか、鈴太は、山幸に顔を向けなおすと、温厚な表情をしながら、言葉を続けた。


「じゃあ、俺も一緒に部室に行くよ。どの道、ビラを返さなきゃいけないし、もし鍵が閉まってたら、春野さんと同じクラスの俺のほうが、鍵を受け取りに行きやすいだろうしな」

「ありがとう、ユーレイ先輩。ほら、いくよ、桂子」

「あ………うん」


先導するように、廊下を歩き出した山幸。その後を追うように、あわてた様子で桂子が続く。

鈴太はというと、ビラを抱えたまま、二人の後ろを追いつかず、離れずといったペースで、後についていったのであった。




昼休みの最中、廊下で鈴太と一緒になった山幸は、友人である桂子を連れて、文芸部室の扉の前に立った。

木造のドアの前に立った山幸は、ついてきた桂子に、どことなく誇らしげな口調で、胸を張りつつ言う。


「ここだよ、文芸部っ」

「へぇ………ここが、そうなんだ」


山幸の言葉にどことなく、歓声に近い声を上げながら、桂子は文芸部室のドアに視線を向ける。

友人の所属している部活がどんなものか、興味が出ているようであった。そんな彼女の目の前で、山幸は無造作にドアノブに手を伸ばした。


「さて、誰かいるかなー?」


ノックをする気はなかったのか、ドアノブに手をかけて、そのままひねる山幸。鍵はかかっていないのか、ドアはあっさりと開いた。

そのまま、開け放ったドアから山幸が部室内に足を踏み入れると、部室内にいた部員達の視線が、入ってきた山幸に向けられた。

そのうちの一人。今日も、お盆を手に持ち、皆にお茶を淹れて回っていた、ひなが、山幸に朗らかな様子で笑顔を向けてきた。


「あら、伊万里ちゃん、いらっしゃい」

「ちーす、ひな先輩。お邪魔しますよ………鷹弘先輩は?」


片手を挙げて挨拶しながら、山幸は室内を見渡す。さすがに、放課後とは違い、全員勢ぞろいという訳でもなく、部室には、ひなと千恵、麗がいるだけであった。

山幸の言葉に、ひなは、思い出すかのように、首をかしげながら、目を瞬きさせる。


「鷹くんは、クラスメートとサッカーをするって言ってたわ。今は、校庭にいるんじゃないかしら」

「ま、あいつは身体を動かすのが大好きだからな。たまには、ひなから離れて遊ぶのもありだろう……いつも、ひなにベッタリなのも、どうかと思うしな」


ひなの言葉を聞いた千恵が、手に持って読んでいた本から顔を上げて、そんなことを言う。ちなみに、本のタイトルは「自分を知る百の方法」である。

そんな千恵の言葉を聞き、山幸は、がっかりといった様子を見せた。片手を頭の上に乗せながら、唇を尖らせる。


「ちぇ、鷹弘先輩、いないのかぁ……せっかく、構ってもらおうと思ったのに」

「ま、たまには、そういうこともあるだろう。そう拗ねた顔をするな、山幸。それはそうと、後ろの女子は? 入部希望か何かか?」


と、山幸の後ろにいた桂子に視線を向けて、千恵はそんなことを聞く。部員の女子が、見知らぬ生徒を連れてくれば、そういう反応をするのは当然といえた。

ただ、ここ最近、露骨な勧誘攻勢にあっていた桂子は、思わず、大きな声で拒絶の返事をしてしまったのだった。


「あ、いえ、私は入部とか、しませんから!」

「………は?」


きっぱりと、桂子に言われた千恵はというと、どういうリアクションをとるべきなのか分からず、彼女にしては珍しく、呆けたような表情になった。

そんな桂子の様子を、しょうがないな、というふうに見つめた後で、山幸がフォローをするように、笑顔を見せながら、千恵に話しかけた。


「アタシが誘ったんですよ。昼めしを食べる場所で、いい所がなかなか見つからないから、くつろげる部室で食わないかって、別にここで食べても構わないでしょ?」

「ん、ああ………それは別に構わないが」

「だってさ。ほら、桂子、こっちに座りなよ。ひな先輩、お茶二人分、お願いしますねー」

「…………その、失礼します」


マイペースに、席を確保して桂子を手招きする山幸。桂子は、ひとこと言って頭を下げてから、山幸の隣の椅子に腰を下ろした。

千恵は、それ以上は関与する気もないのか、ちらりと桂子を一瞥した後で、持っていた本に視線を戻した。

話がひと段落したのを見計らうかのように、少し遅れて鈴太が部室に入ってきたのは、その時だった。


「あ、ユーレイくん、おかえりなさい」

「ただ今、もどりました。とりあえず、掲示板にビラを貼りなおしてきましたよ、春野さん」

「お疲れさま。いま、お茶を淹れてるところなの。ユーレイくんの分も、用意するわね」

「いただきますよ」


ひなの言葉に、嬉しそうに笑顔を浮かべる鈴太。と、部屋の片隅でパソコンに興じていた麗が、鈴太のほうに顔を向け、彼に声をかけてきた。


「ユーレイ先輩、少し、よろしいですか?」

「ん、どうしたんだ、麗」

「はい、今度の季刊誌に書く、お話なのですが…………すこし、アドバイスをいただけないかと思いまして」

「それはいいけど、俺でいいのか?」


麗に声を掛けられた鈴太は、持っていたビラの束を、部室の片隅に置くと、パソコンに座ったままの麗のもとに歩み寄って、ディスプレイに目を向ける。

山幸と一緒に、お弁当を机に広げていた桂子は、そんな鈴太の姿を目で追っていた。そんな桂子の前に、お茶の入った湯飲みを差し出してきたのは、ひなであった。


「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」

「あ、ありがとうございます」


律儀にお礼を言う桂子を微笑ましげに見つめると、ひなは、山幸の前にも、同じように湯飲みを置く。

しなやかな仕草と、見ている相手をホッとさせる雰囲気は、どことなく、自分の家の母親を連想させるのだった。


「はい、伊万里ちゃんもどうぞ」

「サンキュー、ひな先輩」


朗らかに笑いながら、ひなの手から湯飲みを受け取る山幸。そんな穏やかな光景を見つめる桂子の耳に、離れた場所にいる鈴太と麗のやり取りが聞こえてきた。


「ですから、プロローグで主要人物の八割が死んでしまう話というのはいかがでしょうか? インパクト、絶大だと麗は思うのですが」

「いや、さすがに、それはどうなんだ? そもそもそれだと、話が成立しないだろ。登場人物を減らすってのは、あまり良くないんじゃないのか」


ディスプレイに表示されている、文章――――起動したワープロソフトに打ち込まれたそれを見せながら、自らのアイディアを、自信満々といった風に説明する麗。

それに対して、鈴太の顔は渋面である。いきなり、突拍子もない発想を口に乗せる麗に、困惑している様子であった。

別に、専門家というわけでもない、鈴太の意見は一般論に近い。逆に言えば、変に知識をひけらかすこともなく、素直な意見を述べているともいえるのだが。


「大丈夫です、死んだ主要人物は、幽霊として再登場させる予定ですから」

「ん………? まさか、物語に幽霊を使うから、俺に相談を持ちかけたとか、いうんじゃないだろうな」

「だって、ユーレイ先輩ですから。幽霊の気持ちは、とうぜん理解しているべきでしょう?」

「理解できるか、そんなもの!」

「ふむ、好感触ではないですね。まあ、某パソゲーのシナリオを流用してますし、上手くいくかは半信半疑でしたが」


わあわあ、と言い争う鈴太と麗。クールというか、マイペースな麗に、鈴太が突っかかっているように見えるかもしれないが、

実際は、麗が、ちょっかいをかけて、それに鈴太が応じているというのが正しいのだろう。

昼食を口にしながら、そんな様子を見ていた桂子だったが、隣に座っていた山幸がおかしそうに笑ったのを見て、視線をそちらに向ける。

山幸も、桂子と同じように、麗と鈴太のほうに目線を向けていた。楽しそうな表情で、二人の様子を見つめている。


「しかし、毎日、毎日、よく飽きないもんだね、二人とも」

「毎日って………いつも、あんな風に話をしているの?」

「ああ、放課後の部活のときは、いつもあんな感じかな。言い争いっていうより、じゃれあってるって感じだよなー」


パソコンの前でわいのわいのと、しゃべっている二人を見ながら、すっかり見物ムードといった様子の山幸。

そんな彼女の言葉を耳にして、参考書なのか教科書なのか、判別しがたい本を読みふけっていた千恵が、顔を上げながら、何のけない様子で、口を開いた。


「まぁ、あれはあれで、討論になってるんじゃないのか? 人のことより、山幸、お前はちゃんと進めてるのか? 締め切りは、待ってはくれないんだぞ」

「やだなぁ、千恵先輩、ちゃんとやってますって」

「…………そうか、まぁ、期待はしてないから、頑張れ」

「うわ、ひでぇ」


そっけない口調で言いながら、また、読書を再開した千恵の言葉に、山幸は抗議の声を上げる。

とはいえ、そういったやり取りが日常茶飯事ということもあり、受け答えの内容ほどにショックを受けることもなく、双方ともに、笑顔を浮かべているくらいだったのだが。

そんな二人の様子を、どこか興味深げに見ていた桂子は、


「なんだか、伊万里ちゃん、楽しそうだよね」

「ああ、まーね。文芸部も、3年がドカッと抜けてさ、活動に詳しいのは、千恵先輩だけ……後は、みんな素人って状態で、大変っちゃあ大変なんだけど」


そこまで言うと、いったん言葉を切って、山幸は部室内を見回してみる。

あいも変わらず、パソコンの前では麗と鈴太が顔を突き合わせて話をしており、ひなは、のんびりと、部室にあるものをあちらへこちらへと模様替(もようが)えをしているようだ。

千恵は、そんなひなの様子を、時折、微笑ましげに見ながら、のんびり読書をしている。そんなまったりとした空気は、心地よいものだと、山幸には感じられた。


「ま、だからこそ、気楽にやれてるんだろうけどな。素人ばかりだから、そんなに頑張らなくてもいいわけだし」

「頑張らなくても……」


山幸の言葉に、ほんの少し、驚いた様子を見せる桂子。生真面目な彼女にしてみれば、こういう奔放な空気は、新鮮に映ったのかもしれない。

と、そんな会話を近くの席で聞いていた千恵が、パタンと本を閉じて、それをテーブルに置き、頬杖を付きながら、釘を刺すように、山幸に声をかけた。


「だからって、手を抜いて良いってわけじゃないんだぞ。そこのところは、勘違いしないようにな」

「分かってますって、この山幸、やるときは、やる女ですから!」

「何をやるつもりなんだ……」


力こぶを作るように、片腕をまげて、二の腕に、もう片方の手を当てたポーズで、あっはっは、と闊達(かったつ)に笑う山幸。

そんな彼女の様子に呆れたのか、空気の抜けた浮き輪のように、深々と溜め息をつく千恵。

そのやりとりが面白かったのか、くすくすと、桂子は楽しそうに笑いながら、口元に手を当てる。

ここ最近の気のめいった日々の中、久々に安らいだ時間は、そうして過ぎていったのだった。



「じゃあ、また放課後来ますねー」


昼休みも終わりに近づき、文芸部でまったりと過ごす時間も一段落をつけることになった。

先に桂子を外に出してから、自分も部室の外に出て、山幸は中にいる部員達に、そう声をかけた。

他の面子も、もうしばらくしたら、それぞれの教室に戻ることになるだろう。手を振る、ひなに手を振りかえしてから、山幸はドアを閉めて桂子に向き直った。


「さぁ、それじゃあ教室に戻るとしようか」

「うん」


少しは元気を取り戻したのか、山幸の言葉に、明るい表情で、桂子は首肯する。

部室につれてきて、正解だったみたいだね。と、そんなことを考えながら、山幸は笑顔を浮かべながら、桂子と並んで歩き出した。

教室に戻る道すがら、山幸は、隣を歩く桂子に明るい口調で声をかけた。


「けっこう、楽しんでたみたいだし……なんだったら、また今度、部室で昼めしを食べることにしよっか」

「え、でも…………それって迷惑じゃないかな。私、別に部員じゃないし」

「細かいこと、言いっこなしなし。そういうの、気にするやつなんて、アタシ達んとこには、いないからさ」

「…………」


軽い口調でいう山幸の言葉に、桂子は歩きながら、考え込むように、ほんの少し顔をうつむかせる。

なにやら、思うところがあったのか、ややあって、ポツリと呟くように、桂子は山幸に言葉を返した。


「少し、考えさせてくれないかな……? ちょっと、いろいろと考えてみたくなったから」

「別に良いけどさ。あんまり、気をつめないほうが良いと思うよ。前も言ったかもしれないけど、生真面目なんだからさ、桂子は」


特に気を悪くした様子もなく、山幸はそういうと、片手で頭をかきながら、隣を歩く友人の少女を見る。

ふわふわとした髪の、生真面目な顔の少女は、友人の言葉に、口を開くこともなく、ただ一度、こくりと頷いただけであった。



4月の末。ほとんどの生徒が入部する部活を決め、あるいは帰宅部として過ごす方針を決定し、それぞれの活動に日々を過ごしている。

入部する部活を決めれず、無為に日々を過ごしていた少女も、遅まきながら、入る部活を決めたのか、勧誘に来た2年の女子に、きっぱりとした口調で返答をしたのだった。


「ごめんなさい。私、入る部活を決めましたから」

「そっか…………まぁ、鹿島さんが決めたんなら、仕方ないけど、で、どの部活にしたの?」


熱心に勧誘をしていた陸上部の女生徒は、未練たらたらといった風な様子で、桂子に問いたずねる。

どの運動部に入ることにしたのかしらと、そんなことを考えている彼女の前で、1年生の女子は、まったく予想外の答えを返してきたのだったが。


「私………文芸部に入ろうと思って」

「――――は?」

「いえ、ですから文芸部に」

「って、ちょっと待ちなさい! 何で、よりによって文芸部なのよ!? 運動と全然関係ないじゃない!」


他の運動部が、このスポーツ万能少女を勧誘していることは、同じ運動系の部活動ということもあり、耳には入っていた。

だが、それとはまったく無縁の、文科系の部活に目の前の少女をかっさらわれたとなれば、ある意味、立つ瀬がないといったものである。

そんな彼女の心情が、読み取れているのかいないのか、桂子は、困惑した表情になりながらも、2年生の先輩の問いに、正直に答えたのである。


「その、なんというか、一緒にいて楽しそうで、シンパシーを感じたというか、なんとなく、なんですけど」

「なんとなく……って、あー、もう!」


桂子の言葉に、納得がいかないのか、うがー、と癇癪(かんしゃく)を起こすかのように、ポニーテールの頭をかきむしる、先輩。

そんな様子を、驚いたように見ていた桂子だったが、ふいに、がしっと両肩を先輩に掴まれ、ぎょっとした顔をする。なにやら、先輩の目が据わっているのに気づいたのだった。


「ちょ、佐久間先輩!?」

「文芸部、大いに結構! 入部するのは別に構わないわ。でも、陸上部にも入って欲しいのよ。この際、掛け持ちでも良いから、入部してっ!」

「いや、そんなこと言われても」

「いいじゃない! 毎日顔を出せなんて、言わないわよ。それとも、文芸部には入って、陸上部はだめだって言うの!?」

「いえ、あの、ちょっと――――…」


がくがくと、肩を掴まれて、揺すられながら、目を白黒させる桂子。

廊下を歩く生徒が、遠目に何事かと様子を伺ってはいたが、助けに入ってくれるような相手は、残念ながらいなかったのであった。



「――――で、断りきれず、結局、掛け持ちにすることにしたわけか。それも、陸上に水泳、ラクロスに剣道……ラクロス以外は、個人種目ばっかね」


それから、数日後。半ば、むりやり――――というか、泣き落としに近い勧誘を断りきれず、複数の入部届けに署名させられた桂子に、山幸は呆れたような視線を向けた。

昼休み、ぐったりとした様子で席に着いた、桂子の机には、複数の入部届けが、サイン入りでおかれている。

最後の最後、先輩達の勧誘に、粘りきられて押し切られたといった感じの桂子は、苦笑めいた笑顔で、隣の席の友人の言葉に応じる。


「さすがに、チームプレイの競技は、掛け持ちをするのは悪いかなと思って……ラクロスは、なんというか、押し切られたというか、すがりつかれたというか」

「まあ、あそこは部員も少ないから、メンバー集めるのも難儀(なんぎ)してたみたいだからね。そういえば、アタシも誘われたことあったし」


弱小部は、大変だなー、と、他人事のように言う山幸。そんな彼女の所属する文芸部も、規模からすれば、決して大きいものではなかったのであったが。

机の上におかれた、入部届けの山に目を通し、山幸は桂子に視線を向ける。桂子は、机の上に置かれた入部届けの1枚に視線を落としている。

他の入部届けには、部活が明記されているのに対し、その紙にだけは、入部する部活の欄が、無記名のままになっていた。

両肘をテーブルについて、桂子のほうに身を乗り出しながら、山幸は気になっていたことを問いたずねる。


「それはそうと、文芸部に入りたいって話、ホントなの?」

「うん。だけど……この前のとき、入部はしないっていっちゃったけど、大丈夫かな?」

「ああ、別に大丈夫でしょ。千恵先輩も、特に気にしてなかった風だし、部員が増えるのは、むしろ大歓迎だと思うよ。ほら、書いちゃいなよ」

「――――うん」


山幸に促され、桂子は手にペンを持つと、入部届けにさらさらと、流れるように文字を書き込んでいく。

氏名、鹿島桂子(かしま けいこ)。入部希望――――文芸部。そんな風に書き込む友人の様子を目にしながら、山幸は、肩肘をつき、頬に手を当てながら嬉しそうに破顔したのだった。



「そういうわけで、同じクラスの女子なんすけど、入部したいっていうから、つれてきましたよ」

「鹿島桂子です、よろしくお願いします!」


その日の放課後、各部活の顧問に、入部届けを私にいった後で、桂子は山幸と一緒に文芸部室を訪れることにした。

あちこちを回った後ということもあり、既に部室には、部員が勢ぞろいしており、桂子のほうに興味深げな視線を向けている。

桂子の隣にいた山幸が、注目されている彼女のフォローをするように、口を開いた。


「あ、そうそう、桂子なんですけど、他の部活も掛け持ちで入ってますから、部活にくる回数が、他の面子より少なくなるかもしれないんで」

「まぁ、そうなの……掛け持ちって、大変じゃないの?」


山幸の言葉を聞いて、ひなが心配そうな口調で桂子に聞く。部活に参加する頻度が少なくなる懸念というよりは、純粋に桂子のことを案じているようであった。

そんな彼女の問いに、真面目な口調で桂子は返事をする。


「いえ、大丈夫です。スケジュールは調節しますし、ご迷惑はかけませんから!」

「――――まあ、なんにせよ、部活動に参加してくれるのは有難いがな。私は日傘千恵だ、で、こいつが音梨。二年生は、ひなと、そこのユーレイの4人だ」

「俺は、勇鈴太。これからよろしく、鹿島さん」


音梨を指差して言う千恵と、桂子に対して、朗らかな笑顔で挨拶をする鈴太。そんな二年生の先輩達に桂子は真面目な表情でぺこりとお辞儀をした。


「はい、よろしくお願いします」



律儀に、先輩達に頭を下げる桂子。そんな彼女に、山幸は自分の友人達を指差して、紹介をすることにした。


「で、こっちがあたしの中学時代からの友人の、美佐穂(みさほ)とあかね」

「鈴原美佐穂よ。伊万里(いまり)ちゃんの友達なんだってね。よろしくね」

「大木あかね……よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


山幸に紹介された友人達は、気さくな様子で桂子に自己紹介をする。緊張した様子で挨拶をする様子を見て、鈴原がおかしそうに笑いながら、桂子に応対した。


「そんなに、かしこまらなくってもいいわよ。同じ一年同士、仲良くしましょう」

「そうそう、美佐穂もあかねも、気のいいやつだからさ、桂子ももっと、リラックスしなよ」

「――――うん」


山幸が桂子の肩をたたきながら言うと、桂子も少しは緊張が解けたのか、ほんの少し安心したかのように、肩の力が抜けたようである。

そんな彼女の様子を見ながら、ついでとばかりに、山幸は残りの部員を紹介するかのように、二人の少女を指差して、説明を行った。


「それと、あっちでパソコンを弄ってるのが、(うらら)。あと、スケッチブックを持ってるのが、(おしどり)さんね」

「よろしく、お願いします」


同級生の少女達に、ぺこりと頭を下げて挨拶する桂子だったが、前の二人と違い、桂子の挨拶に対する反応は芳しくなかった。

弥生(やよい)のほうは、ごにょごにょと、小さな声で返事をしただけであり、麗はというと、イヤホンをつけてネットに興じているせいか、無反応だったのである。

それを見かねてか、麗の傍に歩み寄った鈴太が、麗の耳に付いたイヤホンをはずしながら、呆れたように苦言を口にする。


「麗、返事くらいしたらどうなんだ?」

「………っと、何か御用ですか、ユーレイ先輩? 麗は、ネットの面白動画からアイディアを模索するのに忙しいのですが」

「それって、ただ単に、ネットで遊んでるだけじゃないのか……? ともかく、せっかく挨拶をしてるんだし、返事くらいしたらどうだ?」

「?」


鈴太に言われ、初めて気づいたかのように、麗は桂子のほうを見る。麗に視線を向けられて、桂子は丁寧なお辞儀をしながら、あらためて挨拶をする。


「鹿島桂子です。よろしくおねがいします」

「新人さんですか。麗は、文月麗(ふみづき うらら)です。文月という苗字はあまり好きではないので、麗と呼んでもらいたいですね」

「分かりました。ええと……麗さん」

「はい。麗は、あなたの事を……K子と呼びますね」


なにやら、呼び方に微妙な違和感のあるような、そんな呼び方を桂子にした後で、いそいそと、またイヤホンを耳につけようとする麗。

そんな彼女の耳から、また呆れたようにイヤホンを取り上げて、鈴太が疲れたように肩をすくめた。


「だから、そうやって一人の世界に没頭するなよ。少しは、部員とも打ち解けるようにしろよな」

「なにをするのですか、ユーレイ先輩。良いじゃないですか、これも文芸活動の一環なんですから」

「程度ってものがあるだろ。ともかく、しばらくはパソコン禁止」


そういうと、パソコンの電源を切ってしまう鈴太。いきなりのことに、驚いた様子の麗は、あわてた様子で鈴太にくってかかった。


「わ、何の権限があってそんなことをするのですか、麗をいじめて楽しいのですか、ユーレイ先輩っ」

「人聞きの悪いことを言うなよ。まぁ、確かに強引かもしれないけど」

「というか、電源を落とすのは、バックアップを取ってあるか確認してからのほうがいいですよ。大事なデータが吹っ飛んだら、どうするつもりですか。

 いきなり電源を落とすなんて、家のお母さんですか、ユーレイ先輩は」

「あー……それは、ごめんな」

「まぁ、麗は良いですけど。ともかく、次からは気をつけてくださいね」


いつの間にか、しかられるほうと、しかるほうが入れ替わっていたが、本人達は、あまり気にはしていないようだった。

鈴太が麗に謝って、麗が胸を張って威張っている様子を、どこか可笑しそうに見つめながら、山幸は桂子に笑いかけた。


「まぁ、見てのとおり――――変わったやつらだけど、悪いやつじゃないからな、桂子もあまり気にすんなよ」

「…………うん」


友人の言葉に、桂子もどこか楽しそうな表情で返事をする。文芸部室の中に満ちる、気安い空気は、やはり彼女にとって、心地よいもののようであった。



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