第六話
「ヨウってクラブどこ入ろうと思ってるの?」
「別に、考えてない」
昼下がりのアステリア上級学校。中庭に面した渡り廊下を、ヨウとクレイヴは並んで歩いていた。
「そっか。僕は剣術クラブの見学行くけど、ヨウはどうする?」
「…温室行こうかな。広くて色んな花があるって聞いたから」
好物を腹いっぱい食べて満足しているのか、少し眠たげにヨウが答えた。アステリア上級学校の温室は国内最大級を誇り、また生育されている植物の種類も国一番と言われている。
「了解、終わったら迎えに行くね。ヨウきっと寝ちゃうだろうから」
「…寝ないし。ずっと花見てるし」
「絶対寝るよ、賭けてもいい」
にやにやしながらクレイヴが見下ろしてくる。楽しそうな顔しやがって、絶対意地でも寝ないからな。
「何賭けるんだよ」
「んー、今日実家から届いた砂糖菓子で。僕が行くまで起きてたら全部あげるよ」
「ジェイラーおばさんの店のやつだろ?楽しみにしてる」
「あはは、食べられるといいね」
「見てろよ」
少し頬を膨らませて宣戦布告する。クレイヴは相変わらずの顔のままヨウの頭に手を置いた。
「じゃ、2時間後に」
「分かった、またな」
ヨウとクレイヴはお互い背を向け、別々の方向に歩き出した。
「ずいぶん歩いたな」
アステリア王国最大の温室、その巨大なガラス扉の前に立ったヨウはそう呟いた。この温室は確かに植物好きにとっては天国に等しい場所であるが、何せ敷地の端に位置しているため学生が訪れることがほぼ無い不人気スポットなのである。
「まぁいいか、静かな方が落ち着くし」
扉を開けようと触れた途端、後ろから声をかけられた。
「お前さん、もしかして花の精霊憑きかの?」
驚いて振り返ると、杖を突き豊かなひげを蓄えた老人が立っていた。
「…そうですけど」
「やっぱりな!そうだと思ったんじゃよ!ああ本物じゃあ、まさか生きてる内に会えるとは思わなんだ」
老人は老人と思えないスピードで近寄り、目にもとまらぬ速さでヨウの手をとった。しわくちゃの手で握りしめ、ぶんぶんと上下に振る。
「ちょ、何ですかいきなり」
「おぉ、いきなりすまんかったな。わしはメドウズ、植物学の教授をやっておる。ちなみに年は78じゃ」
「…植物学?」
「おうそうじゃそうじゃ」
「あの、俺ヨウです。一般科一年A組です。俺、植物学受けたくてこの学校来たんです!」
普段のヤンキーっぷりはどこへ行ったのか、空色の瞳にきらきらとした光を浮かべてメドウズを見つめている。
「それは嬉しいことじゃな。お前さんの期待に応えられるよう、わしも頑張るわい」
「楽しみです!よろしくお願いします!」
「ふぉっふぉっふぉ、こちらこそよろしく頼むのぉ」
光に満ち溢れたヨウの笑顔を見て、メドウズもまた優しい笑みを浮かべた。
「まぁこんなところで長話するもんでも無いわな。引き止めて悪かったのぉ、早く入りなされ」
「先生は入らないんですか?」
「わし、これから出張なんじゃ。すまんのぉ、授業を楽しみにしていておくれ」
「…分かりました」
一変しょんぼりした顔を浮かべてしまったヨウに、メドウズはおもちゃを壊してしまった孫をあやした遠い記憶がよみがえる気がした。
「そんな顔をするでない。明後日の見学会で待っているぞ」
「…はい」
メドウズはヨウの頭を少し撫でると、杖をつきながらゆっくりと去っていった。今日はなんだかよく頭を撫でられるなと思いながら、ヨウは自分の頭に手を置いた。




