第三話
ああカオス、一人目の自己紹介でここまで荒れることがあっただろうか。クレイヴは隣に座る親友を眺める。この地獄のような空気を作り出した元凶は、何も分かっていなさそうな顔をしながら、愛する朝顔と静かにじゃれている。くすっとクレイヴが笑うと、ヨウも顔を上げてクレイヴを見る。何だよと首をこてんと傾げるヨウに、何でもないよと首を振る。
「えーと、じゃあ次、君頼んでいい?」
口の端を持ち上げて楽しそうなヨウを眺めていたら、エルデン先生に指名された。立ち上がってクラスメイトの方を振り返る。
「リーフェ領出身のクレイヴです。植物学と魔術学、剣術を学びに来ました。えーと皆さん気になっているでしょうが、ヨウとは幼馴染です。あとヨウの首に咲いてる花は精霊です。他に聞きたいことがあったら質問してくださいね。これからよろしくお願いします」
頭を下げて席に座る。割れんばかりの拍手が教室を満たす。よかった、皆の知りたかった情報はちゃんと伝えられたみたいだ。
「はい、ありがとね。じゃあ前列の入り口側から順番に自己紹介していこうか」
エルデンがそういって促すと、右前の席に座っていた生徒が立ち上がり、自己紹介をはじめた。最初の混乱が嘘のようにスムーズに進み、あっという間に最後の一人の番になった。名前と出身、学びたいことや趣味などを無難に告げて席に座る。
「はい、全員自己紹介できたね。これから一緒に過ごすメンバーだからね、早く顔と名前を覚えてね。なんかもう忘れようのなさそうな子達もいるけどね」
エルデン先生がそう苦笑してこちらを見る。
「だってさヨウ」
「お前だろ」
「うーんどっちもかな」
周りを見渡すとクラスメイトが一斉に頷いている。クレイヴは少し意外に思った。この男、親友の人外じみた美貌に慣れすぎて、自身が美形であることを忘れているのである。
「まぁいいや。じゃ、授業の説明するね」
おっとりと笑って、エルデンはアステリア上級学校での生活についての説明をはじめた。
アステリア上級学校は全寮制の学校で、貴族科と一般科が存在する。この教室にいる30人は、上位の成績で入学してきた一般科の生徒である。半期毎に学力試験があり、その成績によってクラスが再編成される。そのため半年後には顔ぶれが変わっているかもしれない。
「この時参照する成績は、全員がこの教室で受ける共通科目だけね。次に説明するけど、選択科目の成績は関係ないよ。だからといって不真面目なのはダメだけどね」
共通科目は登校日五日間の内三日、一日置きに開講される。残りの二日は選択科目、一般科のほとんどがこのために入学したといっても過言ではない。
「選択科目、楽しみにしてる子多いよね。じゃ一覧配信するね…あ、連絡板起動するの忘れてたね。いやーうっかりしてたよ。ごめんねー」
エルデンはあたふたと手を意味なく動かしながら横移動を繰り返す。生徒たちはその様子を見て一斉に笑った。深呼吸をして落ち着きを取り戻したエルデンが改めて指示を出す。
「それじゃあ皆、机の上の板を手に取ってね。そうそう、その手の平大のやつね」
言われた通りに手に取る。ひんやりとした手触りの、少し重量のある板だ。
「透明な魔石が埋まってる方が表ね。魔石に指を置いたら起動できるよ」
言われた通りにすると、数秒置いてパッと光った。この連絡板はまだ世間には普及していない最新技術の結晶だ。それが生徒全員に支給されているという事実に、一部の生徒は言葉を失っている。
「画面に自分の名前が表示されてるかな?されてない子は手を挙げて…いないね、良かった。連絡板は持ち主以外は権限のある先生しか起動できないから安心していいよ。じゃ通知から選択科目一覧表を開いてね」
表には膨大な数の講義が記載されていた。この多様さこそがアステリア上級学校の強みであり、厳しい試験を突破した一般科生徒にとって最大の魅力である。
「皆が受けられる講義は、〇がついているやつね。今年の試験に合格したら来年受けられるようになる講義もあるから、真面目にやるんだよ」
生徒は皆真剣に頷く。問題児二人も目を輝かせながら静かに耳を傾けている。
「じゃ、とりあえず話は終わり。午後からはクラブの見学会やってるから、食事を終わらせたら是非参加するといいよ。お疲れ様」
『お疲れさまでした』
一斉に挨拶をすると、生徒たちは近くの席の生徒と連れだって教室を出ていった。ちらちらと一か所に視線を向けるのも忘れない。
「食堂行く?」
「行く。腹減った」
クレイヴとヨウも立ち上がり、並んで教室を出た。




