第36話「削れない荷物」
荷馬車の空きを数えに行ったはずが、数えるべきだったのは、雪に閉じこめられた人の日数だった。
昼前、クラリッサは自分の手で、イネスへの返事とホルストへの礼状をマルタに預けた。イネスには、試験と仕事と報酬と滞在の問いを。ホルストには、条件をつけずに布を出してくれたことへの礼を。どちらも、自分の名で。
昼食のあと、夫の書斎を訪ねた。
ローレンスは机に補給の記録を広げていた。テオもいて、地図の筒を脇に抱えている。クラリッサは、二人の向かいに座った。
「民間の便を、冬のあいだ増やせないか考えています」
クラリッサは、自分の帳面を開いた。遠い村。受取所に来る手段のない家。試験の便で分かった、荷卸しの時刻のずれ。
「商会連合の便には、費用の壁があります。でも、軍の荷馬車は、毎週決まって北の拠点へ行っていますよね」
テオが頷いた。
「はい。週に二度」
「その荷を、冬のあいだだけでも、少し減らせれば」
言いかけて、クラリッサは二人の顔を見た。
ローレンスも、テオも、すぐには答えなかった。責める顔ではなかった。ただ、言葉を選んでいる顔だった。
クラリッサは、口を閉じた。素朴な思いつきのつもりだった。軍の荷は多すぎるのではないか、と、どこかで思っていた。三年間、領地の物資は、いつも軍の分が先に決まり、残りが町に回されてきた。それを、少し動かせないかと。
「軍の荷を、少しだけ民間に回せませんか」
もう一度、はっきり尋ねた。
テオが、地図の筒を開いた。
*
テオが広げたのは、国境沿いの拠点の地図だった。北の拠点に、小さな印がついている。
「北の拠点には、今、三十人ほどがおります」
テオは、印を指でたどった。
「一日に使う薪と食料は、この表のとおりです。補給の荷馬車は、その何日分かを運びます。それから、予備の分」
「予備」
「拠点に、必ず残しておく分です。前にも申し上げましたが」
クラリッサは覚えていた。夫の身体で書斎にいた日、テオが言ったこと。予備は減らせない。
「雪で道が閉じたら、どのくらい持ちこたえなければならないのですか」
テオは、帳面の別の頁を開いた。
「ここ十年で、一番長く閉じたのは十二日です。予備は、それを持ちこたえられるだけ積んであります」
「もし、予備を少し減らしたら」
「十二日が、九日になります。十日目からは、薪と食事を切りつめることになります」
テオの声に、脅かすような響きはなかった。数字を読み上げているだけだった。
ローレンスが、口を開いた。
「父の代に、一度あった」
短い言葉だった。
「予備を削った冬に、道が十日以上閉じた。最後の三日は、薪が足りなかった。凍傷で指をなくした兵が、三人いた」
それ以上は、言わなかった。
クラリッサは、テオの帳面の数字を見つめた。三十人。十二日。薪と食事。
軍の荷が先に決まる。それを、ずっと慣行だと思っていた。夫が軍を優先するのは、領主として、兵を大事にするのが当たり前だと考えているからだと。
けれど、そこにあったのは、慣行ではなかった。雪の向こうで、暖をとれずに震える三十人の、日数だった。
「予備は、余っている荷ではないのです」
テオが言った。
「来ないかもしれない便の代わりです」
クラリッサは、帳面に書き写した。北の拠点、三十人。閉じた最長、十二日。予備は、その日数分。
*
書き写しながら、クラリッサは、自分の帳面の前の頁をめくった。
町の受取所の家々。子どもの数。上着の枚数。燃料券の綴り。
「軍の最低の量は、削れないと分かりました」
顔を上げて、言った。
「でも、町にも、最低の量があります」
ローレンスとテオが、こちらを見た。
「冬のあいだ、町の家が火を絶やさないための薪。子どもが外を歩けるだけの上着。それが足りなければ、町の家も、拠点と同じように持ちこたえられなくなります」
クラリッサは、自分の調査の数字を、テオの表の隣に並べた。
「軍の分を先に決めて、残りを町に回す。それだと、町の分がどれだけ足りないのか、決めるときには誰にも見えません。残りが足りなくても、足りないと分かるのは、冬の真ん中になってからです」
言いながら、思い出していた。夫の身体で書斎にいた日、夫に言われたこと。何がどれだけ要るのかと、運べる枠がどれだけあるのかを、別々に読め。混ぜると、どちらも分からなくなる。
あのとき教わったことを、今度は、自分から言っている。
「軍の最低の量と、町の最低の量を、同じ形で並べてほしいんです。それから、運べる荷馬車の数。その三つを並べて、初めて、どこに何が足りないかが分かると思います」
テオが、二つの表を見比べていた。
「確かに、町の側の数は、こういう形で見たことがございません」
「守る人たちと、暮らす人たちを、別々に数えたくありません」
クラリッサは、二つの表を、指で一つに寄せた。
どちらかを削れば、もう片方が助かる。そういう話ではなかった。どちらも同じ領地の、冬を越さなければならない人たちだった。
ローレンスが、黙って立ち上がった。
*
ローレンスは呼び鈴を鳴らし、オズワルドに、補給隊の担当と民政局の配給担当を呼ぶよう頼んだ。
二人が来ると、ローレンスは机の上に紙を一枚置いた。
「この冬の必要な量を、同じ書式で出してくれ。補給隊は、拠点ごとの最低の量と予備。民政局は、受取所ごとの最低の量。それから、運べる荷馬車の枠を、軍と民間の両方で」
補給隊の担当が、少し戸惑った顔をした。
「民政局の分と、並べるのでございますか」
「そうだ」
ローレンスは、短く答えた。
「決める前に、両方を並べてくれ。私も、並べて見たことがなかった」
クラリッサは、夫の横顔を見た。三年間、軍の量を先に決めてきた人だった。それが当たり前だと思ってきた人が、今、自分の慣行を変える指示を出している。
書式の欄を、クラリッサも一緒に考えた。最低の量。予備。運べる枠。それぞれ、軍と町と。
担当の二人が出ていくと、テオが補給隊の記録の、別の頁を開いていた。
「閣下。これを」
テオが指したのは、荷馬車の帰りの欄だった。拠点へ荷を届けたあと、町へ戻ってくる便。
積荷の欄は、ほとんどが空白だった。
「行きは、いつも積めるだけ積んでおります。ですが、帰りは、ほとんど空で戻ってきております」
クラリッサは、その空白の列を見つめた。
ギルベルトの紙にも、同じことが書いてあった。行きは配給の品で埋まる。帰りは空。
足りないのは、荷台の広さではなかった。荷馬車の、使い方の方だった。




