第22話「罰しても、服は届かない」
この顔で問いただせば、相手は奥様に責められたと思うだろう。
ローレンスは、妻の部屋の文机の前に座っていた。卓の上には、昼に妻が並べた受領証の写しと、古着商の帳面の写しがある。右に傾いた字。同じ名前の、何度も繰り返される引き換え。
配送係のハンスを呼び出して、目の前に座らせる。それは、今すぐにでもできた。夫の身体にいるクラリッサに頼めば、領主の顔で呼びつけることもできる。
けれど、どちらも違う、とローレンスは思った。
妻の姿で問い詰めれば、ハンスは奥様に責められたと受け取る。妻は処分を決める立場にない。それなのに、妻の顔と声が、裁く側に立つことになる。夫の身体でクラリッサが問えば、中にいるのは、処分を決める権限のない人だ。どちらにしても、借りた身体で人を追い詰めることになる。
ローレンスは、紙とペンを取った。
民政局の配給担当宛て。会議に何度か顔を見せた、帳面を手放さない女性だ。配送係ハンスの代筆と交換券について、正式に聞き取りを行うこと。立会いはオズワルド。領主もその妻も、同席しない。聞き取った内容は、そのまま書き留めて届けること。
細い指で、彼自身の字が並んでいく。最後に、自分の名を記した。
オズワルドを呼び、控室で二人で決めた合言葉を交わした。家令が頷くのを確かめてから、封をした。
書斎から来たクラリッサが、戸口でその封書を見ていた。
「私が決める」
ローレンスは言った。
「だが、この身体のうちは、決めない」
クラリッサは少し考え、それから頷いた。罰したい気持ちが、自分にもないわけではなかった。けれど、それを紙と手続きに預けてしまうと、不思議と頭が冷えた。
*
聞き取りの記録が届いたのは、日が傾きかけたころだった。
配給担当の、きっちりとした字だった。問いと答えが、一つずつ並んでいる。ローレンスは書斎の窓際で、それを読んだ。
ハンスは、すぐに認めたという。受け取りに来られない家の名で受領証を書き、代わりに交換券を受け取った。その券を古着商で上着と引き換え、引き換えた上着を、別の古着屋に売っていた。
理由も書いてあった。冬の前に、亡くなった父親の借金の返済を迫られた。金を工面する当てがなかった。来られない家の分なら、誰も確かめないと思った。倉庫の現物には、一度も手をつけていない。交換券だけだった。
ローレンスは、記録を二度読んだ。
同情すべき事情があった。借金は本人のものではなく、父親のものだった。冬を前にした焦りも、分からないではなかった。
それでも、その間、市場の外れの家族は上着を受け取らなかった。足の悪い祖母の家も。子どもたちは、大人の袖を折って冬を迎えようとしていた。
「事情は、書いておく」
ローレンスは、記録の余白に一行添えた。
「だが、事情があったことと、したことは、別だ」
処分は、明日、自分の身体に戻ってから決める。それも、民政局の決まりに沿った手続きの中で。今日のうちに確認したのは一つだけだった。民政局が、自分たちの権限で、ハンスを交換券の扱いから外したこと。それは、配給担当がすでに済ませていた。
記録を閉じると、胸の奥に、犯人が見つかった安堵が広がった。ひとつ、片がついた。
その安堵のすぐ後ろで、別の問いが頭をもたげた。
なぜ、それができたのか。
扉が叩かれ、自分の姿のクラリッサが入ってきた。
*
クラリッサは、夫の大きな身体を窮屈そうに椅子へ収め、記録を受け取った。最後まで読み、しばらく黙っていた。
「交換券を取り戻せば、その分の上着は、名前を使われた家に届けられますね」
「ああ。そうするつもりだ」
「でも」
クラリッサは記録を卓に置いた。
「それで、子どもの寸法の偏りが直るわけではありません。倉庫の割当ては、相変わらず大人用ばかりです。ハンスがいなくても、ノエルさんの家には、最初は大人の上着が届いていました」
ローレンスは、黙って聞いた。
「それに、ハンスが名前を使ったのは、来られない家ばかりでした」
夫の低い声で、妻は続けた。
「来られない家には、誰も確かめに行かなかった。受取方法を書く欄がなかったから、代わりに書かれても、誰も気づかなかった。だから、代筆が通ったんです」
ローレンスの胸に、何かが冷たく沈んだ。
交換券の仕組みに署名したのは、自分だった。在庫が足りない日に、領民を手ぶらで帰さないためにと、民政局から上がってきた案に。そのとき、誰が実際に券を受け取ったのかを確かめる欄は、作らなかった。考えもしなかった。
ハンスがしたことは、ハンスの罪だった。けれど、ハンスが落ちた穴を掘ったのは、自分の署名だった。
「犯人を罰しても、名簿の空欄は埋まりません」
クラリッサの言葉が、静かに書斎に落ちた。
ローレンスは、窓の外の暗くなりかけた空を見た。それから、妻の方へ向き直った。
「書き出そう。何を続けるか」
*
二人は卓に紙を広げた。
ローレンスが言い、クラリッサが補い、ローレンスが書いた。妻の身体の手で、彼自身の字で。
代筆で受け取る時は、配った者の名と、受け取った者の名を、両方書く。本人が来られないなら、代わりに受け取った隣人の名を。片方の名だけの受領証は、受け取ったことにしない。これは民政局に提案し、調べの期間中の試みとする。
名前を使われた三軒目の家族には、本来の分を届ける。昼に働いている家だから、届ける時刻を考えなければならない。それは、市場の外れの通りをもう一度訪ねる日に。
そして、受取方法の欄と、子どもの寸法の欄は、ハンスのことがあってもなくても、続けて試す。
書き終えると、ローレンスはペンを置いた。
「ハンスの処分と、これは、同じ紙に書かない」
クラリッサが顔を上げた。
「罰で終わらせたら、また同じ穴から、別の誰かが落ちる」
ローレンスは、自分の言葉を確かめるように言った。
以前の自分なら、犯人を見つけた時点で、この件は終わったと考えただろう。処分を決め、報告を受け、次の書類に移った。それで領地は守られたと思っただろう。
今は、それでは何も守れていないと分かっていた。自分が署名した紙の上に、まだ空欄が残っている。それを埋めるのは、罰ではなかった。
クラリッサは、夫の顔で、少しだけ目を細めた。何も言わなかったが、その沈黙は、責めるものではなかった。
扉の外で足音がして、オズワルドが一枚の書付を持ってきた。民政局の配給担当からの、追伸だった。
ローレンスは、細い指でそれを開いた。
――付記。ハンスの扱った分とは別に、正しく配り終えた便についても、受取所から遠い村の記録を見直しました。数に誤りはございません。ですが、受取所まで半日かかる村では、配給証を出しても、取りに来られなかった家が少なからずございます。
正しく配った便にも、届いていない家があった。




