第21話「一枚の受領証」
同じ番号が二度出てくるのは、数え間違いではなく、二枚の紙があるからだった。
零時を過ぎて、また夫の身体で目を覚ました。控室で申し送りを交わし、昨夜十時に続けると決めたことを、二人で書き留めた。それから書斎の卓に、書記が持ってきた写しを広げた。
受付の控えと、倉庫の出庫の記録。それに、受取所で使われた受領証の束。
夫の大きな指では、薄い受領証がめくりにくい。クラリッサは一枚ずつ卓の上に並べていった。外の誰かに会うのでもなく、何かを決めるのでもない。紙を読むだけなら、この身体でもできる。
重複していた番号は、一つの家族のものだった。
名前を見て、手が止まった。一週間前、市場の外れの通りを訪ねた日。三軒目の、留守だった家だ。隣の人が、仕事で夜まで戻らないと教えてくれた。
その家の名で、受領証が二枚あった。一枚目は秋の配給の日。上着二枚、受領済み。二枚目は、その十日後。同じく上着二枚、受領済み。
けれど、あの日の帳面には、この家は配給を受けていない、と書いてある。受け取りに来た様子がなかったからこそ、訪ねたのだ。
「来たことのない人が、二度来たことになっています」
夫の低い声が、書斎に響いた。
胸の奥で、熱いものがせり上がってきた。誰かが、来られない人の名を使った。上着を待っている人の名を。誰がやったのか、すぐにでも知りたかった。
けれど、名前を並べて怒っても、紙の上の事実は増えない。
クラリッサは、呼び鈴を鳴らした。
*
オズワルドとマルタが来ると、クラリッサは扉を閉めてもらった。この調べのことを知っているのは、この部屋にいる人だけでいい。
「まず、二枚の字を見ていただけますか」
受領証の署名欄を並べる。どちらにも、同じ形の字で家族の名前が書かれていた。少し右に傾いた、急いだ字。そして名前の横に、小さく、代、という印がついている。
「代筆の印でございますね」
オズワルドが言った。
「受け取りに来た方が字を書けない時や、家族の代わりに来た時に、係が代わりに書いて、この印をつけます」
「では、この家族の誰かが、来たことになっているのね」
マルタが、受領の時刻の欄を指でたどった。
「一枚目は、昼の二刻のうち、始まってすぐ。二枚目も、昼の二刻の真ん中ごろです」
昼の二刻。受取所が開いている時間。あの日の隣人の話では、この家の大人は、その時間には仕事に出ている。
クラリッサは、ほかの受領証の束を手に取った。代、の印がついたものだけを抜き出していく。夫の太い指で、一枚ずつ。
五枚。七枚。
どれも、同じ右に傾いた字だった。そして、どれも、受け取りに来られない家の名前だった。祖母が足を悪くしている家。母親が一日店に立っている家。市場の訪問と、倉庫近くの試しで、受取方法の欄に、来られない、と書いた家々。
「この家族を疑う前に、二枚の時刻を確かめましょう」
自分に言い聞かせるように、クラリッサは言った。
疑いが、ゆっくりと家族から離れていく。紙に名前を書かれた人たちではなく、紙を書いた側へ。それでも、まだ誰かの名を口にするのは早い、と思った。
「ご本人に、伺ってみなければ分かりませんね」
マルタが言った。
扉が叩かれ、灰色の普段着のローレンスが入ってきた。話を聞くと、彼は迷わず言った。
「私が行こう。マルタと一緒に」
「何も約束しないでください。それから――」
クラリッサは、夫の顔で、自分の顔を見た。
「疑っているように、聞こえないように」
「分かっている」
*
ローレンスとマルタが戻ってきたのは、昼に近い頃だった。
あの家族の主は、夜まで市場の荷置き場で働いていた。二人は、その荷置き場を訪ねたのだという。
「奥様が来たと分かると、まず身構えられた」
ローレンスは、椅子に浅く腰かけて報告した。妻の身体の細い肩が、少しこわばっている。
「何か悪いことをしたのかと聞かれた。私は、配給のことを伺いに来ただけだと言った。受取所に行ったことはあるかと尋ねたら、一度もないと。上着も、受け取っていないと」
「一度も」
「昼は荷を運んでいて、抜けられない。妻も同じ荷置き場で働いている。子どもは隣の家に預けている。受取所が開いている時間に行ける者は、家に誰もいない」
マルタが、控えを開いて付け加えた。
「受取方法の欄に、日中不可、と書いておきました」
ローレンスは、少し言葉を探した。
「あなたが疑われているのですか、と聞かれた。疑ってはいない、記録の方を確かめている、と答えた。それ以上は、何も言わなかった」
クラリッサは、自分の顔を見た。その表情の中に、夫の疲れと、どこかほっとしたようなものが混ざっていた。相手を責めずに帰ってこられたことに。
「ありがとうございます」
そう言うと、ローレンスはわずかに首を振った。
「あなたが受け取ったかどうかを聞きに来ました。それだけです、と。そう言ったら、向こうも少しだけ肩の力を抜いてくれた」
家族は、二度どころか、一度も受け取っていなかった。それなら、二枚の受領証に名前を書いたのは誰なのか。
*
オズワルドが、代筆の受領証の束を持って、受取所の係のところへ行ってきた。戻ってきた家令の顔は、曇っていた。
「この字は、民政局の配送係の、ハンスという者のものだそうです。受取所の係が、すぐに見分けました」
配送係。受取所と倉庫のあいだで荷を運び、来られない家の受け取りを代わりに書くこともある係だった。
けれど、それだけでは足りなかった。代筆したことと、物を取ったことは違う。代わりに受け取って、ちゃんと家に届けていたのなら、記録が二重になっているだけかもしれない。
「上着は、どこへ行ったのでしょう」
クラリッサが言うと、オズワルドが別の紙を出した。
「受取所では、在庫が足りない日に、交換券を出すことがございます。町の古着商で、上着と引き換えられる券です」
代筆の受領証の日付を、交換券を出した日の記録と並べる。
一枚、また一枚。日付が重なっていく。代筆の受領証は、どれも交換券が出た日のものだった。
「古着商の帳面を、見せていただけますか」
オズワルドが使いを走らせた。昼の鐘が鳴る少し前、古着商の主人が、その日付の頁の写しを届けてくれた。
クラリッサは、写しに目を走らせた。交換券の番号と、引き換えた者の名。
同じ名前が、何度も並んでいた。家族の名ではない。どの日も、ハンス本人が一人で来て、何枚もの券を引き換えていた。
「上着は、最初から誰の手にも渡っていなかったのかもしれません」
クラリッサは、写しを卓に置いた。
怒りは、まだ胸の底にあった。けれど、それを抑えて紙を並べてきた分だけ、この一行の重さがはっきり分かった。
配送係が持っていたのは、上着ではなかった。来られない人々の名で受け取った、交換券だった。




