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離婚寸前の辺境伯夫妻は、なぜか毎晩入れ替わる  作者: 南野遥
第1部 あなたの一日を、私は知らなかった

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第11話「数えるものを、変える」

 

子ども用の箱には、まだ受取先の札が付いていなかった。


倉庫の奥、乙の三と墨で書かれた棚の下段に、二つの木箱が並んでいた。埃が薄く積もり、蓋の釘は打たれたままだ。倉庫の管理役の年配の男が、鉄の棒で蓋をこじ開けた。


中には、毛織りの子ども用上着が畳んで重ねてあった。クラリッサは一枚ずつ取り出し、肩幅と丈を手で測っては、小・中・大と三つの山に分けていった。一箱に十二枚。二箱で二十四枚。小さいものは五つか六つの子に、大きいものは十を過ぎた子に合う寸法だった。


零時を過ぎて、二人とも自分の身体に戻っていた。今朝は自分の指で布を確かめられる。それだけで、手の動きが軽かった。


ローレンスは少し離れて、オズワルドと並んで立っていた。午後に、二人で話す時間を取ることになっている。昨夜の約束だった。


「これが、秋からずっとここに」

「はい」


管理役は帽子を胸に当てた。


「受取所へ出す便は、民政局からの割当ての書付どおりに積みます。書付には、どの受取所へ、上着を何枚、と書いてあります。ですが、大人用か子ども用かは書いていないのです」


オズワルドが、民政局の配給担当から預かってきた書付を広げた。会議のときに確かめると言っていたものだ。受取所ごとに一行。上着、世帯の人数分。それだけだった。


「ほかの箱は、大人用ばかりでした。数を合わせて積めば、それで足りた。ですが、この二箱だけは、どこへ回せばいいのか分からなかった。子どもがいる家がどこなのか、こちらには分かりませんから」

「それで、保留に」

「勝手に振り分けて、要らない受取所へ送っても無駄になります。誰かが指示をくれるまで、と思っているうちに、秋が過ぎました」


管理役の声には、言い訳の響きはなかった。ただ、困っていたことをそのまま話している声だった。


クラリッサは、昨日まで胸の底にあった怒りが、少し形を変えるのを感じた。誰かが怠けていたのなら、その人に怒ればよかった。けれど、怠けていた人はいなかった。割当ての書付には子どもの欄がなく、受取所の名簿には世帯主と人数しかなく、倉庫には子どもの居場所を知る手段がなかった。それぞれが、渡された紙のとおりに仕事をしていた。


紙と紙のあいだで、二十四枚の上着が止まっていた。


「残した理由を聞かず、怠けていたと決めなくてよかったです」


クラリッサが言うと、管理役は少し驚いた顔をして、それから深く頭を下げた。


  *


倉庫の脇の小部屋で、クラリッサは紙を一枚広げた。


「名簿に、何を足せば、この箱が届くでしょう」


オズワルドと管理役、それにマルタが、卓を囲んだ。ローレンスは、少し後ろで聞いていた。


「年齢と寸法を、全部書けたら一番いいのですけれど」


クラリッサは言いかけて、自分で首を振った。受取所の係が、一軒ずつ子どもの肩幅を測って書くのは無理だ。家族全員の背丈を書かせても、読む方が追いつかない。


「欄は、三つにします」


紙に線を引いた。


「一つ目は、年の頃。大人か、子どもか。子どもなら、だいたいいくつか。二つ目は、寸法の目安。今日分けた小・中・大の三つで足ります。三つ目は」


市場の外れの通りで会った、腰の曲がった祖母の顔を思い出した。足元にまとわりついていた幼い子どもたち。昼の二刻。店に立つ娘。


「受け取りに来られるかどうか。来られないなら、誰なら来られるか」


マルタが小さく頷いた。


「名前と事情を細かく書くのは、相談を受けた者の手元だけにしておきたいんです。倉庫に要るのは、どの受取所に、子どもの中の寸法が何枚、という数だけです」

「それなら、こちらでも積めます」


管理役が言った。


オズワルドが、少し心配そうに口を開いた。


「奥様、配給の規則そのものを変えるとなりますと、民政局との相談が」

「規則は変えません」


クラリッサは紙を指で押さえた。


「今回は、この倉庫に近い四軒だけで試します。それでうまくいくかどうか、見てみたいんです」


オズワルドは名簿の写しと見比べ、ゆっくりと息を吐いた。


「では、今までの名簿が誤っていたわけでは」

「誤ってはいません。数は合っていました」


それは、ずっと言いたかったことだった。


「帳簿が間違いなのではなく、聞くことが足りなかったんです」


  *


受取所は、倉庫から通りを一本隔てたところにあった。ミナ・ハルトの家も、その近くだ。四軒は、どれもマルタが前日のうちに訪ねて、今日来てもらえるか確かめてくれていた。


一軒目はミナとノエルだった。クラリッサは中の山から一枚取り、ノエルの肩に当てた。袖が手首でちょうど止まる。襟も首に沿った。


ノエルは、折り返しのない袖を何度も引っぱってみていた。それから、大人用の上着を母親に返した。


「これは、お母さんの分」


ミナは何も言わずに、その上着を受け取った。


二軒目と三軒目は、マルタが運んできた紙片つきの上着の家だった。子どもたちは背丈の紙のとおりの山から一枚ずつ。二軒目は母親が来た。三軒目は、仕事で来られない父親の代わりに、隣の家の娘が受け取りに来た。マルタが名簿の三つ目の欄に、隣家、と書いた。


四軒目は、足を痛めた老夫婦が孫を預かっている家で、受取所まで来られなかった。管理役の下の若い係が、上着を抱えて戸口まで届けた。通りを一本渡るだけの距離だった。


配った枚数は、秋の配給よりずっと少なかった。それでも、四軒の子ども六人のうち、五人の上着がその場で身体に合った。


六人目の、三軒目の女の子だけは、襟が広すぎた。中の寸法で丈は合うのに、首が細くて肩から落ちそうになる。


クラリッサは、思わずその場で上着を受け取ろうとした。針と糸なら、鞄に入っている。襟を少し詰めるくらい、半刻もあればできる。


伸ばしかけた手を、止めた。


ここで自分が縫ってしまえば、今日の試しは全部うまくいったように見える。そして、この襟が合わなかったことは、どこにも残らない。


「合ったものと、まだ直すものを分けて書きます」


クラリッサは帳面に書いた。六人中五人、そのまま着用。一人、襟の詰めが要る。修繕の担当は、まだ決まっていない。


女の子には、明日までに直して届けると約束した。それは、今日の自分が引き受けられる、一着分の約束だった。


  *


受取所の卓で、クラリッサはかかった時間を書き出した。


四軒の聞き取りと、寸法の確認。マルタが前日に四軒を回った時間。今日、倉庫で箱を開けて分けた時間。受取所で一人ずつ合わせた時間。届けに行った時間。


朝からほとんど休まずに動いて、四軒だった。


オズワルドが、書き出した紙を覗きこんだ。


「これは大変よい結果でございます。来週から、ほかの受取所でも奥様にご確認いただければ」


クラリッサは、ペンを止めた。


「ほかの受取所は、いくつありますか」

「町の中だけで、八つ。近くの村を入れれば」

「一つの受取所に、何軒くらい」


オズワルドが答えると、クラリッサは紙の上で数を掛けた。四軒で、朝からほとんどの時間。その何十倍もの家を、自分が回ることはできない。


「私が全部確かめるのでは、続きません。何人で、どれだけ時間がかかるのかを、先に見積もらせてください」


ローレンスが、後ろから口を開いた。


「広げる前に、誰がやるのかと、それにいくらかかるのかを決めよう。今日うまくいったからといって、すぐに全部の受取所でやるのはやめておく」


オズワルドは少し気まずそうに頷いた。クラリッサは、夫の言葉に頷きながら、少しだけ意外に思った。喜んで、すぐ広げようと言うのではないかと思っていた。


新しい名簿の紙を、もう一度広げた。年の頃、寸法の目安、受け取りの方法。三つの欄の上に、クラリッサはもう一本線を引いた。


――記入する者。


その欄は、空けたままにした。誰がやるのかは、午後の話し合いまでに決められることではなかった。


「欄を作っただけでは、誰も書いてくれません」


マルタが、その空欄をじっと見ていた。


新しい紙には、子どもに合う服を書く欄より先に、まだ誰の名前も入らない担当者の欄が、白く残っていた。

 

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