第4話 出張所
銀次郎に飴玉の渾名が付いて数週間。
その間、銀次郎はカリンの部屋をきれいに片付け、掃除をし、床にホコリ一つ残さず磨き上げた。
もともと女の一人暮らしで荒れていたカリンの部屋は、見違えるほど整えられた。
そして、その部屋の真ん中には重たいテーブルと、一人がけのソファが四脚。テーブルの真ん中には、重たいガラスの灰皿が置かれていた。
時折訪れるポーション協会幹部との会合、武装した男たちの訪問。カリンの部屋は独特の様式美に彩られていった。
「カリンはん。すんまへん。また来客ありますんで、ちいとお茶でもしてきてくれまへんか」
銀次郎は銀貨一枚とともに、カリンに頭を下げる。
銀貨一枚あれば、おしゃれな甘味処でお茶をして、ちょっとしたお土産も買って帰れる。
「部屋、汚さないでくださいね」
カリンは銀次郎を残し、部屋を出た。
銀次郎はソファに座ってお茶を飲み、喉を湿らせる。
銀次郎は文字は書けない。喋り倒すしかない。
そうして、客を迎え入れた。
――――
事務所、もとい、カリンの部屋で下ごしらえをした銀次郎は、最初に万札を売り払い、タネ銭を作ったロマーナ古物商に向かう。
ここの店員のカリンから、今日は店が休みであることは確認している。
「上がらせてもらいまっせ」
カリンから借用した合鍵で店の中に入る銀次郎。
ロマーナは大きな窓から差す明るい光の中で、書物を読んでいた。
「休みの日にすんまへんな。鳥、好きでっか? これ、温いうちにどうぞ」
銀次郎が取り出した焼鳥の匂いが部屋を包む。
「最近、商売を始めたそうじゃないか」
ロマーナは片眼鏡を外し、銀次郎を見つめる。
「へえ、ポーション協会の人が良うしてくれまして。煙草、ええですか?」
銀次郎は半呼吸だけ間を置き、点火棒を一瞬取り出し、巻いた煙草に火を付け、一口吸う。その煙草は一級品。
部屋の中を、焼鳥の匂いと、銀次郎の煙草の匂いが満たす。
「商売に来たのかね?」
銀次郎は間を作る。会話のズレの焦らしを作る。
「いや、恥ずかしい話なんやけど、助けてほしいんですわ」
「何をして欲しい?」
「いや、前も言うたやないですか、なんかあったら寄らせてもらうて。そんで、来ましてん」
銀次郎は携帯した折りたたみ式灰皿に煙草を押し入れた。
「正直に言います。商品、うちから仕入れてほしいんですわ。今までの八掛けの値段で冒険者から持ってきます。そん代わり、こっちに直接売りに来る客は、ほぼいのうなります。無体とは思いますが、どうぞ、通してくれまへんか」
「八掛けの根拠はどうするつもりかね」
「こっちの仕入れの場所で、お宅のカリンはんに鑑定してもらいます。もちろん、その後でロマーナはんが直接見てくださったら、問題ありゃしませんやろ?」
「ふむ」
ロマーナはパイプ詰めの煙草に火を付けた。
「何を考えているか知らんが、君の利益が何もないんじゃないかね? 飴玉の銀次郎」
銀次郎は一瞬だけ気を張り、その後、へつらう。
「ワシは細々とやらせてもらえたらええんですわ。なんとか、お願いできませんやろか?」
「ふむ、わかった。やってみたまえ。実績で示すなら、こちらは何も言わんよ」
「へえ、ありがとうございます。ホンマ、助かります。あ、一服すんまへん」
銀次郎は、再び煙草を吸った。ロマーナと銀次郎の煙草の香りが部屋で混じった。
――――
「リンク、仕入れは問題あらへんな」
銀次郎はカリンの部屋のソファに座らせたリンクに声を掛ける。リンクの身なりは、こざっぱりとした仕立ての良い服である。指には宝石の嵌まった指輪を、首には金の太いネックレスを掛けている。
「はい。銀次郎さんの言う通り、日用品と保存食料、それに、運ぶ馬も幌付きの馬車も人も雇っています。でも良いんですか、こんなことして。日用品と保存食ばっかりこんなに沢山、ポーション協会との取り引きで積んだ利益が吹き飛びますよ」
「ようやった。まあ、あとはなるようになるやろ。リンク、ポーション協会とのシノギ、ちゃう、取り引きはお前に任せる。あと、街の子どもん中から、暇しとる子ども、そん中でも頭の切れるやつ何人か見繕っといてくれんか。読み書きはでけんでもええ」
銀次郎は煙草に火を付ける。
「え? あ、はい。わかりました」
銀次郎は煙草を一口吸い、重たい灰皿に押し付けた。
――――
翌日、銀次郎はカリンと、グラッツの元従卒であった冒険者たちと馬車を走らせる。
「銀次郎、私、なんで銀次郎と一緒にいるの?」
カリンは馬に乗ったまま、銀次郎に尋ねる。銀次郎は御者の隣りに座っている。
「ロマーナはんと話はついとる。ええから、ついてこい。もっとええもん着させたる」
カリンは自らの服装を見る。銀次郎が来てから、毎日小遣いをもらい、化粧もできるようになった。服装も、垢抜けていると自信ができてきたところだった。
銀次郎たちは、街道を一週間進んだ。そして、宿場村の一つに落ち着く。
銀次郎は村長と商人と酒場の親父に金を積み、商売の利益の一部を流すことで、これを認めさせた。
ポーション協会とのシノギで儲けた金をほぼ使い切り、銀次郎の手元には、金貨五十枚のタネ銭のみ残った。
夕方になり、旅塵に汚れた冒険者たちが宿場村に入ってくる。
「えろう働いたみたいでんな。どうです。まずは一杯」
銀次郎は冒険者たちに酒を注いで回る。
「ああ、狩り場が遠くなってしまってね。移動だけで一苦労なんだよ」
上品そうな剣士を見つけた。腰の剣を見る。造りが良い。
「ほうでっか、これから街まで帰るんでっか?」
「そうなんだよ。ここからまだ一週間もかかる」
剣士はため息を付いた。
「大変ですなあ。せや、なんで街に戻りはるん? 村で飯も食えますやん」
「補給がいるんだよ。冒険用のね。それに、宝物を売らなきゃいけないんだ。あれ、案外重たいんだよ」
上品な剣士は苦笑する。
「ほうでっか、そしたら、うちが買い取りましょか? 余計な手間は無い方がええでっしゃろ。まあ、うちのもんの目利きになるんで、ちょいと確かさは劣るかも知れませんけど」
上品な剣士は振り返る。
帽子をかぶり、杖を持った女がいる。杖には巨大な宝石が嵌まっている。
「サーラ、どう思う?」
「はあ、アイザック、また、変なのにつかまって……まあ、話は聞いてたわ。じゃあ、これをいくらと見るの?」
銀次郎はカリンを前に出す。
「あ、首飾りですね。えっと、魔法も掛かってないみたいですし、銀貨八枚です」
カリンはテーブルに乗った首飾りを少し手に取って重さと傷を確かめ、テーブルに置き直す。
「サーラ?」
アイザックは仲間を見る。
「まあ、大体合ってるんじゃないかしら」
銀次郎は笑みを浮かべる。へつらいの笑み。
「いやあ、褒めてもらえて嬉しいですわ! サーラはんに目利きを認めてもろて」
銀次郎は声を張った。その声は酒場の窓を叩いた。
冒険者たちは銀次郎のテーブルに注目する。
「……おい、剣聖アイザックと、魔女サーラだぞ。あのおっさん、なにもんだ?」
通った。
銀次郎は確信した。
「うち、日用品も、保存食もありますねん。話し、してみまへんか?」
酔漢たちは銀次郎に注目する。
酒場は、銀次郎の商売の場となった。
――――
「すごい勢いで売れましたね」
翌日の昼間、カリンは自らの肩を叩きながら銀次郎を見る。
馬車には、日用品と食料品の代わりに、買い取った宝物が積まれている。
「せやな。カリンはん。街にお友達、いてはりません? とりあえず、読み書きと帳面が見れたらええんですけど」
「え? 同じ学校だった子ならいるけど……」
銀次郎はにやりと笑う。
「ほしたら、カリンはん。この商売何回か回しますさかい、その子も一緒に来てもらえるようたのめまへんやろか。もちろん、お礼はさせてもらいまっから」
銀次郎は、カリンの友人と、リンクが見つけた年長の子どもとともに、この商売を何度か回した。
銀次郎が手離れを考えていると、銀次郎が事務所にしているカリンの部屋を訪ねてくる者があった。
「銀次郎、飴玉の銀次郎。居るなら顔を見せよ」
銀次郎はオモテに顔を見せる。そこには立派な馬に乗った使者がいた。
「銀次郎か。ギルド長の元へついて参れ」
「へえ、わかりました。お伝え、どうもありがとうございます。とりあえず、あごうてください。お茶、出しますさかい」
銀次郎は新たなシノギの匂いを嗅ぐ。




