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円満ヤクザ  作者: 林美鈴
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第5話 票田

 銀次郎は、温かなお茶でギルドから来た使者をもてなす。


「ほな、あんさんは、ギルド長さんがワシのこと、なんで呼ばはったか知らへんちゅう事ですか」


 使者はテーブルに置かれたお茶に手を伸ばし、手を止める。


「うむ、聞かされておらん。ところで、カップの隣の飴玉はなんだ?」


「ええ、どうぞ使うてつかあさい。入れてのんだらちょうどええ塩梅でっせ。ミルクもあります」


「ミルク?」


「いえ、ええです。好みで使うてください」


 使者は飴玉をカップに入れた。


「ほんで、ええと、名前伺ごうてもよろしいですか?」


「バルザックと言う」


 バルザックは、飴玉が溶けたお茶を噛みしめるように飲む。


「うむ、良いものですな」


「そうでっしゃろ。組み合わせるとええようになるもんもありまっせ」


 銀次郎はミルクを入れてお茶を飲む。


「バルザックはん。ギルド長はんは、なんて言いはりますの?」


「ああ、ギルド長はカーディナル殿だ」


「へえ、もう結婚してはるんでっしゃろか?」


「うむ、奥方と二人の娘さんがいらっしゃる」


「ほう、娘はん……娘はんは、結婚してはるんでっか?」


「うむ、長女のミリアム様に婿入りしたサーベイという人がいらっしゃる」


「ほうほう、ほうでっか」


 銀次郎はバルザックの口調に注目する。


「せやったら、カーディナルはんも跡取りは安心ですねえ」


「うむ……」


 バルザックの歯切れは悪かった。


「さて、ほな行きましょか」


「待て、ギルドから馬車を呼んでくる」


「いや、そんな偉いもんと違います。あんさんについていきますわ。カリンはん、夕方には戻りますさかい」


 こうして、銀次郎は馬に乗ったバルザックの後ろをひょこひょこと歩いていった。


 ――――


 陽の光がよく入る応接室に通された。

 銀次郎は椅子に座り、周囲を観察する。


 応接室に棚があり、本の背表紙が見えた。

 銀次郎はこれだけまとまった量の本を見るのは久しぶりだった。


「上品な使い方やな」


 銀次郎は一人、そう評した。


 奥のドアが開く。


「いやいや、おまたせしてしまって申し訳ない。銀次郎さん」


 大柄でやや太った男が出てくる。


「気にせんでつかーさい。ワシ、暇しとりましたから」


「そう言ってもらえると助かるよ。私はカーディナル。このあたりの商いを取り仕切っている。で、だ」


 カーディナルは服の裾を払い、椅子に腰掛けた。


「銀次郎、君に注目している。色々と動いているね」


「へえ」


 銀次郎は否定も肯定もしなかった。


「君の仕事をしばらく見させてもらえた。単刀直入に言う。なぜもっと儲けようとしない」


 銀次郎はへつらう笑顔を崩さない。


「君がもっと前に出て、商売を回せば、売上も利益も何倍にもなるだろう。何故そうしない」


 銀次郎は笑顔の隙間から、カーディナルの身体全体を観察する。


「ワシがオモテに立つなんて、できゃしません。文字も読めへんし、数字にも疎いですから」


 銀次郎はカーディナルの表情を探る。


「ふむ、では、そういうことにしておこう。ところで、君を正式に商工ギルドの会員にしようと思うんだが、問題ないね」


 銀次郎の目が一瞬だけ鋭くなる。誰にも気が付かせはしない。


「いやあ、ワシ、自分の名前も書きゃしませんよってに、そんな会員なんて、滅相もありません」


「君は私からの誘いを断るのかね」


「いえ、そういうわけやあらしませんけど……」


 銀次郎は視線を鋭く変える。


「カーディナルはん。これ、銭の話や無いですな。腹あ割って話ししましょうや」


 カーディナルは銀次郎の視線を受け、少し目を逸らす。


「君の会員の話だ。それ以外の何ものでもない」


 銀次郎はため息をつく。


「腹、割りましょうや。遊びで来てるんやないんやで」


 銀次郎の言葉で、部屋の中の温度が下がった。


「わかった……落ち着いてくれ」


 カーディナルの顔から笑顔が消える。


「君に会員になって欲しい。そして、会長選挙の際、私の娘婿に票を入れてもらいたいのだよ」


 銀次郎の目が細くなる。


「勝てまっか?」


 カーディナルは目を逸らしたまま答える。


「……その為に動いている」


 銀次郎は笑顔になる。


「腹あ割って話しましょ。言うたや無いですか。ほんで、その様子でわかりました」


 カーディナルは銀次郎を見る。


「何がわかったというのだね」


 銀次郎はにやりと笑う。そして、カーディナルの目を見る。


「カーディナルはん。安心してつかーさい。娘婿はんは通します。その代わり、今後いっさい、ワシの商売に口出さんようにしてください。あ、もちろん、そっちの商売の邪魔は絶対しまへん。男、俵銀次郎を信じてください」


「わかった。娘婿が通ったなら、何も言うことはない」


 銀次郎は表情で笑い、カーディナルを目で見つめる。


「ほんだら、会員はんの名前と仕事と住んどる場所を下さい。年も分かれば嬉しいです」


 銀次郎は帳面の写しを手に入れた。それは銀次郎にとって、金のなる木であった。


 ――――


「銀次郎さん、また儲けを全部使うんですか。しかも、見ず知らずの人に贈り物を送るなんて、変じゃないですか」


 事務所、もとい、カリンの部屋でリンクが銀次郎に文句を言う。


「ええんや。金に糸目はつけんでええ。ちょっと引くくらいのもんを送りつけえ、カリン、女もんの贈りもんはお前に任せる。ええもん見繕ってくれ」


「いいけど、銀次郎、何考えてるの?」


 銀次郎は笑う。


「ええんや、送り先は、この帳面の会員の、娘、息子にするんやで、それと」


 銀次郎の目が鋭くなる。


「『次の誕生日にも贈り物をさせてもらいます。カーディナル』――必ずそのメモは付けえ。あと、贈るんは、そいつらが家の外に出たときせえ。商工会長からの贈り物やさかい、必ず受け取ってほしいと、無理やり渡すんや。それだけでええ」


 銀次郎は笑った。


 ――――


 一ヶ月後、商工ギルドの会長選が行われた。結果、カーディナルの娘婿が圧勝した。


 その日の夜、カーディナルの屋敷で酒宴が催された。


「銀次郎、何をやったのかね」


 カーディナルは隅で飲んでいた銀次郎をつかまえる。


「会員はんと「仲良う」なっただけです。ちいと贈りもんをさせてもらいました」


「簡単に買収に応じるような者たちではないはずだが……」


「せやから、お子さんらに贈りもんさせてもらいました。こっから先は企業秘密やさかい。堪忍してつかーさい」


 銀次郎は微笑んだ。


 ――――


 数カ月後、銀次郎のもとに、使者が来た。


 銀次郎は事務所、もとい、カリンの部屋で応対する。


 使いは、王都から来たと言う。


 銀次郎は、シノギの匂いを感じた。

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