第3話 飴玉の銀次郎
銀次郎は焼き鳥を笹の葉で包み、長屋の前を歩いている。
そして、自室の隣の扉を叩く。
「すんまへーん。隣りに越してきた、俵銀次郎言います。ちょっとご挨拶に思いまして。いらっしゃいますやろかー」
返事はない。ドアノブを回し少し扉を開ける。鍵はかかっていない。部屋から薄っすらと煙が漏れてきた。
「ちょいとお邪魔しまっせー」
銀次郎は部屋の中に入る。
部屋の中は煙が充満しており、青菜の焦げたような匂いがする。
「……あ、はいー。どなたですかー」
銀次郎の足もとから声がする。どうやら部屋の主が真ん中で眠っていたようだ。
「銀次郎言います。あんさん、お名前聞いてもええでっか?」
「あ、はい。ルーファスです。はじめまして、おはようございます」
銀次郎は部屋の中を見る。たくさんのガラスの器具と乳鉢。乾燥させた植物らしきもの。
「ええ、はじめまして。お仕事やったんですか?」
「はい。その、えっと……」
ルーファスの腹の虫が鳴る。
「せやった。ご挨拶に焼き鳥、買うてきたんですわ。いっしょに食べましょ」
銀次郎は散らかった部屋の中にあぐらをかいた。
――――
「ほうでっか。クスリ作るにもルールがあるんですねぇ」
焼き鳥の串を口に運びながら、銀次郎はルーファスの話に耳を傾ける。
ルーファスは次々と焼き鳥を頬張りながらしゃべる。
「いえ、作るのは自由なんです。でも、売るとなるとポーション協会を通さなきゃならなくなるんです。でも、そうしたら材料もそこから買わなきゃいけなくなって……」
ルーファスは長屋の外を見る。小川のせせらぎと野花が見える。
「材料なんてそこら辺に生えてるんです。でも、ポーション協会から材料を仕入れずに勝手に作ったら、売ることができなくなるんです。僕たちみたいなただの錬金術師は、高い材料を買って細々作る感じで……だから、ぜんぜんお金にならなくって……ごめんなさい。恥ずかしい話をしてしまって」
ルーファスは涙を流しながら焼き鳥を食べている。
銀次郎はルーファスの体を見る。年は若いだろうに、皮膚に張りがなく、髪にも艶がない。
「そんだけ働いてますのにな。そういえば、材料ちゅうんはこれですか?」
銀次郎は干されている薬草を一本手に取る。
「はい。それです。ポーション一つ作るのに、それが何十本も必要なんです」
「わかりました。ルーファスさん。焼き鳥の残りはみな食うてください。その代わり、こいつ一本もろてもええですか?」
銀次郎はそう言うと、立ち上がり、部屋を出た。
――――
銀次郎は再び焼き鳥屋を訪れた。
「リンクはん、いてはりますか?」
「弟? どうかな。そのへんで遊んでいると思うけど」
「おおきに。あ、まんじゅう屋か何か、甘いもんの店、ありますやろか?」
「ああ、それなら広場の向かいの店がそうだよ。飴を売ってる」
店の赤いのれんが見えた。銀次郎に文字はわからない。
「あれですか。おおきに、またきますわ」
銀次郎はスタスタと歩くと、飴屋の様子を見る。
練り飴ではなく、固く丸い飴を売っているようだった。
店の棚には、色とりどりの飴が並んでいる。
「すんまへん。ここの飴、端から端までみなください」
若い娘が応対する。
「はい。いくつずつ買われますか?」
「ええ、せやから、みんなです。いくらになりますか?」
銀次郎は金貨を二枚支払った。
「釣りはいりまへん。棚、そのまま貸してもらいますね」
銀次郎は通りを駆け回っていた子どもたちを呼び寄せる。
「リンクって言う兄ちゃんがおるやろ。連れてきてくれ。そしたら飴玉一個やるわ」
銀次郎は子どもたちを解き放つ。リンクはすぐに連れてこられた。
銀次郎は子どもたちに飴玉を手渡す。
「リンク、良う来たな。まあ、座れや」
銀次郎は店のイスにリンクを座らせる。
「何だよおっさん」
リンクは銀次郎の後ろに並ぶ飴の棚を気にしている。
「リンク、これ、わかるか?」
銀次郎はルーファスの部屋から持ってきた薬草を見せる。
「コナハルだろ。乾いてんな。それがどうしたんだよ」
銀次郎はにやりと笑う。子どもも知っている草。
「リンク、これ十本もってこいって言ったら、お前らやったら何時間かかる?」
「十分もかからねえよ。そこら中に生えてるからな」
「よし、わかった。リンク、そのコナハル十本と、飴玉一個交換するて、皆に伝ええや、伝えるんは五人でええ、そしたらそいつらから噂は広がる。あと、駄賃やるから、お前には別のことを頼みたいねん」
銀次郎はリンクに耳打ちし、銀貨を数枚握らせる。
「ほしたら、頼んだで」
銀次郎は、時折酒場に通いつつ、この仕掛けを数日回した。
――――
早朝、カリンの部屋のドアが激しく叩かれる。
「え? はい、えっと、はーい!」
カリンが目を覚まし、返事をする。
「出んでええ、ワシの客や」
銀次郎は扉を開ける。
目の前には三人の男が立っていた。中央の年配の男が口を開く。
「飴玉の銀次郎だな」
銀次郎はにやりと笑う。
「飴玉は嫌いやないですけど。何ですの」
男は拳を固く握る。
「ふざけるな。そこら中のコナハルをみんな集めやがって。俺たちポーション協会を敵に回すつもりか。そんなことをしても、ポーションの販売許可がなけれ……」
「まあまあまあ、ちょいと待ちなはれ。あれ、コナハル言うんですか。ワシ、あの匂い気に入りましてん。せやから、子供らにちょいと集めてもろただけなんですわ。そしたらぎょーさん集まりましたけど、朝も早うから、大人三人も揃うようなことちゃいますやろ」
銀次郎は一度顔を引き締め、礼をする。
「せやけど、趣味の話やない言うんなら、じっくり話ししましょ。さあ、上がってください」
銀次郎はカリンの部屋に男三人を上げた。
「え? あの、ちょっと」
下着姿のカリンは、その光景を呆然と見つめていた。
――――
「せやから、今まで通りでええ。そういうことですわ」
「だから、どういうことだと聞いている」
銀次郎は真摯な表情を作る。
「ポーション協会さんは、今まで通り、錬金術師さんにコナハルを卸せばええんです。販売もそのままや。ただ、ワシはその商売の手伝いをさせてもらいたい。そういうことですわ」
「何が言いたい?」
「コナハルの採集は、この飴玉の銀次郎に任せてください。今までの三分の二の値段で卸しますし、量も二倍は卸せます。その分の利益は、そっちで取ってくれたらええんです」
「今まで雇っていた採集師はどうなる」
「へー。そんな人雇うてはったんですな。そっちのことはようわからんさかい、考えるんはお任せしますわ。せやけど」
銀次郎は飴玉を口に含んだ。
「ポーションを待っとるお客さんは、毎日来はりまっせ。みんな痛いのを我慢しとるんや。はよ助けたったらええんとちゃいますか」
男は下を向く。
銀次郎の頰で飴玉が転がった。
――――
「ああ、グラッツはん。こないだは助かりましたわ。急な頼みにつきおうてくれて」
冒険者のグラッツは、エールのジョッキから視線を上げる。
「いや、三日間倉庫を見張るだけで金貨六枚だからな。こちらこそ助かった」
「ホンマ嬉しいです。あ、ここの分、ワシに払わせてください。おーい、お姉ちゃん。こっちのエールが空やでー。それはそれとして、最近なんか変わったことありません? ワシ、情報に疎うて」
「最近か? そういえば、店にポーションが増えたな。値段も落ち着いたし、冒険者としての本業にも、力を振るえる。そう思っているところだ」
「へえ、そりゃ嬉しい話ですな」
「それで、狩り場を増やしているんだが、街から距離が離れてしまってな。それで難儀しているところだ。まあ、銀次郎。君には関係ないことかもしれないな。たしか、最近飴屋を始めたんだろう?」
「いやいや、グラッツはんの活躍に比べたら、しみったれたものですわ」
銀次郎は、次のシノギの匂いを嗅いだ。




