第2話 家(ヤサ)探し
銀次郎はカリンの案内で酒場に入る。
そこは銀次郎の初めて見る風景だった。
剣や斧、兜や鎧を誇示した男や女が立ったままテーブルに肘をついて食事をしている。
銀次郎はテーブルについた新旧の切り傷を確認し、どういう場所であるか理解した。
壁にはメニューのようなものは見えない。常連が集まる店のようだ。
「カリンはん。おおきに。ええ店ですね」
銀次郎はカリンに銅貨五十枚の入った小袋を手渡した。
「え? ちょっと、多くない?」
「ええ店でしたから。ああ、せやったら、注文まで付きおうてもろても、ええですか?」
「え? ここ、私みたいなただの店番が来るようなお店じゃないんだけど……」
銀次郎は、空いたテーブルの前に立って手を振る。
「もう、仕方ないなあ」
銀次郎とカリンがテーブルの前に立つと、ウェイトレスが近づいてくる。頭に牛のような角が生えていた。
「おすすめメニューとエールでいいですか? まあ、うち、それ以外だと、パンとイモしかないんだけどね」
牛角娘はガハハと笑った。
「ああ、ほんなら、それでお願いします。カリンはんも、それでええですか?」
「え? いいけど、っていうか、私、店番抜けてきちゃってるし」
「ええやないですか。ちょっと休憩して、すぐ帰るだけですって」
銀次郎は早速運ばれてきたエールでカリンと乾杯する。
「カリンはん、お店にはどんなお客はんがよう来るんですか?」
「え? そうだね。ここにいるような冒険者の人たちが多いかも」
「冒険者、ですか?」
「そう、みんな強そうでしょ。冒険者が遺跡とかで集めてきた宝石とか珍しいものとかを、うちに売りに来るの。結構儲かってるみたいなんだ。お給金ぜんぜん上がんないけど」
「ほう、そりゃまた。カリンはん頑張っとるのに、それはきついですなあ」
銀次郎の頭の中にそろばんが浮かぶ。
「お客はんは毎日きはるんですか?」
「うん、でも、だいたい似たようなものばっかりだから、わたしが受け取って買い取ってるの。その中でも、なんか珍しいものだけ、店長が値付けしてる」
銀次郎はシノギの匂いを嗅ぐ。しかし、まだ何もできはしない。
そして、周囲からは、自らの武勇伝を語る男たちの声が聞こえる。
「ほうでっか、カリンはん、ますます優秀やわ。こんなに若うて別嬪さんやのに、頑張りやさんやなんて、誰も放っておかんでしょう」
「え? 私なんて、田舎から出てきたイモ娘だし、都会じゃ誰も相手にしてくれませんよ」
カリンの口はエールで滑らかになっている。酔いも少し回ったようだ。
「カリンはん、ワシ、おかわりもろてきますね」
銀次郎はカリンを残し、テーブルを離れた。
そして、エールのジョッキを二つ持って帰ってくると、武装した数人の男がカリンのいるテーブルを囲んでいた。カリンは身を強張らせている。
「ロマーナんところの娘だよな。どうしたんだ今日は、俺達に会いたくなっちまったのか?」
「それじゃあ、応えてやらなきゃいけねえよな」
「そうだよな。おい、ちょっとこっちに来いよ」
男の一人が抵抗するカリンの手を引き自らのテーブルに引きずり込む。
しかし、そこには銀次郎が立ってエールを飲んでいた。
「なんだ、おっさん。なんで俺達のテーブルにいるんだよ」
銀次郎は不敵な笑みを浮かべる。
男たちは銀次郎の懐を見る。剣も斧も槍も杖も持っていない。丸腰だった。
「おっさん。痛い目見たくなけりゃ、退きな」
銀次郎はへつらう笑顔を見せる。
「いや、先程から聞かせてもらいました。隣のテーブルにおったんですけどね。ホンマにすごい実力。是非近くで聞かせてもらいたいと思たんです。もちろん、飲み代はこっちで持ちますさかい、どうかお話、聞かせてくれまへんか。あと、ワシの連れ、介抱してもろてホンマありがとうございます」
「何だこのおっさん? シメられたいのか?」
「いや、待てよ。メシ代払うって言ってるぜ」
「おう、そしたらよ」
冒険者グループのリーダーらしき男が前に出る。
「俺たちの食事のツケ、おっさんが払ってくれるのか?」
銀次郎の目が一瞬鋭くなる。しかし、その変化は誰にも見せない。
「ええ、もちろんです。ほんで、お話、聞かせてもらえますか?」
銀次郎はテーブルに滑り込んだ。
「なるほど、グラッツはんとゲートルはんとザーンはんは、元は騎士やったんですね。ホンマすごいですわ」
「ああ、国が戦でなくなっちまってな。今はしがない冒険者暮らしってやつだ」
「いやいや、そんなことありゃしません。立派に働いてはるやないですか。せや、なんか困り事とか、あったりします?」
「そうだな。あ、思い出すだけでムカつく。ポーションの値段が上がってるんだ。うちはクレリックがいないからな。本当に苛つくぜ」
「そりゃ、大変ですなあ。あ、せや。ワシ、なんか商売できたらと思うてますねん。困ったときはお願いしてもええですか? お礼はきちんとしますさかい」
「ああ、もちろんいいぜ。何でも言いな」
「はい。ありがとうございます」
その時、グラッツの足が何かに当たり、ガランと音をたてた。剣だった。
「あ、わし、拾います」
銀次郎は剣を手に取る。重みを確認し、少しだけ鞘から刃を抜く。
周囲の空気が一段冷える。
銀次郎は研ぎと鋼を確認する。悪い。
銀次郎はニコリと笑って刃を鞘に戻す。
「平気です。どこも傷ついちゃおまへん」
騎士たちの心が安堵に包まれる。
そうしてしばらくして、銀次郎はカリンを担いで店を出た。
翌日、カリンは頭痛とともに目を覚ます。
すると、湯が沸く音が聞こえる。
銀次郎がカリンの部屋のキッチンに立っていた。
「え? おじさん。なんで? え?」
銀次郎は笑顔でカリンに答える。
「ホンマ助かりますわ。ワシ。寝るとこもないて言うたら、カリンはん、家に呼んでくれて、ホンマ助かります。あ、これ、スープです。大家さんにもろたもんを温め直したんやけど、飲めそうでっか?」
「えと、私、マジでそんな約束しちゃったの?」
「ええ、ホンマ感謝してます。あ、もちろん家賃は三分の二で払わせてもらいますさかい、これからホンマよろしくお願いします」
銀次郎の顔は笑顔だ。カリンは呆然としたまま頷いた。
カリンと銀次郎は狭いテーブルにつき、パンとスープを食べる。
その時、ボンッという音が隣の壁の向こうから聞こえてきた。
「カリンはん、今の音は?」
「お隣さん、なんか錬金術? 学者? よくわかんないけどそういうのやってるんだってさ。だから、時々音がするんだよね。変なにおいするときもあるし、マジで勘弁してほしいよね」
「そりゃ大変ですな。お隣さん、名前はなんていいますの?」
「たしか、ルーファスとか、そんな名前。ああ、頭痛い。これから店番なのに」
「ホンマ、がんばりやさんやな。カリンはんは。ほら、スープだけでも飲んでくださいよ」
銀次郎は頭の中で絵を描く。まだいくつかのピースが欠けていた。
だが、完成させる自信はあった。
何より、家が手に入ったのだ。
時間を長く使うことができるようになった。
銀次郎は一人、笑みを浮かべた。




