第1話 タネ銭
「ほうでっか、使えまへんか」
俵銀次郎は、耳先が尖り、真っ青な髪色の男の言葉を確認する。
風は少しだけ冷たい。
「財布は立派だがな。その紙は金じゃない。焼き鳥が欲しかったら、金持ってきな。銅貨二枚だ」
しかし、青髪の男は、万札を物珍しげに見ていた。
銀次郎は万札を蛇革の長財布にしまい、セカンドバッグに財布をしまった。
この焼き鳥屋は本当のことを言っているだろう。
露天の様子を確認し、銀次郎は微笑む。
「ほうでっか。迷惑かけてすんまへんでしたな」
銀次郎は焼き鳥はすっぱりと諦める。
周囲を見る。広場には、派手な髪色の人々。
手をつないで歩くカップル。
日光浴を楽しむ家族。
ベンチに座る老人。
周囲には、ヨーロッパのような町並み。
街行く人の服装はシンプル。プリントシャツを着た若者など一人もいない。
中世風といった感じだ。
銀次郎は探す。金の匂いを。
しかし、タネ銭がなかった。
「兄ちゃん。この辺に、古物商はんはあるやろか?」
髪色が真っ青な男は、後ろの子どもに声をかけ、銀次郎の案内を命じる。
銀次郎はその様子を観察する。
「おっさん、俺が連れてってやる。付いてきな」
子どもの少し威張った声。
「へえ、えろうすんまへんな」
銀次郎は、両替屋ではなく、古物商への案内を頼む。
「ホンマに、ホンマにありがとうございます」
少年は、偉そうに、どこか誇らしげに銀次郎を案内する。
「いいんだよ。おっさん。困ってるんだろ?」
「ええ、ホンマすんまへん」
「ほら、着いたぞ、ここがロマーナ古物商だ」
銀次郎は観察する。
明かり取りのための窓が大きい。
――品物を見るにはちょうどええ。
「へえ、ホンマありがとうございます。ワシは銀次郎いいます。坊っちゃんお名前は?」
「オレか? オレはリンク。おっさん。もう迷子になるなよ」
「へえ、ありがとうございました」
銀次郎は頭を下げ、リンクを見送る。
銀次郎は表情を変える。先程までのへつらった笑顔と違い、商売の顔になる。
銀次郎は茶封筒に1枚だけ万札を入れた。
「すんまへん。店主はんはいらっしゃいますかね」
店の戸を開け、少し、凄む。
「はい。えっと、何の御用ですか?」
赤髪の店員の女が、銀次郎の姿を見てたじろぐ。
「店主はんはおるかって聞いとんじゃ。答えんかい」
有無は言わせない。ここが銀次郎の博打の一つだった。
赤髪の女はトラブルを避けた。
「はい。少々お待ちください」
「おるんならええ、上がらしてもらうで」
銀次郎は赤髪の女から冷静さを奪い取る。
「ええ?! ちょっと、お客さん」
銀次郎は先に行く。赤髪の女は銀次郎に従うように歩く。
「どっちや?」
「ええ? こっち、です、けど」
赤髪の女は奥の扉を指差す。
オモテから見た間取り、窓のある部屋。
「ありがとさん」
銀次郎は扉を開けて中に入る。
中にいる男は、片眼鏡で宝石を見つめていた。
銀次郎はシノギの香りを強く嗅ぐ。
「邪魔するで、あんたがロマーナはんか?」
「なんだ。君は、いきなり……」
「取引といきましょうや」
銀次郎は机に手を置いた。主導権は握らせない。
「ワシ、商売人の銀次郎いいます。あんさんにええ話があって持ってきました」
「なんなんだ。いったい……」
混乱から立ち直らせてはいけなかった。
「これです。絵画です。そいつで見てもらえまへんか」
銀次郎は茶封筒を取り出し、万札を一枚取り出す。
ロマーナの目が興味に引かれる。
掛かった。銀次郎が目を細める。
「もう一度言います。手に取ってもらって構いまへん。そいつで見てもらってええですか」
銀次郎は万札を手渡す。
ロマーナは恐る恐る手に取る。
「これは、これは、これは」
ロマーナは万札を日に透かしたあと、全体を舐め取るように眺め、片眼鏡で仔細に観察し始めた。
「ええもんでっしゃろ」
銀次郎はロマーナの反応を見る。ロマーナに少しの時間を与える。
「なんと精緻な絵画なのだ。魔法の細工まである。君、これをどこから」
銀次郎は再び言葉で殴る。
「なんぼ出せまっか?」
銀次郎はサメのような目でロマーナを見る。
「いや、しかし……」
銀次郎は冷静な思考を許さない。
「なんぼ出せるか聞いとんじゃ。はよう答えんかい」
「五枚。金貨五枚でどうだ」
銀次郎はロマーナの表情を見る。こいつはまだ商売人の顔をしている。
「桁、違うんとちゃいますか?」
銀次郎は茶封筒をちらつかせる。
「いや、すまなかった。金貨二十。それでどうだ。即金で支払う」
銀次郎は潮時を判断する。追い詰めすぎてもいけない。
「ええでっしゃろ。ああ、なんぼかは細かあ分けてください。この街来てすぐなもんで、細いもんも必要なんですわ」
「ああ、わかった。おい!」
ロマーナは赤髪の女に声をかけ、金の袋を用意させる。
「ロマーナはん。ワシは銀次郎いいます。今回はええ取引できました。また、なんかありましたら、寄らしてもらいますさかい」
「ああ、銀次郎。わかった。また、よろしく頼むよ」
ロマーナが商人の顔に戻っていく。
銀次郎はゆっくりと店を出る。金貨はセカンドバッグにしまった。
タネ銭はできた。
「お姉ちゃん。あ、名前なんて言いますの? ワシ、銀次郎言います」
「え? カリンだけど、おじさん、何?」
「カリンはん。ええ名前ですな。ワシ、腹減ってますねん。飯食えるトコ、案内してくれまへんか。できれば酒が飲めるとこがええです」
銀次郎は銅貨二十枚をカリンに手渡した。
「え? えっと、いいけど……店長、ちょっと行ってきます」
カリンはこの金離れの良い客に興味を持った。
銀次郎は夕暮れの街を歩き出す。
新たな獲物を探して。




