元冒険者ヴァルド・サンライズ 中編
ボトルには達筆な異国文字で、何やら二つの文字が記されている。
これはなんて読むんだとヴァルドが尋ねれば、マスターサカガミが小気味よく答える。
「筒貫、と読みます。それの2025エディション……とある年のリリースを再現したものになります」
「ツツヌキ……」
出されたウイスキーは、ヴァルドが知っているよりもやや黄色の色味の強い、べっこう飴を思わせるような色合いをしていた。
今までいくつか蒸留酒を飲んだことがあるが、これほど見事な色合いをしたものには終ぞお目にかかったことがない。
透明度の高いグラスに入っている液体が揺れると、粘性の高さから上に跳ねたウイスキーがゆっくりと下に垂れ落ちていく。
ヴァルドはグラスをゆっくりと傾け、わずかにウイスキーで舌を湿らせた。
すると口から鼻腔を通じて強烈な香りが、ヴァルドの鼻を突き刺した。
鍛冶場から出る煙のような、洞穴の中で感じる苔むした土の香りのような、ともすれば刺激臭とすら思えるような力強い香りに、彼は思わず面食らう。
「これは……なんだっ!?」
最初は違和感の方が多かった。
だが二度三度と口に含む内に、そのウイスキーの新たな側面が現れてくる。
燻製を思わせる、重たい煙の香り。
その裏側に隠れている、ドライフルーツのような濃厚な甘さ。
燻製のサーモンを食べた後のようなどっしりとした満足感と、ドライフルーツの後引く甘さが同時に残っているような感覚。
後味の余韻が良いおかげで、するするとあっという間に一杯を飲み干してしまった。
「次は少し多めに注ぎましょうか?」
「……お、お願いします」
じっくりと味わおうとしていたが、そんな余裕すらなくなるほどの美味さであった。
おかわりを頼むと、次は横に何やら小さな水差しのようなものを置かれる。
「これは……?」
「加水用のお水です。度数の高いウイスキーは、水を入れれば匂いが開きます。自分が好きな度数で楽しむことができるのも、ウイスキーの魅力の一つですから」
マスターサカガミに言われた通りに、わずかに水を垂らしてから匂いを嗅いでみる。
するとたしかに、鼻にやってくる香りは先ほどとは大きく変わっていた。
煙たさが弱まり、奥にいたはずの甘さが一気に前に出てくる。
キャラメルを思わせるようなとろりとした甘みが強くなる。
それならばもっともっとと水をどんどん入れていくと、ある段階で自分が求めていたものよりも一気に薄くなり、ウイスキーが味気ないものになってしまった。
(なるほど、ということは今のが俺の好きな度数だったってことか……)
度数を調節するなど、今まで一度も考えたことがなかった。
その方が早く酔えるのだから、アルコール度数など高ければ高いだけいいと思っていた自分の不勉強を恥じるばかりだ。
三杯目のおかわりを頼み、今度は自分の好みから外れてしまわないよう、慎重に慎重に水を足していく。
ちょうどいい塩梅を見つけて頷くヴァルドを見たマスターサカガミが、なぜか嬉しそうに頷く。
「ウイスキーとの出会いは一期一会ですから……気に入っていただけたようで何よりです」
「はい……気に入りましたね。なんというか一筋縄ではないかない感じが、とても」
ただ甘いだけでも、臭いだけでも、ヴァルドはこれほどまでにハマることはなかっただろう。
甘いだけではなく、煙たいだけではなく、その両者が入り交じり、その割合が飲み方などによって入れ替わる複雑さが、ヴァルドのツボに入ったのだ。
「俺の故郷でツツヌキを作ったメーカーは、実は昔から焼酎という蒸留酒を作っている老舗の酒店だったんです」
「へぇ……ということは、新しい酒造りに挑戦したというわけですか」
酒を飲むということは、ある種歴史を飲むということでもある。
彼は以前ワイン好きの友人が、そのワインの基となっている葡萄やワイナリーの歴史などを知れば、ワインはまたより一段階美味くなると言っていたのを思い出す。
その時は何を言ってるんだと鼻で笑っていたが、こうして気に入ったウイスキーができると、彼の気持ちがわかるような気がした。
ヴァルドはツツヌキについて、もっと多くの情報を知りたいと思っている自分がいることに気付いたからだ。
「はい、焼酎の酒造業としては有名だったんですが、ウイスキーとしてはかなりの後発。ですが上手いこと自分達が培ってきたノウハウを活かして、彼らはウイスキー業もしっかりと軌道に乗せたんです」
マスターサカガミはボトルのコルクを抜き、軽くその香りを嗅ぎながら笑った。
「一度培った技術は、たとえ鈍っても完全に消えるものじゃありません。ですから今からだって遅くないと思いますよ、俺は」
「一体、何を……?」
「その腰に提げているのは、魔剣でしょう? おまけに現役の頃の癖で、身体を鍛えているのも忘れていない……その剣気の抜け具合から考えるに、現役を退いてから二、三年ってところでしょうか」
「――っ!? すごいな、そこまでわかるのか……」
「商売柄、目利きには自信がありましてね」
たしかにこの水を出すための冷蔵の魔道具や、ドアやドアベルの間道具など、この店には大量の魔道具が使われている。
それらの目利きもマスターがやっているとなれば、彼の眼力が優れているのは当然のことなのかもしれない。
まさかここまで見事に当てられるとは、思ってもいなかったが。
【しんこからのお願い】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




