元冒険者ヴァルド・サンライズ 前編
「ふいぃ~~」
ヴァルド・サンライズは手にワインのボトルを握ったまま、ハリの街の中をふらふらと歩いていた。
ある程度小綺麗にしている麻の服を身につけてはいるものの、その顔は真っ赤で、足取りはおぼつかない。
完全に酩酊しきっている彼は、まだ真っ昼間である現時点でベロベロに酔っ払っている駄目なおっさんであった。
まだ太陽が出てからさほど時間が経っていないこともあり、彼が暮らすハリの街のあちこちには汗水垂らして働いている労働者達の姿が見える。
「ご苦労なこったねぇ……」
彼は立ち止まると、店の裏に置かれている樽の上に腰掛け、一生懸命に働いている者達をぼーっとした目で見つめていた。
「こないだダイヤウルフの毛皮が想像以上に値が付いたみたいだ」
「それなら今日はお祝いね!」
彼が街の様子を眺めていると、その中に勇ましい見た目をした一つのパーティーの姿が目に映る。
魔物の素材を使って作られた革鎧を着た青年に、ローブを被った少女、そして頭にバンダナを巻いている盗賊のような見た目をした男……彼らは魔物討伐やアイテムを採取を生業とする、冒険者達であった。
「……ふんっ」
彼は視線を逸らすと、手にしたボトルを一気に傾け、中に入っている蒸留酒をラッパ飲みし始める。
彼が愛飲しているのはとにかく値段の安い、酔うための酒だった。
不純物が入った粗雑なアルコールの味に思わず眉を顰めるが、度数が高い分すぐに酔いが回ってくる。一度こうなってしまえば、味などどうでもよくなってくる。
普段ならふわふわと浮ついた気分になり嫌なことなどどうでもよくなってくるはずだが、今の彼の気分は晴れなかった。
なんとなく、無意識のうちに腰のあたりに手をやっていた。
後ろに回した手がさらりと撫でるのは、こんな身なりになっても肌身離さず身につけている直剣の鞘だ。
――ヴァルド・サンライズは以前は冒険者をやっていた。
今のなりからは想像もできないが、かつては冒険者としては一流と言われるBランクまで到達し、その将来を期待されていたのだ。
だがそれも何年の昔の話。
今の彼はこうしてその時に稼いだ財産を食い潰して酒を飲んでいる、ただの酔いどれのおっさんであった。
元々酒を飲むのは好きだったが、今はどちらかといえば酒に飲まれているといった方が正しいだろう。
「あーあ、嫌なこと思い出しちまった」
大通りを歩く冒険者達の姿を見るのが嫌で、彼はそのまま立ち上がると裏路地を進み始めた。
裏口から出てきたらしいどこかの店員と肩がぶつかり、舌打ちをされた。
自分が誰からも相手のされないつま弾き者と言われたようで、なんだか少し気分が悪くなる。
思わず出てきそうになるため息を酒と一緒に飲み下し、そのまま少し遠回りをして酔いを覚ましてから家に戻ろうとする。
「なんだ、これは……」
そんな彼の前に出てきたのは、オレンジ色の光に照らされた黒く荘厳な作りの扉だった。
彼が驚いているのは扉が宙に浮いていること、ではなかった。
冒険者としてダンジョンにも潜り、少なくない数の魔道具に触れてきた彼だからこそわかる。
目の前の扉が、とてつもなく高度な技術を使われている魔道具であるということが。
一体なぜここに、それほどまでに高度な魔道具があるのか。
酔っ払いすぎて夢でも見ているのかもしれない。
そう思いながら彼は半ば夢見心地な様子で『ミラージュ』のドアを叩いた。
「いらっしゃいませ、一名様でよろしかったでしょうか??」
「あ、ああ……」
扉を開いた先には、たしかにバーがあった。
狐につままれたような気分になりながら、ヴァルドはカウンター席へ座る。
(あの扉……だけじゃねぇ。ドアベルもか)
くるりと振り返ったヴァルドは、ドアに取り付けられたドアベルもまた、並々ならぬ魔道具であることに気付いていた。
そして魔力感知能力もある程度高いヴァルドは、見えていないバックヤードの部分にもいくつもの魔道具があることに気付くことができる。
これほどまでに高価な魔道具がいくつもあるバーが、普通の店であるはずもあるまい。
彼は出されたおしぼりで思いきり顔を拭ってから、ついでに汚れていたので身体もゴシゴシと拭かせてもらうことにした。
都合四枚ほどのおしぼりを真っ黒になるまで汚すと、綺麗さっぱりと小綺麗になった。
薄暗い店内と、一人でカウンター越しに立っているバーのマスター。その後ろには一人の少女がいて、そのままスッと水を差し出してくる。
ヴァルドはそれを飲んで、目を見開いた。
(つ、冷たいッ!?)
この世界にも冷蔵の魔道具は存在しているが、基本的には貴族でしか買えぬような超高級品ばかりだ。
ダンジョンから巨大な冷蔵庫を引き当てた同業者はそれだけで冒険者稼業を上がるほどの稼ぎを得たという。
「何にしましょうか、お客さん。うちはショットバーでね」
「ショットバー……?」
「ええ、蒸留酒を置いている店ですよ……お客さんがお飲みのようなね」
どうやら足下に置いていたボトルを、マスターに見られていたらしい。
あまりにも有名な安酒を飲んでいたことを見られたと思うと、いかにも高級そうなボトルが大量に並んでいる店に見合わぬと妙に恥ずかしい気持ちになってきてしまう。
ここに蒸留酒、それもウイスキーしか置かれていない店のようだ。
蒸留酒とは安く酔える酒の代名詞。
普通の居酒屋であればそんな店は注文もせずにすぐに出ていくだろうが……これほどのものを見せられて、期待が高まらないはずはない。
たとえ大枚を払ったとしてもここの一杯を飲みたい。
元が酒好きである彼は、マスターの後ろに並んでいるボトルを見てごくりと喉を鳴らした。
金を稼いでいる時はある程度高級なボトルを買うこともあったが、後ろのボトル群はどれ一つとしてお目にかかったことがないものだ。
おそらくはどれもがレアもの……マスターのお目にかかったものだけが取りそろえられているのだろう。
(……さて、なんと注文すべきか)
酒好きである彼は、こういったバーでの作法も一通り心得ている。
自分が要望を言えば、マスターは最大限それに寄り添った酒を出してくれるはずだ。
ここでの注文の仕方もまた、客としての腕の見せ所なのだ。
この中で一番高い酒? はたまた一番美味い酒?
安くて美味い酒やコスパのいいお酒というのもありだろう。
だがヴァルドは敢えて、マスターの腕を信じてみることにした。
「味はどんなものでもいい。マスターのおすすめの酒を頼む」
「かしこまりました」
マスターは後ろに下がり、数本の酒を見比べ、そして数十秒ほど悩んでから一本の酒をヴァルドの前へと出した。
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