変人襲来 前編
「暇ですね……」
「ああ、暇だな……」
今日のショットバー『ミラージュ』は、開店休業状態であった。
既に開店から一時間が立っているにもかかわらず来客の気配はなく、店に閑古鳥が鳴いている。
一応お客が来たらすぐに対応できるよう気は張っているが、これだけ長いことお客が来ないとどうしても気は緩む。
開店時はぴしりとしていた直立姿勢はやや猫背になるが、サカガミの方もそれを咎めることもなく、なんとなくボトルの位置を調整して時間を潰していた。
『ミラージュ』はいつも客が来続ける人気店……というわけではない。
場合によっては丸一日客が来ない日もザラにあるし、なんならこないだなんかは丸三日間客がゼロという連続記録すら達成したこともあったほどだ。
王国でまことしやかに都市伝説が囁かれる程度には知名度もあるが、そもそも来店のための条件が厳しいために客足が途絶えることの方が多い。
一杯の単価がさほど高いというわけでもないし、店として考えれば完全に赤字。
コンサルタントの一人もいれば、お前には経営センスがないから今すぐ店を畳めとマジレスをするような経営状況だろう。
「マスター、一つ質問してもいいですか?」
「ん、なんだ? 巨乳でかわいくて愛嬌があり、かつ仕事熱心な女の子ならいつでも彼女に募集しているが……」
「いや、そんなマスターの癖はどうでも良くてですね……っていうか条件多いな、高望みしすぎですよ。鏡見て現実と向き合って下さい」
「嫌だい嫌だい、巨乳で美人で愛嬌があって仕事熱心でかつ俺の仕事と生活態度に対して一定の理解をしてくれる子じゃないと嫌だい」
「条件が更に増えてる!? ――って、マスターのありもしない婚活幻想はどうでもいいんですが……気になったんですけど、なんでもっとお客さんが来ないんでしょうか?」
「こ、婚活幻想……」
この店で働くようになってからしばらく経ち、アルスも暇さえあればふざけて話を変な方向に持っていこうとするサカガミとの付き合い方がわかってきた。
彼がふざけている時には、基本はまともに取り合わないのが一番の正解だ。
ただ完全に無視するとすねてしまうので、ある程度はしっかりと反応してあげることも大切だ。
(……いや、本当に面倒だなこの人!?)
アルスは自分で作ったマスターのトリセツに内心で突っ込みながら、話を戻す。
手にしたテーブルクロスでバーカウンターを拭きながら、机の上に残っていたピスタチオの殻をつまんでゴミ箱に捨てる。
「うちのお店は困っている人の前に現れるんですよね?」
「ああ、そうだな」
「それならもっと、高頻度で人が来てもよくないですか?」
そもそもこの悩みを持っている人にしか開かれないという扉の特性上、大量にお客がひっきりなしにやって来るというわけにもいかないのはわかる。
だが話に聞くところによればこの扉は王国中に広がっているという話だ。
アルスはこの国の人口がどれくらいなのかは知らないが、一応ゼパード王国はこの辺りで一番の大きさを誇る大国。総人口の数も数十万では利かないだろう。
そして人間という生き物は何かしら悩みを抱える生き物、本来であればこの店の客足が絶えないほどに多くてもおかしくはないように思えるのだが……。
アルスの疑問を聞いたサカガミが、うむと唸りながら歩き出す。
彼の背は鉄芯が入っているかのように伸びており、その立ち振る舞いにはアルスの素人目で見てもわかるほどに隙がない。
その姿を見ると、彼は本当に勇者トウヤなんだなぁと改めて思ってしまう。
「その辺りはぶっちゃけ、俺にもわからん」
「マスターでもわからないんですか!?」
「ああ、そもそも俺は戦闘に必要なもの以外の魔法技能はほぼほぼ全て赤点でな。魔道具作りなんて初歩的な点火の魔道具すら作れないレベルだ」
マスターはそのまま歩いていくと、扉に触れ、ドアベルに触れる。
「一応扉は転移魔法陣を内包して、この店を別の空間と繋ぐように作られている。そしてこのドアベルがある程度選別して客を連れてきてくれているらしいが……詳しい理屈はぶっちゃけ俺も知らん」
「え、えぇ……それって大丈夫なんですか?」
「今更だろう。製氷機や冷蔵庫まで、基本的にこの店の魔道具は全部あいつに任せてるしな。あ、ついでに言えばこの店自体も一種の魔道具になってるんだぞ」
「今明かされる驚愕の真実!?」
サカガミの説明によると、このお店自体が一つの魔道具になっており、周囲から切り離された亜空間の中に作られているらしい。
たしかに基本的に行き来はドア直通だし窓がないしでお店自体どこにあるんだろうとは思っていたが……まさかお店自体が亜空間の中にあるとは。
アルスの予想の斜め上を言っている。
「実際に土地に店舗を構えてたら、ドアとか関係なく普通に来れるだろう? 特別感を演出したいのと普通に人付き合いが面倒なので、色々と注文をつけたらこうなったんだ」
「マスター、一応確認しておきたいんですけど……急に亜空間から出られなくなったりしないですよね?」
「まあ大丈夫だろ。亜空間を壊して現実世界に戻るのは、時空魔法さえ使えればそう難しくない。なぁに、もしそうなっても、アルスは俺がしっかり守ってやるさ」
どう考えても難しいような気がするのだが……マスターが平然と言っているので、実際問題はないのだろう。
面と向かって守ると言われ、アルスの頬が少しだけ赤くなる。
だがそもそもヤバい状況に置いている元凶もマスターサカガミであることに気付き、顔色はすんっとすぐに元に戻った。
「でも、お店自体を魔道具にするなんてすごいんですね。私が知ってる魔道具とは全然違います」
魔道具とは簡単に言えば、魔力を動力源として動く器具のことである。
メジャーなのは魔力を込めれば火が点いたり、ちょろちょろと水が湧き出してきたりするものなどだが、そもそも一軒家ほど巨大な大きさの物を魔道具にするなどという話は聞いたことがない。
「あいつは天才だからな。正直人となりはまったく信じていないが、こと魔道具造りに関しては右に並ぶやつはいないよ」
「えっとたしか、シャノンさん……でしたっけ?」
以前プルリエラが口に出していた名前を思い出しながら呟くと、サカガミは眉間にシワを寄せながら頷いた。
ちなみに現在、アルスはプルリエラと定期的に手紙を交わす文通友達になっている。
大人になってから友達ができたのは初めてなので、アルスの方も楽しくメールを送っていた。
「ああ、ハイエルフの魔道具職人だ。戦時中からの……まあ腐れ縁だな。戦いのために必要な魔道具は、基本こいつに作ってもらってた」
「勇者だったマスターが直々に依頼を出すほどの凄腕魔道具職人なんですね」
「ん、まあ……そうだな。俺がこういう魔道具が良いという希望を出せば、理屈はわからんがそれっぽいものを作ってくれるからな」
「いやぁ、そこまで褒められると照れるなぁ」
「「――っ!?」」
先ほどまで誰もいなかったはずのスツールに、気付けば一人の女性が座っている。
ツンと左右に垂れている笹穂耳は紛れもないエルフの特徴だが、彼女の目はエルフ特有の碧眼ではなく青と赤のオッドアイであった。
恐ろしいほどに容姿の整っている彼女を見たマスターサカガミが、はぁとため息をつく。
「いい加減心臓に悪い登場の仕方はやめてくれ、シャノン」




