鍛冶師ダグラス 前編
「まったく、親父はなんにもわかってくれない――っ!」
ドワーフの火の氏族の族長の息子、ダグラス・ダン・アキメイヤーは全てを忘れるために手にしているとっくりに入った火酒を飲み干しながらそう吐き捨てる。
飲み干した空き瓶を足下に放り投げると、ゴロゴロと転がった空き瓶が別の空き瓶に触れて音を立てて止まる。
見れば彼の足下には同じような空き瓶が十を超えて転がっており、それが彼の鬱憤と酒量の多さを一目で明らかにしていた。
「ふぅ……駄目だな、これだけ飲んでも酔えないとは」
赤ら顔ダグラスがゆっくりと立ち上がると、机に隠れていた彼の肉体が露わになる。
ずんぐりむっくりとした寸胴型の体系に、腹の辺りまで伸びている白い髭。
それら全ての特徴は、彼がある種族に属してあることを示している。
そう、彼――ダグラスはドワーフと呼ばれる種族であった。
巷では高い工作技術と手先の器用さから多種族からの尊敬を勝ち得、それを大の酒好きと頑固さで台無しにしていると言われている。
彼らは亜人と呼ばれる人に似た種族の一角であり、エルフや獣人などと同列にゼパード王国では通常の人族と同様に一国民として扱われていた。
ゼパード王国はあらゆる人種を受け入れている、多種族国家である。
無論人種ごとにある程度の仲間意識や差別意識はあるものの、彼らは多少の仲違いをする程度で、同じ王国の中で暮らすことができていた。
「だが飲まなければやっていられまい……新しい酒でも買ってくるか」
ダグラスは立ち上がると、飲み足らないとぶつぶつ呟きながら自分の部屋を出る。
彼らドワーフが暮らしているのは、鉱山にほど近いところに作り上げた複雑に入り組んだ洞穴の中だ。
初見の人が入れば間違いなく迷うであろう迷路のように入り組んだ中を、彼は迷うことない足取りでするすると進んでいく。
だがその道中、ダグラスはある人物と出会う。
「む……こんな早くから酒を飲んでいるのか、ダグラス」
「……うるさい、そんなの勝手だろう」
彼よりも一回りほど大きな肉体と、更によく伸びた白髭。
見事と思えるほどに捻れ上がった髭を持つ男こそが、彼の父でありこの洞穴に住まう火の氏族を纏め上げているマッカル・ダン・アキメイヤーである。
マッカルは根っからのドワーフであり、この集落の者達からの信頼を勝ち得ている真のリーダーであった。
誰にも負けぬほどの腕っ節を持ち、その鍛冶師としての腕もピカイチ。
以前酔った時の武勇伝に、自分が作った剣がかつて英雄に使われたという話を聞いたことがある。
そしてそれが事実だろうと思えるほどには、彼が作り出す剣はどれも業物揃いであった。
「お前もそろそろ俺の技を継いで、本格的に鍛冶師としての道を進んではどうだ?」
「……」
それは何度も言い聞かされてきた、ドワーフとしての道。
だがダグラスは自分に武器作りの才能がないことを良く理解していた。
なまじ父の仕事ぶりを見ていたからこそわかるのだ。
自分はここまでの領域に到達することはできないのだ……と。
「父さん、俺は武器作り以外の道がないかを探すつもりだよ」
「……そうか。あまり深酒はするなよ」
それだけ言うと、マッカルはその場を去っていく。
ダグラスもマッカルのそのドワーフとしての生き方には、憧れを抱いている。
鉱山にほど近い範囲で鉱物と共に生き、一生物を作り死んでいく。
それがドワーフにとっての最良の生き方だという通念は、ダグラスも持っているからだ。
だがそんな生き方では今後ドワーフは生き残ることはできないという考えがあるのも、また事実であった。
今より二十年以上も前に魔王が引き起こした人対魔物の戦争が終了したことで、現在魔物による被害は一時期と比べれば格段に減少している。
ドワーフの作る質の高い武器の需要も、以前と比べれば確実に落ちている。
無論冒険者や騎士団等戦いを生業としている者達が居る以上完全になくなるわけではないが、それでも今後は良い武器を作りすぎても生産がだぶついて余ってしまうことになるだろう。
であればその元来の手先の器用さや技術に対する貪欲さを活かし、最新機械技術や宝飾品などに生産力を振っていくべきである。
だがそんなダグラスの主張を、父であるマッカルは受け入れてはくれなかった。
ドワーフという種族は、皆が職人堅気である。
故に彼らは良い物を作るということに何より重きを置く。
金儲けのための物作りというもの自体が、人族の貨幣経済というものに入るようになってからまだ日が浅い彼らには縁遠いものなのだ。
成人した時には既に戦争が終わっていたダグラスは、どうやれば安く酒を買うことができるか頭を悩ませるようになり、そこから人間の商売のやり方を実地で学ぶようになった。
彼の先進的な考え方に感化されている若いドワーフ達は少なくないが、そのせいで現在ドワーフの年配者達と若者達の間の考え方の違いはどんどんと大きくなってしまっている。
「所詮俺一人の考えなど、無意味なのかもしれないが……」
ダグラスはドワーフの族長の息子だ。
彼は別にドワーフという種族の世代間に亀裂を入れたいわけでもなければ、ただ父に反駁したいわけでもない。
彼はただ、ドワーフという種族がこれからも栄えていくために自分にできる最大限のことをやりたいと思っているだけだった。
だが志はあっても、それを実現するための手段がない。
いくら考えても答えは出ず、ここ最近はそのせいで酒量も普段の五割増しほどに増えてしまっている。
彼が火酒を仕入れられる店は限られている。その店へ向かおうと歩を進め……彼はあるところでピタリと立ち止まった。
本来であれば何もなかったはずの洞穴に、扉がついていたのである。
「見事な装飾だな……だがこんなところに、扉などあったか?」
ドワーフ達が住む洞穴は、崩落を防ぐためその内部の拡張に関してはある程度厳しい制限が設けられている。
軽く酔った頭で考えるが、ここに新しい家ができるような伝達は来ていなかったはずだ。
それに彼の見立てでは、そこにある扉に施されている装飾はドワーフというより人間の好みに近いものがあるように思える。
なんだかちぐはぐで、奇妙な扉であった。
(酔っ払って夢でも見ているのかもしれない……が、夢なら夢でいいか)
夢であるのなら、どうなっても構うまい。
挑戦的な行為の結果にわくわくしながら、ダグラスはそのまま酒臭い息を吐き出し、ゆっくりと扉を開いた。
【しんこからのお願い】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




