EP 6
医学生の徹底調理! 匂いは国境を越えて
ルナミス帝国との国境付近。ポポロ村の最前線に、突如として『巨大な屋台』が設営された。
風向きは西。ルナミス帝国の検問所へ向かって、絶好の風が吹いている。
「よし、オペ(下ごしらえ)を始めるぞ! キャルル、衣の練り込みを頼む!」
「任せなさいッ! 月兎族の脚力、見せてあげるわ! 【月影流・超速乱舞】ッ!!」
キャルルが巨大なタライに入った小麦粉、片栗粉、そして秘伝のスパイスの山を、目にも留まらぬ絶妙なフットワークで練り上げていく。ダマ一つない、完璧な黄金比のバッター液が完成する。
「リーザ! 肉の繊維を徹底的に破壊しろ!」
「オッケーよォッ! 今日はタダ飯のために本気出すわァッ!!」
リーザがミカン箱に立ち、漬け込み用のボウルに入った大量の鶏肉に向かってシャウトする。
『♪ 固いお肉にゃ用はない! 繊維よほどけて柔らかくゥゥッ!!』
人魚の魔力が乗ったバフ魔法、【戦神の凱歌:ミート・テンダライザー仕様】が炸裂する。音波と魔力の振動が鶏肉の筋繊維を極限までほぐし、醤油、ニンニク、ショウガ、そして『禁断の白い粉(味の素)』の旨味を、細胞レベルまで強制的に浸透させていく。
「ふふっ、魔力炉の温度は私が一定に保ってあげるわ♡」
ルナが世界樹の杖でフライヤーの熱源をコントロールする。
そして、白衣代わりのエプロンを締めた優太が、菜箸をまるで外科用のメスのように構えた。
「油の温度は180°C。……低すぎれば衣がベチャつき、高すぎれば中まで火が通る前に焦げる。ミリ単位の温度管理と、引き上げる『秒数』の判断……これは命を救うオペと同じだッ!」
優太は、リーザの歌で極限まで旨味を吸い込んだ鶏肉を、キャルルの練り上げた衣にくぐらせ、黄金の油の海へと静かに投下した。
ジュワァァァァァァァァァァァッ!!!
「やっほー! 特定班のみんな、聞こえるぅ? これが地球の最強B級グルメが産声を上げる音だよぉっ★」
キュララがドローンカメラを限界まで油に近づけ、極上の揚げる音(ASMR)を全世界に生配信する。
キツネ色に揚がっていく唐揚げから、醤油が焦げる香ばしい匂いと、食欲を暴力的に刺激する強烈なニンニクの香りが立ち昇る。
さらに優太は、隣のフライヤーで大量の『フライドポテト』を揚げ、そこに塩と青のりを容赦なく振りかけた。
「完成だ。……ルナ、風の魔法でこの『匂い』を、帝国の検問所まで一直線に送り届けろ!」
「ええ、任せて。……ふふっ、罪な香りね♡」
ルナの杖から放たれた突風が、悪魔的なB級グルメの匂いを乗せ、国境を越えてルナミス帝国側へと吹き荒れた。
***
その頃。
ルナミス帝国側の国境検問所。
「あーあ、なんで俺たちがこんな辺境の封鎖任務なんかに……」
「我慢しろ。ユリウス内政官閣下の命令だ。ネズミ一匹、あの村に入れるなよ」
完全武装の帝国兵士たちと、足止めを食らっている大勢の商人たちが、乾いた硬いパンと塩味の薄いスープで、侘しい昼食をとっていた。
経済封鎖を仕掛けた側とはいえ、前線の環境は決して良くない。誰もが疲れ果て、味気ない食事を水で流し込んでいた。
その時だった。
『――スゥゥゥッ……』
風に乗って、これまでの人生で嗅いだことのないような、強烈で、野蛮で、圧倒的な『旨味の匂い』が検問所を通り抜けた。
「……ん? なんだ、この匂い」
一人の兵士が鼻をヒクつかせる。
「おい、嗅いでみろよ。肉の焼ける匂い……いや、油で揚げているのか!? なんだこの鼻の奥を直接殴ってくるような強烈な香ばしさはッ!?」
「ニンニクだ! それに、未知のスパイスと……なんとも言えない甘辛い香り(醤油)が混ざり合って……ッ!」
ギュルルルルルルルルッ!!!
検問所にいた全員の腹の虫が、一斉に、そして悲鳴のように鳴り響いた。
「う、うおおおぉぉっ!? 腹が……俺の胃袋が、この匂いを嗅いだ瞬間に大暴れしやがるッ!」
兵士が持っていた硬いパンを地面に取り落とす。さっきまで食べていたはずの食事が、急に泥や石ころのように感じられた。
「あ、あの匂いはポポロ村の方向からだぞ!」
足止めされていた商人の一人が、血走った目で国境の向こう側を指差した。
「見ろ! あの看板! 『地球屋台:究極の唐揚げ&特製フライドポテト』……だと!?」
「唐揚げ!? なんだその食べ物は! 知らんが、匂いだけで分かる……絶対に美味いッ!!」
理性を吹き飛ばすB級グルメの香りは、帝国が誇る「法」と「秩序」の壁を、いとも容易く飛び越えてしまった。
干上がるはずだったポポロ村からの、最も残酷で暴力的な『嗅覚のテロ攻撃』。
胃袋を鷲掴みにされた兵士と商人たちは、理性を失ったゾンビのように、フラフラと国境の柵へと歩み寄り始めていた。




