EP 2
経済封鎖! 消えた試食品とアイドルの悲鳴
ガタッ、と。
ルナキンの厨房で、優太は空っぽになった『天然塩』の容器を見て、怪訝な顔をした。
「……おかしいな。昨日、帝都から来る商人キャラバンで補充されるはずだったのに」
トイレットペーパーや洗剤などの日用品も、ストックが切れかかっている。
ここは3カ国の緩衝地帯という立地柄、自給自足の畑(月見大根など)はあるものの、調味料や生活必需品の多くはルナミス帝国の流通網に依存しているのだ。
「仕方ない、キャルルに聞いて……」
優太がエプロンで手を拭いながら厨房を出ようとした、その時だった。
「ゆ、優太ァァッ!! 大変よ!!」
ポポロ村村長のキャルルが、ウサギ耳をパニック気味に振り乱しながらルナキンに飛び込んできた。
「どうした、またモンスターか?」
「違うの! 商人さんが……帝都からのキャラバンが、今日になっても一台も来ないのよ! 村の備蓄の塩や薬、それに私が毎晩読んでる『公爵様補完化計画』の最新刊までストップしてるのォッ!」
「流通が止まった……?」
優太の顔つきが、医学生から元SEALs教官の教え子(戦術家)のものへと切り替わる。
「街道で山賊にでも襲われたか?」
「それが、違うのよ。ワイズ国に向かう商人に話を聞いたら……ルナミス帝国から、極秘裏に『ポポロ村との取引禁止令』が出回ってるらしいの!」
「取引禁止令だと!?」
キャルルの言葉に、優太は嫌な汗をかいた。
「帝国からの公式な布告じゃない。でも『ポポロ村と取引した商人は、関税を10倍に引き上げる』『帝都での営業許可を取り消す』っていう脅しが、商人ギルドに回ってるみたいなのよ!」
「……なるほど。武力制圧(全面戦争)を避け、法と関税による『経済制裁』で干上がらせる気か。……どこのどいつか知らないが、帝国の内政トップは、とんでもなく有能で冷酷な官僚らしいな」
優太は舌打ちをした。
剣や魔法なら、ガオガオンやリーザのバフで対抗できる。しかし、「取引してくれない商人」をトンファーで殴って無理やり買わせれば、それこそポポロ村が完全な悪党(強盗)になり、帝国の思う壺だ。
真綿で首を絞めるような、見えない圧力。これが『国家の力』である。
そこへ。
「あああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
この世の終わりを見たかのような、悲痛極まりない絶叫がルナキンの入り口から響き渡った。
「ど、どうした!? リーザ!」
優太とキャルルが振り返ると、そこには、力なく膝から崩れ落ちる人魚の地下アイドル・リーザの姿があった。
彼女の両手には、いつも持っているはずの『ルナミスデパートの試供品』が一つもない。
「ゆ、優太……っ。キャルルゥ……っ。アタシの、アタシの生命線が……っ」
リーザは滝のような涙を流し、床をバンバンと叩いた。
「帝都のルナミスマートに行ったら……『試食コーナー』が全部撤去されてたのよォォッ! ウインナーも! 一口サイズのチーズも! 全部よ!!」
「えっ、あ、うん。……そうか」
優太のツッコミのトーンが一段下がる。
「それだけじゃないわ! デパートの化粧室に行ったら、アタシが毎日使ってた『化粧水と乳液のテスター』が空っぽ! マッサージチェアは『ポポロ村関係者使用禁止』の張り紙! 極めつけに、公園の炊き出しまで『身分証提示』が必須になって、豚汁がもらえなかったのォォォッ!!」
「お前の帝都でのタダ飯ライフ、完全にロックオンされて潰されてんじゃねえか!!」
優太は頭を抱えた。
帝国の内政官は、ポポロ村の物流を止めるだけでなく、リーザという個人の「極貧サバイバル(タダ乗り)」すらも、法とシステムで完璧に包囲(封鎖)してきたのである。
「うわぁぁぁん! 試食のウインナー返してよォォッ! アイドルは霞じゃ生きていけないのよォォッ!」
床を転げ回って泣き叫ぶリーザ。
「あらあら、可哀想に。……じゃあ、私が『お小遣い(純金100kg)』を持って、帝都の闇市でこっそりお肉を買ってきてあげるわ♡」
コタツから出てきたエルフのルナが、ふわりと微笑んで恐ろしい提案をする。
「バカ! 絶対にやめろ! この状況で出所の分からない純金を市場に流せば、一発で『偽造貨幣使用』と『資金洗浄』の罪でポポロ村に討伐軍が来るぞ! 向こうはそれを狙ってんだ!!」
優太が全力でルナの首根っこを掴んで止める。
(クソッ……。相手は物理的なスキを一切見せない。完全に『合法』の範囲で、村のライフラインを絶ちに来ている……!)
剣も魔法も通じない、現代の『経済封鎖』。
絶望に泣き叫ぶアイドル(貧乏神)の横で、優太は医学生としての冷静な頭脳をフル回転させ、見えない敵への対抗策を模索し始めていた。




