第九章 帝国の経済封鎖と、絶品B級グルメの逆襲!
帝都の三巨頭と、音なき宣戦布告
ルナミス帝国。
総人口1億人、国土面積およそ385万平方キロメートルを誇る、世界最大にして最強の巨大国家。
その帝都の中心にそびえ立つ白亜の宮殿、最も奥深くにある『玉座の間』は、底知れぬ静寂と重圧に包まれていた。
「――西の森の死蟲軍が、一夜にして消滅した、か」
玉座に深く腰を掛けたまま、ルナミス帝国皇帝・マルクス(50歳)が、低く重厚な声を響かせた。
その瞳には、一国の王という枠に収まらない、歴史のうねりや文明の衝突を俯瞰するような深い知性が宿っている。
「はっ。我が国の強行偵察部隊の報告によれば、森は文字通り『更地』となっておりました。……あの忌まわしき天魔窟の欠片すら残さず、です」
玉座の右下に控える屈強な男が、片膝をついたまま報告する。
帝国近衛騎士団長、リカオン(45歳)。無数の戦場を潜り抜けてきた歴戦の猛者でありながら、決して武力に驕らず、冷徹な戦術と兵站の重要性を熟知する軍事の天才である。
「報告には続きがあります。死蟲軍を壊滅させたのは、我が国とワイズ、レオンハートの三国緩衝地帯に位置する……あの『ポポロ村』の陣営であると」
「ほう。あのウサギの村長と、得体の知れない医学生のいる村か」
マルクスが興味深そうに顎を撫でる。
ポポロ村。帝国の辺境にあるその小さな村は、今や無視できない特異点となっていた。
「リカオン。貴官の目から見て、ポポロ村の武力制圧は可能か?」
皇帝の問いに、近衛騎士団長は一切の躊躇なく首を横に振った。
「不可能であり、愚策の極みです。ポポロ村に我が軍が進軍すれば、彼らは即座にワイズ、レオンハートの両国に救援を要請するでしょう。結果、三国間での全面戦争(世界大戦)が勃発します。一村を落とすために支払うコストとして、到底見合いません」
リカオンは冷静に分析を続ける。
「加えて、かの村には全高50メートルの黄金の巨神や、単独で城を物理炎上させる異常者が存在するという未確認情報も入っております。……正面から剣を交えるのは、下策中の下策」
「武力による制圧は割に合わない、か。……ならば、放置するかね? 我が帝国の喉元に刺さった、あの鋭い小骨を」
マルクス皇帝の問いかけが玉座の間に響き渡る中。
それまで沈黙を保っていた「三人目の男」が、静かに歩み出た。
「放置など、言語道断。帝国の威信に関わります」
一切のシワがない漆黒の執務服を纏った男。
銀縁の片眼鏡の奥にある冷徹な瞳は、いかなる感情の起伏も映し出さない。懐中時計の秒針の音すら計算に組み込んでいるかのような、完璧な能面。
ルナミス帝国 内政官、ユリウス(40歳)。
385万平方キロメートルの領土と1億人の民の『血流』――税収、物流、法律、そして情報を完全に統べる、帝国の影の支配者である。
「ユリウス。内政のトップである貴官に、何か策があるのか?」
リカオンが鋭い視線を向ける。
ユリウスは銀縁の片眼鏡を中指でスッと押し上げ、氷のように冷たい声で答えた。
「リカオン卿。あなたの見立ては正しい。あの村を『剣』で叩くのは野蛮かつ非効率的だ。……相手が物理的な暴力と相互確証破壊(MAD)をチラつかせるなら、我々は文明国らしく『合法的』に処理すればよいのです」
「合法的、だと?」
「ええ。ポポロ村の強みは、独立した武力と他国への政治的牽制力。しかし、彼らは自給自足の村ではない。塩、鉄、日用品……そして何より、情報と娯楽。その全てにおいて、我が帝国の『経済圏』と『流通網』に完全に依存している」
ユリウスの口角が、ほんのわずかに、残酷に歪んだ。
「剣は不要です。まず、ポポロ村へと続く全街道の流通を遮断し、商人との取引を法律で禁ずる。次に、我が国の情報網を用いて大衆心理を誘導し、彼らを『世界の敵』として社会的に孤立させる」
「……武力ではなく、経済と情報の兵糧攻めにするということか」
マルクス皇帝が目を細める。
「御意に。血の一滴すら流す必要はありません。奴らが飢えと孤立に耐えかねて音を上げた時、私は『税務調査官』と『保健査察官』を派遣し、帝国の法に則って合法的にあの村を差し押さえる。……それだけのことです」
大衆の扇動、資本の遮断、法の暴力。
それは魔法の炎よりも確実で、巨大ロボットの剣よりも残酷な、現代国家だけが持つ「最強のシステム」であった。
「……良かろう。ユリウス、ポポロ村の処理を貴官に一任する。帝国の秩序の力、存分に見せてみよ」
マルクス皇帝の重厚な声が、裁可を下した。
「はっ。承知いたしました、陛下」
ユリウスが深く、優雅に一礼する。
その冷徹な片眼鏡の奥には、すでに干上がって絶望するポポロ村の住人たちの未来の数値が、確信を持って弾き出されていた。
最凶の勇者一行の前に立ちはだかる、最悪の近代国家。
音の無い、しかし致命的な宣戦布告(経済封鎖)の歯車が、静かに回り始めた瞬間であった。




