第八章 聖獣機神降臨! 絶望を切り裂く黄金の咆哮
消えた魂と、森の異変
VRゲーム空間での極悪非道な魔王討伐(物理的・経済的大炎上)から数日後。
異世界ファミレス『ルナキン』の店内には、スパイスの芳醇な香りが漂っていた。
「よぉし、いい匂いだ。やっぱり週に一度は、この特製バターチキンカレーを作らないと調子が出ないな」
厨房でエプロン姿の優太が、大きな寸胴鍋を木べらでかき混ぜながら満足げに頷く。
彼の持つチートスキル【地球ショッピング】(善行ポイント消費)で取り寄せた、地球の本格スパイスとルナミス帝国の新鮮な鳥肉を煮込んだ、優太こだわりの一品である。
「ね、ねえ優太。その鍋の底にこびりついたカレーの残り……アタシのパンの耳で拭き取って食べてもいいかしら……ッ?」
カウンターの向こう側から、人魚の地下アイドル(兼 貧乏神)のリーザが、血走った目で鍋を凝視していた。
彼女の前には、今日も安定の『茹で卵とパンの耳(水道水付き)』が並んでいる。
「……たく。ちゃんとお前の分のカレーもよそってやるから、みみっちいこと言うな。ルナとキュララの分も、そこにあるぞ」
「やったァァァッ! 優太愛してるわァァッ!!」
「あー、私はカレーより、冷えた缶ビールと枝豆ちょうだい。コタツから出るのめんどくさいわ」
店の隅に置かれたコタツ(※ルナキンの空調魔法をガンガンに冷やして入るという、地球のニートの極み)の中から、芋ジャージ姿の駄女神ルチアナが、ピアニッシモ・メンソールを燻らせながら気怠そうに要求した。
「神様なら少しは働け……」
優太が呆れながらビールを用意しようとした、その時だった。
カランカランッ!! バンッ!!
ルナキンの入り口のドアが勢いよく開き、村長のキャルルが血相を変えて飛び込んできた。
いつもはピンと立っているウサギ耳が、不安げにペタンと伏せられている。
「ゆ、優太! 大変なの! 村の木こりのゴードンさんが……森から帰ってきたんだけど、様子がおかしいのよッ!!」
「様子がおかしい? モンスターにでも襲われたのか!?」
優太は即座に火を止め、カウンターの下に置いていた『携帯医療セット』の入ったリュックを掴み取った。
「怪我はないんだけど……なんていうか、まるで『生ける人形』みたいになっちゃってて……!」
***
数分後。ポポロ村の村長宅のベッド。
「……呼吸、心拍数、血圧……バイタルサインは全て正常だ。外傷もない」
優太は聴診器を外し、ペンライトで木こりの男性・ゴードンの瞳孔を確認した。
「だが、意識レベル(GCS)が極端に低い……というより、外界からの刺激に対する反応が一切ない。瞳孔反射も鈍い。まるで……」
優太は眉間を深く寄せた。医学生としての知識と、元SEALs教官から学んだ戦場での負傷兵の観察眼をフル稼働させても、この症状に当てはまる『病気』が見当たらないのだ。
「まるで、中身が空っぽの器だ。……脳波が完全にフラットになっているような、そんな不気味さを感じる」
「……優太の言う通りよ。魔力的な観点から見ても、異常だわ」
遅れて駆けつけてきたハイエルフのルナが、ゴードンを『魔力眼』で観察し、静かに首を振った。
「人間の体には、微量でも生命力と『魂の光』が宿っているものよ。でも、この人からはそれが全く感じられない。まるで、体から『魂だけ』がすっぽりと抜き取られてしまったみたい……」
「魂が、抜き取られた……?」
キャルルが両手で口を覆う。
「ねえねえ、リスナーの特定班たちも『病気じゃなくて、精神系の呪いじゃない?』って言ってるよぉ」
キュララが魔導端末を見ながら呟く。
その言葉に、部屋の隅で缶ビールを飲んでいたルチアナの動きが、ピクリと止まった。
「……魂を、抜き取る……。対象を生かしたまま、中身だけを刈り取る……」
ルチアナは、いつもの気怠そうな目をスッと細め、遥か昔の『神蟲魔大戦』の記憶を脳裏に過らせていた。
(まさか……ね。あいつらは、大昔に私とデュアダロスで完全に消し去ったはずよ……)
「……キャルル、ゴードンさんが倒れていたのは、どこの森だ?」
優太がリュックを背負い直し、真剣な顔で村長に尋ねた。
「に、西の森よ。世界樹の森との境界線に近いところ……」
「わかった。俺が現場を見てくる。何か手がかりがあるかもしれない」
「待って優太! 私も行くわ! 村長として、村人の危機を見過ごせないもの!」
キャルルがダブルトンファーを構える。
「……ふふっ、面白そうね。エルフの森の近くでそんな不届きな真似をする輩がいるなら、私が自然の恐ろしさを教えてあげるわ♡」
ルナも世界樹の杖を手にした。
***
時を同じくして。
ポポロ村の西の森、薄暗い木漏れ日の中。
カチャ……、ギチギチギチ……。
無機質で、どこか虫の這い回るような不気味な機械音が、森の奥深くで鳴り響いていた。
「ヒヒッ……。ヒャハハハハハッ!!」
薄暗い空間に、道化師の狂ったような笑い声が響く。
巨大な大鎌を肩に担ぎ、不気味な仮面を被った男――魔人ギアンが、右の手のひらの上に浮かぶ『青白い光の玉(魂)』を、愛おしそうに見つめていた。
「いやァ、良いねェ。さっきの木こりのオッサン……あの絶望に染まった顔、最高だったぜェ。家族のために必死で逃げようとするのに、体が動かないあの恐怖……ヒヒッ、魂の純度が高いねェ!」
ギアンの周囲には、機械の装甲と虫の顎を併せ持つ不気味な兵器――『死蟲機(アント型)』が数十体、不気味な赤いセンサーアイを光らせて待機していた。
「サルバロス様の完全復活には、まだまだ大量の魂(贄)が必要だからねェ。……おっと」
ギアンは、指先から見えない『魔法の糸』を器用に操りながら、森の東――ポポロ村の方向へ仮面を向けた。
「なんか、活きの良さそうなネズミどもがこっちに向かってきてるねェ。……ヒヒッ、良いよォ。もっと足掻いて、もっと怯えなァ。人間が希望から絶望に叩き落とされる瞬間……俺は、その顔を見るのが一番大好きなんだからよォッ!!」
創世の闇から蘇りし死蟲軍の魔の手が、静かに、そして確実に、平和なポポロ村へと忍び寄っていた。




