EP 7
魔王の焦りと、貧乏アイドルの闘志
「……報告は、もうそれだけか?」
はるか西の地、暗雲に覆われた『魔王城』。
かつては世界を恐怖に陥れていたはずの魔王(NPC)は、玉座の上で膝を抱え、すっかり小さくなっていた。
玉座の間に浮かぶ自国の株価ホログラムは底を抜け、武具を作るための地下鉱脈は空っぽ。城の電気(魔力供給)すら滞り、薄暗いロウソクの火だけが頼りである。
「は、はい……。ルナミス王国の国債を無限発行した勇者一行は、我が国のインフラ企業を次々と買収。現在、魔王城の『水道局』と『魔導ガス会社』も彼らの傘下に入ったため、料金未納でライフラインが止められました……」
オークの将軍が、ボロボロの鎧を鳴らして泣きながら報告した。
「……勇者は? 予を倒しにくるという、ポポロ村の勇者一行は、今どこまで進軍してきているのだ……ッ!?」
「そ、それが……。ドローンによる偵察部隊の報告によりますと……勇者一行は、まだ『はじまりの村のすぐ外の草原』から、一歩も動いておりませんッ!!」
「ば、馬鹿なああぁぁぁぁっ!!」
魔王が玉座をバンッと叩き、血の涙を流して絶叫した。
物理的な戦闘距離は、まだ数千キロも離れている。それなのに、魔王国は剣も魔法も交えぬまま、経済とインフラを完全に握られ、国家として「詰み」の状態にあった。
「なぜだ! なぜ攻めてこない!? 勇者ならば、正々堂々と城に乗り込み、予と剣を交えるのが筋であろうがァァァッ!!」
魔王の悲痛な叫びは、電気の止まった真っ暗な魔王城に虚しく響き渡るだけであった。
***
一方、その頃。
はじまりの村を出てすぐの、のどかな草原。
「あー……暇。魔王国の土地の権利書も手に入れたし、もうやることないわねぇ」
「キュララも、魔王の株の空売りで一生遊んで暮らせるゴールド稼いだから、満足だよぉ♡」
「ふふっ、これだけレアメタルを独占すれば、市場価格は私の思いのままね」
飲んだくれ勇者のルチアナはレジャーシートの上で大の字に寝転がり、天使のキュララは魔導端末でスパチャを眺め、エルフのルナはオリハルコンの塊を磨いていた。武道家のキャルルに至っては、腰の痛みが引かず、完全に昼寝モードである。
「……お前ら。いい加減にしろ」
白衣姿の医者・優太が、引きつった顔でメスを握りしめた。
「もうこの世界の経済も生態系もボロボロだろ! これ以上ここにいたら、俺の胃に穴が空く! さっさと魔王城に行って、あの可哀想な魔王にトドメ(物理)を刺して、現実に帰ろうぜ!!」
優太の悲痛な叫び(ツッコミ)に対し、ヒロインたちは一斉にブーイングを浴びせた。
「えーっ、めんどくさいわぁ。歩くの疲れるし」
「優太が一人で行ってくればぁ? 私達、ここでピクニックしてるから♡」
完全にダレきった勇者パーティー。
誰も魔王城へ向かおうとしない中、優太は商人ジョブのリーザに目を向けた。
「リーザ! お前もいつまでレアメタル眺めてるんだ! お金はもう一生分稼いだろうが! さっさとクリアして帰るぞ!」
「んー? 嫌よォ。せっかく大金持ち(バーチャル)になったんだから、もう少しこの富豪の気分を味わっていたいわァ。現実に戻ったら、またファミレスのバイト(時給制)じゃない」
リーザは、山積みの金貨とレアメタルに頬擦りをして、完全に動く気を失っていた。
「……クソッ。どいつもこいつも欲望に忠実すぎやがる。……なら、こうするしかない」
優太は深くため息をつき、リーザの耳元で悪魔(主夫)の囁きを落とした。
「……なあ、リーザ。もし今すぐ魔王城に乗り込んで、5分でこのゲームをクリアしたら……現実世界に帰った後、俺の小遣い(自腹)で、お前の大好物の『もやし炒め定食(ご飯特盛り)』を作ってやるぞ。もちろん、特製の中華スープ付きだ」
「――――ッ!?」
その瞬間。
リーザの動きが、ピタリと止まった。
「も、もやし……炒め……? 優太の、手作りの……?」
「ああ。シャキシャキのもやしに、ごま油と豚バラ肉の風味が絡んだ、あの熱々のやつだ。……どうする? このままバーチャル(虚構)の金貨を抱いて腹を空かせるか、さっさと魔王をぶっ飛ばして、現実の美味い飯を食うか」
優太の言葉が終わるか終わらないかのうちに。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!
リーザの足元から、突如として禍々しくも凄まじい『ド黒いオーラ』が噴出した。
「な、なんだッ!?」
「ちょ、リーザ!? 急にものすごい闘気が……ッ!」
寝転がっていたルチアナやキャルルたちが、弾かれたように起き上がる。
「……バーチャルの金貨なんて……お腹の足しには、ならないわよねェッ!!」
リーザが、血走った目で立ち上がった。
彼女の背後には、極貧時代のサバイバル魂と、システムエラーによって付与された【裏ジョブ:貧乏神】のスキルが完全に共鳴し、魔王すら凌駕するほどの圧倒的な『執念』が具現化していた。
「もやし!! 豚バラ!! 大盛りご飯ッッ!! 待ってなさい優太、アタシが今すぐ、5分で魔王を粉砕してやるわァァァァァッ!!」
ズドォォォォォンッ!!
リーザは足元のレアメタルの山を蹴り飛ばし、目にも留まらぬ猛スピードで、西の魔王城へ向かって爆走を始めた。
「お、おい! 待てリーザ! 一人で行く気か!?」
優太が慌てて後を追う。
「あーあ、リーザちゃん、完全に『ご飯(現実)』に釣られちゃった。仕方ない、私達もついて行くわよ!」
ルチアナたちも、渋々ながらその後を追いかけ始めた。
「も・や・しィィィィッ!! 魔王、そこに直れェェェェェッ!!」
超庶民的な報酬(もやし炒め定食)によって闘志が限界突破したアイドル(兼 貧乏神)。
最凶の勇者一行が、ついに物理的にも魔王城へと牙を剥いた瞬間であった。




