EP 4
試食コーナーの惨劇(イナゴの大群)
「……ハァ、ハァ……。なんとか、あの半魚人(すっぴんマッサージ中)の射程圏内から脱出したぞ……」
四階の魔導家電フロアから逃亡を図った優太は、息を整えながら自動階段を上り、五階の『高級食品フロア』へと足を踏み入れた。
煌びやかなシャンデリアの下、ルナミス帝国中から集められた最高級の肉、魚、魔法果実がズラリと並ぶ、まさに食のテーマパーク。
しかし、美味そうな匂いに包まれて安堵したのも束の間。優太の元特殊部隊(SEALs)としての危険探知センサーが、フロアの奥から放たれる『異常な殺気(食欲)』を捉えた。
「おばちゃーん! この『幻豚の極上粗挽きウインナー』、パリッとしててすっごく美味しいわね! ほら、もうお皿空っぽよ! 次焼いて、次!」
「は、はいぃぃっ! ただいま……って、お客様、あの、試食はお一人様一つまでと……」
「あら、ルナキンの新メニュー開発のための『厳正なる市場調査』なんだから、一口じゃ味が分からないじゃない。モグモグ……うん、やっぱり美味しい! キャルルも食べなさい!」
「もぐもぐもぐ……! ほ、ほんとだルチアナちゃん! 噛んだ瞬間、肉汁がジュワッて……! すみません、こっちの『霜降りオーク肉のサイコロステーキ』も試食いいですか!?」
「ひ、ひぃぃぃっ! そちらはグラム五千ゴールドの最高級品で……っ!」
フロアの一角にある実演販売の『試食コーナー』。
そこに群がっていたのは、芋ジャージ姿の駄女神、真紅のウサギ耳村長、そして優雅に試飲用の高級ワイングラスを傾けるハイエルフ(ルナ)の三人組であった。
彼女たちは、小さな爪楊枝をまるで戦士の槍のように構え、店員が焼き上げる端から、高級食材を次々と胃袋へと消し去っていた。
まさに、作物を一瞬で食い尽くす『イナゴの大群』である。
「ふふっ。この『世界樹のチーズ』と『魔法果実のカットフルーツ』、なかなか良いマリアージュねぇ。お姉さん、こちらの試飲用ワイン、もう一杯いただけるかしら?」
ルナが、女神のように美しく、しかし底なしの胃袋を感じさせる微笑みで、震える店員にグラスを差し出す。
「あ、あの……エルフのお客様、すでにボトルが三本空いておりまして……これ以上は店長に怒られ……っ」
「あら。ルナミス帝国のデパートは、随分とケチなのねぇ。お客様への『おもてなし』の心が足りていないんじゃないかしら?」
極悪非道なハイエルフのスマイル(と威圧感)に、美容部員ならぬ食品販売員のエルフのお姉さんが、ついにボロ泣きし始めた。
「うぅぅ……っ! 私の今月のノルマが……っ! 試食品の経費が赤字になっちゃうぅぅぅっ……!」
少し離れた商品棚の陰から、その地獄絵図(惨劇)を覗き見ていた優太は、サングラスの奥で激しい胃痛に襲われ、その場に崩れ落ちそうになった。
(……終わってる。村の防衛戦ではあんなにカッコよかったヒロインたちが、敵地のデパートに来た途端、ただのタダ飯食らいのイナゴ集団に成り下がってやがる……!)
しかも、キャルルとルナに至っては、自分たちが『大繁盛しているファミレスの経営者(金持ち)』であるにも関わらず、他人の店の試食品を本気で食い荒らしているのだ。同業者としてのモラルなど微塵もない。
「あーっ! そこの幻豚のウインナー、私にも残しておきなさいよォ!」
「きゃははっ! リーザちゃんお肌もっちもち〜! あ、みんなで試食の様子を配信しよっか☆」
そこへさらに、四階でマッサージを終えてすっぴんプルプル肌になったリーザと、ドローンカメラを回すキュララまで合流してしまった。
五人のヒロイン(と神様)が、試食コーナーを完全包囲する。
「う、うわぁぁぁぁぁんっ!! 誰か、誰か助けてぇぇぇっ!!」
ついに店員が、爪楊枝の槍衾の前で泣き崩れた。
(……ダメだ。これ以上は、同じ商人として、いや、人間として見て見ぬフリはできない……っ!)
階下ではリーザを見捨てて逃亡した優太だったが、不器用で根が優しすぎる医学生の良心が、ついに羞恥心を上回った。
優太は深くため息をつき、タクティカルバックパックから『ルナキンの売上(分厚い財布)』を取り出すと、涙目の店員を救済すべく、イナゴの大群が群がる試食コーナーへと重い足取りで歩みを進めるのであった。




