EP 3
マッサージチェアの主と、他人のフリをする医学生
化粧品コーナーのテスター(売り物)で、タダで完璧なスキンケアを完了させた魚人族のアイドル、リーザ。
お肌をもっちもちに輝かせた彼女が、次に向かったのは四階の『高級魔導家電フロア』であった。
煌びやかな最新の魔導炊飯器や魔法冷蔵庫が並ぶ中、リーザの目がギラリと光った。
「……あったわ! 本日の第二ターゲット!」
リーザが突進したのは、フロアの一角に鎮座する、見るからに高価そうな革張りの巨大な椅子――最新鋭の『魔導重力制御マッサージチェア・極』の展示コーナーであった。
「いらっしゃいませ。お客様、こちら本日発売の……」
店員の説明を背中で聞き流し、リーザは躊躇なく、すっぴんもちもち顔のままマッサージチェアへと深く腰を下ろした。
「ふぅ……。やっぱり、サバイバルの後は身体が凝るわねぇ」
リーザは慣れた手つきで、椅子の横にある魔導操作パネルを操作した。極貧時代、デパートは彼女にとって「タダで最新設備を使えるオアシス」であったため、この種の機器の操作には、美容部員より詳しい。
『――コースを選択してください。全身・極コースを開始します』
魔導音声と共に、マッサージチェアが「ブォォォォン……」と低い作動音を上げた。
次の瞬間。
「ひゃぅあッ……!!」
リーザの口から、およそ現役アイドル(すっぴん)とは思えない、艶めかしくも、どこかおじさん臭い感嘆の声が漏れた。
魔導重力制御によって身体がふわりと浮き上がり、同時に数十個の魔力球が、リーザの魚人族特有の凝り固まった背ビレの付け根、肩、腰を、完璧な力加減で揉み解し始めたのだ。
「おおお……! 重力が……重力が消える……っ! そこ、そのヒレの裏! 効くぅぅぅぅぅぅっ!!」
リーザは完全にマッサージチェアに身を委ね、目を細めて恍惚の表情を浮かべた。
タダの石鹸で顔を洗い、タダのテスターで肌を整え、タダの展示品で身体を癒やす。
ルナミス帝国の首都デパートの最新鋭設備を、一ゴールドも払わずに限界まで搾り取る、逞しすぎるサバイバルアイドルの姿がそこにあった。
「あぁ〜……極楽、極楽ゥ〜……。もう一生ここで暮らしたいわぁ……」
完全に寛ぎモードに入り、よだれを垂らしそうになりながら「あうぅぅ……」と変な声を上げ続けるリーザ。
周囲の客や店員が、「あら、可愛い女の子が……すっぴんで、マッサージチェアで、ものすごい声を……」と、好奇とドン引きの視線を向け始めた、その時である。
「…………」
そのフロアの、リーザから最も離れた柱の陰にて。
黒いサバイバル服に身を包んだ優太は、タクティカルキャップを限界まで深く被り、サングラス(地球ショッピング製)を装着し、さらに口元を手で覆い、気配を完全に殺していた。
元特殊部隊(SEALs)教官の潜入スキルが、今、人生で最も不名誉な理由で発動していた。
(……知らない。俺はあいつを知らない。あれは、ただの、メンタルがアダマンタイトでできた、見知らぬ図太い半魚人だ……)
優太は心の中で、必死に自分に自己暗示をかけていた。
羞恥心という精神的ダメージが、紅竜のブレスよりも深く、元特殊部隊員の心を抉っていた。医学生として、彼女の筋肉の凝りがほぐれるのは良いことだとは思うが、その代償として、自分の胃壁がストレスで穴が空きそうだった。
「優太様ぁ〜! そこに隠れてないで、優太様も隣ので揉まれなさいよォ! 重力が消えるわよォ〜!」
「ッッッ!!?」
マッサージチェアの揉み玉によって「オ、オ、オ……」と声が震えながらも、リーザが優太の潜入ポイントを正確に見抜き、大声で呼びかけてきた。
周囲の視線が一斉に、柱の陰で怪しい格好をしている優太へと集まる。
「…………(※声にならない悲鳴)」
優太は、サングラスの奥で目を血走らせ、そのまま気配を消したまま、ロボットのような動きで、真後ろにある『自動階段』へと静かに乗り込んだ。
(……撤退だ。このミッションは失敗だ。俺はあいつを、このフロアに置いていく……!)
羞恥心の限界を迎えた優太が、愛すべきアホなヒロイン(すっぴんマッサージ中)を見捨てて逃亡を図る中。
一方、デパートの五階『食品フロア(デパ地下)』では、駄女神ルチアナを筆頭としたイナゴの大群(キャルル、ルナ)が、さらなる『タダ乗り(試食)』の惨劇を引き起こそうとしていたのである。




