EP 2
サバイバルアイドルの錬金術(洗顔&テスター)
「うわぁぁぁ……! すっごく涼しい! そして床がピカピカ!」
ルナミス帝国が誇る巨大商業施設『ルナミス・デパート』の一階。
冷たい魔導冷房の風と、高級な香水が入り交じった優雅な空気を胸いっぱいに吸い込み、ヒロインたちは目を輝かせた。
「ふふっ、まずは一階の化粧品と婦人服から見て回ろうかしら」
「ルナキン(ファミレス)の制服の参考にしたいわね!」
キャルルとルナが優雅にショッピングの計画を立てる中。
黒いサバイバル服の優太は、背後にピタリとついてきていたはずの『ある人物』の気配が、不自然に消えたことに気づいた。
「……ん? おい、リーザはどこ行った?」
優太が周囲を見渡す。つい数秒前まで「デパートだわ!」とはしゃいでいた魚人族のアイドルの姿が、忽然と消え失せている。
(チッ、単独行動か。敵地で勝手なマネを……)
嫌な予感しかしない優太は、プロの痕跡追跡スキルを活かし、床に残された僅かな水滴と足跡を追った。
その先、デパートの奥にある『高級化粧室』の手洗い場スペースにて。
「あわわわわわ……! すごい! この備え付けの魔導石鹸、泡立ちがフワッフワよ! しかもバラのいい匂いがするゥ!」
リーザが、化粧室の入り口の手洗い場で、これでもかと石鹸を泡立てて顔面をゴシゴシと洗っていた。
「……おいバカ。何やってんだお前」
優太が呆れ果てて声をかける。
「ぷはぁっ! あ、優太様! 見てよこれ、こんな高級な石鹸が『タダ』で使い放題なのよ! 極貧の親善大使時代なんて、水たまりの水で顔洗ってたのに……帝都のデパート、最高すぎない!?」
顔から水を滴らせながら、満面の笑みでタダの石鹸を絶賛するリーザ。
「お前はどこの図太いおばちゃんだ。いいから顔を拭いて早く戻れ。お前、すっぴんになってるぞ」
「ふふん! サバイバルアイドルの真骨頂はここからよ!」
リーザはハンカチで顔を拭くと、すっぴんのまま、ものすごいスピードで一階の『高級化粧品コーナー』へと突撃していった。
「いらっしゃいま……えっ?」
煌びやかな化粧品カウンターの美容部員(エルフの店員)が、すっぴんで突進してくるリーザに目を白黒させる。
「あ、お構いなく〜!」
リーザは店員を華麗にスルーすると、カウンターの端に置かれていた【ご自由にお試しください(テスター)】と書かれたボトル群の前に陣取った。
そして、一本数万ゴールドは下らないであろう超高級『世界樹の朝露化粧水』のボトルを手に取り、躊躇なく自分の手のひらにバシャバシャと大量に出したのだ。
「おおおお! 浸透する! タダの潤いが、タダの栄養が、私の乾いた細胞に染み込んでいくわァァァッ!!」
パンパンパンパンッ!!!
リーザは自分の顔面を両手で激しく叩き、一滴残らず高級化粧水を叩き込む。
その勢いと図太さに、美容部員は「ひぃっ」と後ずさった。
「次はこれね! 希少なスライムのゼリー配合『高保湿乳液』! これで蓋をして完璧なスキンケアの完成よ!」
ヌリヌリ、パンパンパンッ!
一切の遠慮なく、売り物のテスターでフルメイクの基礎工事をタダで完了させていく魚人族のアイドル。極貧生活で培われた「無料のものは限界まで搾り取る」という、哀しきサバイバルの錬金術である。
「ぷはぁーっ! 完璧! お肌もっちもちよ! ゼロ円で超高級エステと同じ効果を得られるなんて……デパートのテスターって神の恵みね!」
リーザがキラキラと肌を輝かせてガッツポーズを取る。
一方、その一部始終を少し離れた柱の陰から見ていた優太は。
「…………」
タクティカルキャップを深く被り直し、右手で自分の顔を完全に覆い隠していた。
(……知らない。俺はあいつを知らない。あれは俺の村の住人じゃないし、俺の知り合いでもない。ただの、メンタルが鋼鉄でできた見知らぬ図太い女だ……)
元特殊部隊の冷徹な教官が、初めて『恥ずかしさによる精神的ダメージ』で敗北を認めた瞬間であった。
物理的な戦闘力では誰にも負けない優太だが、「羞恥心を捨てた女のタダ乗り(乞食)ムーブ」という現代社会の無敵の戦術の前では、あまりにも無力だったのだ。
「あぁ〜、お肌が整ったら急に肩が凝ってきちゃったわ。次はあっちの『魔導家電コーナー』ね!」
リーザのタダ乗り無双は、まだ終わらない。
顔を隠して他人のフリをする優太を置き去りにし、彼女は意気揚々とデパートの奥へと進撃していくのであった。




