EP 9
感染症の恐怖! ガチの医療手当てと天使の素顔
ルナキンのBOX席。唐揚げとジョッキが散乱するテーブルの横で、黒いサバイバル服の優太が片膝をついていた。
その手には、地球の医療器具と異世界のポーションが詰まったタクティカル・メディカルキットが握られている。
「左脚を少し伸ばせ。スカートの裾、太ももまでまくるぞ」
「えっ、ちょ、ちょっと待って! さすがに恥ずかしいというか、アイドル的にNG……」
「黙れ。患者に拒否権はない」
キュララが「ひゃんっ」と声を上げる間もなく、優太は手早く、しかし極めて慎重に彼女の純白のフリルを太ももの上まで捲り上げた。
現れたのは、雪のように白い肌に痛々しく刻まれた、赤黒く腫れ上がった三本線の裂傷。
『腐敗の茨』による引っ掻き傷だ。傷口からはジクジクと嫌な色の体液が滲み出しており、周囲の皮膚がすでに熱を持ち始めている。
「……やはりな。初期の化膿が始まっている。ダンジョンの瘴気を含んだ菌の増殖速度は、地球の破傷風菌の比じゃない」
優太の顔つきが、さらに一段階険しくなった。
「ゆ、優太さん……? なんだか本当にヤバそうな顔してるんだけど……」
キュララが恐る恐る尋ねる。彼女の瞳から、いつもの「作られたあざとさ」が消えかけていた。
「ああ、ヤバい。だから今から、徹底的に傷口を洗って毒素を殺す(デブリードマン)。……かなり痛いぞ。舌を噛まないように歯を食いしばってろ」
優太はそう言うと、ピンセットに滅菌ガーゼを挟み、無色透明の強烈な『消毒用魔力液』をたっぷりと染み込ませた。
「え? 痛い? いや、魔法の光でふわぁ〜って治るんじゃないの……?」
「そんな甘い魔法は、ルナみたいな規格外のエルフか、高位の聖職者しか使えねぇよ。俺の医療は『物理』だ。いくぞ」
ジュワァァァァァッ……!!
「――――ッッッ!!??」
傷口に消毒液を染み込ませたガーゼが押し当てられた瞬間。
キュララの左脚から、まるで焼けた鉄を押し当てられたかのような白煙(浄化の煙)が立ち昇った。
「いッッッッッ!! 痛いぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
キュララが悲鳴を上げ、反射的に脚を引っ込めようとする。
「動くな! 菌が残ったら脚を切り落とすことになるって言っただろ!」
優太はキュララの華奢な足首を左手でガッチリとホールドし、決して逃がさない。その力強さは、有無を言わさぬ『保護者』のそれだった。
「ひぐっ、あぁぁぁっ……! 痛い、痛いよぉ……っ! もうやだぁ……っ!」
ポロポロと、大粒の涙がキュララの瞳からこぼれ落ちる。
配信用の嘘泣きではない。見栄も計算も一切ない、ただ痛みに耐えかねて泣きじゃくる、年相応の女の子の素顔がそこにあった。
「……よし、毒素の洗浄は終わった。よく我慢したな」
数分に及ぶ地獄の消毒(物理)を終え、優太はようやくガーゼを離した。
「うぅぅ……、ぐすっ、ひっく……。優太さんの、バカぁ……」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、キュララが弱々しく悪態をつく。
だが、優太はそんな彼女の顔をハンカチで乱暴に拭うと、今度は『抗生物質入りの緑色のポーション』を傷口に優しく、丁寧に塗り込み始めた。
先ほどの激痛とは打って変わって、ひんやりとした薬効成分が、火照った傷口を優しく包み込んでいく。
「……傷跡が残らないように、皮膚細胞の再生を促す成分も混ぜてある。アイドルの脚に、デカい傷跡が残ったら困るだろ」
「……え?」
キュララは、涙で潤んだ瞳を瞬かせた。
彼女の視線の先には、自分の太ももの傷口を、まるで壊れ物を扱うかのような真剣な眼差しで見つめる優太の姿があった。
これまで、キュララの周囲にいた人間たちは、彼女の『完璧で可愛いアイドルスマイル』にしか興味がなかった。
怪我を隠して無理をしていても、「今日も可愛い!」「魔法の剣技かっこいい!」と無責任にチヤホヤし、金を投げるだけ。
だが、目の前のこの不器用な医学生は違った。
彼女の『嘘の笑顔』を真っ向から否定し、怒鳴りつけ、泣くほど痛い思いをさせてまで、彼女の『命』と『将来の傷跡』を本気で守ろうとしてくれているのだ。
(……なんだ、この人。全然、私の思い通りにならないのに……)
優太が素早い手つきで、医療用の純白の包帯をキュララの太ももに綺麗に巻き終える。
「……よし、オペ終了だ。三日間は激しい運動(変身バンク)は禁止。風呂にも入るなよ」
優太が顔を上げ、フッと短く息を吐いた。
その、汗ばんだ前髪から覗く端正な横顔と、自分だけを真っ直ぐに見つめる力強い瞳。
ドクンッ。
キュララの胸の奥で、今までスパチャの金額を見た時しか鳴らなかった心臓が、全く別の理由で大きく跳ねた。
「……あ、ありがとう、優太さん……」
キュララの口から漏れたのは、媚びを含んだアイドル声ではない。
頬を真っ赤に染め、俯き加減で紡がれた、純度100%の『本物のデレ』だった。
――その様子を、少し離れた席からジト目で観察している存在がいることに、二人はまだ気づいていなかった。




